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8月4日(月)・5日(火)

   ~8月4日~


 疲れた……

 今日は月曜日。俺のバイトは月曜と火曜と木曜が休み(火曜日は店自体が休み)だから、今日はゆっくりしていよう。


(と思ってたのになぁ……)


 一昨日、何故か知らんがゲーム世界から女の子が来た。昨日は何故か牛や女にされて……。平凡だったはずの俺の生活は一昨日から一気に慌ただしくなった。それもこれも全て……


「どうしたのよ、ボーッとして」


 こいつ(マリナ)のせいだ。

 いや、迷惑って訳じゃないんだけれど……もうちょっと落ち着かせて欲しい。魔法のおかげで、家事をする手間は省けるが、それ以外の何でもないはずのことが大変になっている。

 プラスな点(家事)が10。マイナスな点(その他)が50。合わせてマイナス40といったところだろうか。


 今だって、また牛にされている。理由はもちろん昨日と同じだ。朝に、昨日作ったアンパンを5個も食わされ、ベッドに横になった。すると今度は一切警告をせず、直ぐ牛にされた。しかも今日は完全なメス牛の体に。マリナの言うには、この体は分娩後50日程度の体で、その頃が最も多くの牛乳が出るらしい。その時の搾乳料は平均30キロらしいが、個体差というものがある。マリナはそこを調整し、俺から1回で70キロ程出るようにしたらしい。


「その方が牛としての価値は上がるじゃない」


 マリナは言う。こちらからすれば迷惑この上ない。事実、俺は既に2回マリナに搾乳された。ここは一体どこの牧場だろうか?


「モゥモモゥモゥモゥ?」

(昨日、本物にしたら臭いがどうこう言ってた奴は誰だ?)


「ん? あぁ、臭いは大丈夫よ。昨日、超強力な消臭剤を作ったから」


「モ、モモゥ……」

(そ、そうですか……)


 するとマリナは着ていた服の袖をまくった。


「さて、そろそろ、本日最後の搾乳をしますかな。」


 時刻は既に午後8時。マリナ曰わく、牛の搾乳は1日2回、多くても3回程度らしいので、これが最後らしい。


「さーってと、いくわよー!」


 マリナがバケツを俺の体の下に置き、本日最後の搾乳が始まった。


 ◇


「ったく。おかげでパソコンをネットに繋げる体力が無くなったじゃないか〜」


 俺はテーブルに突っ伏せた。もう立ち上がる体力も無い。ではそんな俺の1日を見てみよう。


 牛は1日の起きている時間のほとんどを食事に使う。そして、本物の牛の体にされていた俺も、マリナに与えられた牧草を食べていたのだが……

 牛には反芻というものがあることを俺は忘れていた。いきなり吐き気に似たものがして、胃の中の牧草が口に戻ってきたのだ。


(うぷぅっ!)


 体が牛でも、心は人間だ。もちろんそれを俺が飲み込める訳が無し。

 そして俺はマリナに無理矢理牧草を食わせられては吐き出し、食わせられては吐きを繰り返しながら今日1日を過ごした。それなのに排泄はするわ搾乳はされるわ、出す一方だった。


 つまり、俺は今日1日は朝のアンパン5個以外、何も食べていないに等しいのだ。


「そんなこと無いのよ。流石に何も食べさせないと体に悪いからね。1日中、回復魔法で体に直接栄養を与えてたんだから。おかげで私のMPは半分まで減っちゃったのよ」


「それは親切な事で……」


 とはいえ、胃の中は完全に空だ。何か食べないと空腹感に押し潰される。


「じゃ、これ食べれば〜?」


 マリナが牧草を差し出してくる。


「いや、食えるか!」


「ふふっ。それだけ大きな声出せるなら平気そうね」


「……平気じゃねぇよ」


「いや〜、トシナリさん、あの穴通ってみたいって言ってたでしょ? で、魔法に慣れてない体がどこまでなら魔法に耐えられるかな〜って思ってさ〜」


 ……。てことは……


「……まさかと思うけど、実験してたってこと?」


「ご名答〜」


 爽やかな笑顔で答えるマリナ。こちらからすれば笑えないのだが……


「……1回殴って良いか?」


「どうぞ〜。防壁張れば痛くも痒くも無いけどね〜」


「くっ!」


(今度寝ている時に奇襲をかけてやる)


 そう心に誓った月曜日だった。


 ◇


   ~8月5日~


 またまた牛にされました。






「……と、なるとでも思ったかぁぁぁ!」


 俺は高らかに笑った。


「……誰にフェイントかましてるのよ」


 いくら頭の良くない俺でも、それくらいの学習能力はある。

 今日は無事アンパン6個を食べ、そのままベッドに倒れ込む前にパソコンの前に座ってやった。よって牛にされる危険は去ったのだ。


「さてと、色々設定ないとな……」


 俺は一昨日、バイト帰りに雉と一緒に駅前の家電量販店に行き、パソコンを買ってきた。本当は一昨日の内に設定などをするつもりだったのだが、一昨日の夜は女にされてそんな暇も無く、昨日は朝から牛にされてしまった。 で、流石に今日やっておかないと、パソコンをいじれる機会が遠のいてしまうので、ベッドにダイブしたい気持ちを押さえ、パソコンを起動させたのだ。そして俺は意気揚々とパソコンの設定を始めた。


 ◇


「終わったー!」


 面倒な設定が終わり、思い切り背伸びをする。


「さてと……久し振りにファイガに行ってみるかな……」


「! 行くの?! ファイガ!」


 マリナが反応する。そりゃ自分の世界ですからね。


「行こ行こ! 早く!」


「はいはい、ちょっと待っててよ」


 俺はググール検索でファイナル・ガーデンのページに行く。するとニュースのところに気になるものを見つけた。






・空間湾曲の書について

 先日、空間湾曲魔法を覚えたパートナーがどこかに消えてしまう、というバグを確認しました。よって、そのバグの修正のため、空間湾曲の魔法の効果を以下の通りに変更させて頂きます。


 修正前

 世界の好きな場所に瞬間移動が出来る。


 修正後

 事前に決められた好きな場所。もしくは自分の今いるフィールドの好きな場所に瞬間移動する事が出来る。


 ご迷惑をおかけしますが、よろしくお願いします。






「えーっと……どういうこと?」


「つまり……私がこっちの世界に来ちゃったから、向こうの世界からしたら私が消えたように見えちゃったのよ。だから、それを防止する為に、移動が出来る場所を制限したってことね。でも、こっちの世界と向こうの世界を繋ぐ穴がまだあるってことは、今後魔法を使うときのみの制約ってことらしいわ」


 マリナがパソコンを見ながら答える。パソコンと言っても、今使っているパソコンではない。もう1つの穴の開いているパソコンだ。壊れてはいるが、まだゲームと現実を繋ぐトンネルとしての役割は損なわれてはいなそうだったので、まだ捨てずにとってある。


「ふ〜ん。よく分からないけど……つまり、移動場所に制限がかかったってこと?」


「えぇ。でも多分、事前に定められた場所ってのも結構あると思うわよ? 洞窟の最下層とかだって行けると思うし」


「あぁ〜……。よく分からないけど……まぁいっか」


 頭のあまり良くない俺は、理解を諦めてログインフォームを開き、IDとパスワードを入力する。そして、俺はログインボタンを押した。


 すると、体が浮くような感覚に陥った。


「?!」


 ふと自分の体を見る。すると何故か俺の体が半透明になっていた。いや、体が半透明になっているんじゃない。これは……


(幽体離脱……)


 本来の俺の体はパソコンの前で力尽きたようにグデンといている。そして精神だけとなった俺は穴の開いたパソコンに吸い込まれていった。


 ◇


(……ここは……どこだ?)


 俺は今、真っ暗な空間を漂っている。周りを見ても何も無い。


(まだ俺はゲーム世界には行けないのだろうか……)


 そんなことを考えていると、俺の右腕に激痛が走った。


(!?)


 見ると俺の半透明な右腕から真っ赤な血が吹き出していた。それに次いで今度は左足、左手、右足、腹と次々に俺の体が裂けていく。


(い……痛え……)


 俺の意識が薄れていく中、闇の中からマリナが現れ、俺の方に向かってくるのが見えた。


(マ……マリ……ナ)


 そして胸から血が吹き出した時、俺は意識を失った。


 ◇


「……ん! …リ……ん!」


 ……右腕が痛い。


「ト……さ…! …ナ……ん!」


 左腕も足も腹も。全身が痛い。


「…て! …が……! ……ナ…ん!」


 でもその痛みも徐々に感じられなくなっていく。


(あぁ……死ぬんだな……俺)


 その時、頬に冷たい何かが当たった。


(……涙だ。マリナの……)


 しかし涙が当たったからといって力が湧く、という訳ではない。その涙の感触さえも薄れていく。


(母さん……父さん……マリナ……ごめん……)


 そして俺の心臓は……止まった。










 バチンッ!


 俺の体に電気が流れた。電気ショックと言われるものだ。


 俺の心臓は再び動き出し、俺は目を開けた。


「! トシナリさん!」


 俺が目を覚ましたと同時にマリナが抱きついて来た。


「うおぁ?! どうした!」


 マリナを見ると、マリナは号泣していた。


「だってぇ……。ッグ。トシナリしゃん……エッ、死んじゃ、うとかと……ッグ、思っ、たんだ、もん……ッグ」


「死ぬって……そんな」


「だって、体中からいっぱい血ィ出しててぁんだよ?! それに心臓だっつぇ止まったんだし……」


 俺は自分の体を見た。まだ所々皮膚が破れて血が出ているが、大きな傷は無く、痛みもほとんど感じない。おそらくマリナは回復魔法か何かでずっと直してくれていたんだ。


「……そうか……ごめん……」


 その後しばらくマリナは泣いていたが、やがて


「……トシナリさんは謝ること無いよ。何も悪くないもん……」


「……そっか……ありがと……」


 俺は抱きついているマリナの頭をそっと撫でる。


(温かい……)


 俺はそのままマリナの頭をゆっくりと撫で続けた。






 しばらくすると、マリナの寝息が聞こえてきたので、俺は起こさないようにマリナの下から抜け出し、マリナをベッドに寝かせた。

 俺を牛人間にしたり女にしたり牛にしたりとひどい目に合わせたSっ気のあるマリナだが、やっぱり根は優しいんだ。

 俺はそのまま床にマットを敷いて眠りに落ちた。


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