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8月3日(日)

   ~8月3日~


「トシナリさ〜ん。朝だよ〜」


 ……マリナだ。


「ほら〜。早く起きて〜」


「俺は眠いんだよ。もう少し寝させろよ。」


「まったく。仕方ないな〜」


 マリナがクイッと指を動かす。


「ん〜……んぁ?! 痛い痛い痛い!」


(な、何だ?! いきなり体中に激痛が!)


 俺はあまりの痛さに飛び起きる。すると痛みがスーッと引いていく。


「な、何すんだ! 死ぬかと思ったぞ!」


「そんな大袈裟な〜。こんな弱い電気魔法で〜」


「電気?!」


 電気魔法。この魔法の説明はいらないだろう。主に敵を攻撃したり、麻痺させたりする魔法だ。ってか……


「俺が麻痺したらどうするつもりだ?!」


「大丈夫だよ〜。静電気よりちょっと強いのを全身に流しただけなんだから〜。それに万が一なんてことがあっても、麻痺回復の魔法なんて簡単だし〜」


「あのな……」


「じゃ、さっさと着替えて朝ご飯にしよ!」


 まったく。もっと優しい起こし方はなかったのか? 電気で起こす何て危険すぎるだろ。


(それにしても眠い……)


「く……ふぁ〜」


 欠伸が出る。昨日は夜遅くまで、マリナに現実世界の常識についてレクチャーしていたのであまり寝れていない。昨日寝たのが夜3時頃で、今が……5時?!


(2時間の睡眠かよ……)


 いつもは夜12時から朝の7時まで寝ているので、今日の睡眠時間は3分の1以下と言える。なのに……


「トシナリさんも朝はパンで良いよね?」


「ん? あ、あぁ……」


 既にマリナは元気に朝食を作っている。何であんなにも元気なんだか……。


 マリナは戸棚から食パン……ではなく小麦粉と小豆を取り出した。他にもテーブルの上には塩やらゴマやら色々な調味料が置かれている。中にはドライイーストと書かれた袋もある。


「ちょっと? 何する気だ?」

「何って……見れば分かるでしょ? アンパンを作るのよ」


「……アンパンって……向こうにもあるんだ……」


 そういえば“菓子パン”ってアイテムあったな。確かHPとMPの少量回復……だったっけ?


「で、何でわざわざ作るの? 時間かかるし、アンパンが食べたいならコンビニで買ってくればいいんじゃないか?」


「アンパンなんて買うほどのものでもないでしょ……。それに作るのだって3秒もあれば完成よ」


「3秒って……」


「まぁ、見てなさいよ。」


 そう言ってマリナは手を食材の方へ向けた。すると手と食材が光り出し、その光が収まると……


「アンパンがあるのは分かるけど……数が多くないか?」


「材料を全部使ったからよ。多分30個はあるんじゃない?」


 それは……作り過ぎじゃないか?


「で? 今回使った魔法は?」


「ん? あぁ、これは魔法じゃなくて合成よ。まぁ、こっちの世界からしたら似たものでしょうけど……」


「合成……ね」


 ファイナル・ガーデンに限らず、多くのゲームにおいて複数のアイテムを使ってて別のアイテムを作り出すことが出来る。それが合成だ。武器も回復アイテムも服も作れる優れものだ。


「でも、魔法と合成って何が違うんだ?」


「魔法はMPを消費するけど、合成にはMPは必要ないの。だからいくらでも使えるのよ」


「あぁ。なるほど……」


 確かにゲームで合成をしていてMPが切れたことがない。ゲームでは当たり前のことだったが、現実で見ると結構凄いことだな。合成って。


「まぁ、細かいことは気にしないで食べましょうよ。」


「ほ〜い」


 俺は席について、アンパンを食べ始めた。


 味は普通だな……。


 ◇


 朝からマリナに無理矢理4個もアンパンを食べさせられた俺は、腹が苦しくなりベッドにダイブした。


(俺は少食なんだよ……)


 普段、朝は食パン1枚と牛乳で済ませる俺からすれば、朝からアンパン4個なんてかなりキツい。なのにマリナは「朝はしっかり食べないと体に悪い!」とか言ってアンパンを7個も食べていた。あの小さな15歳程度の体のどこにそんなにアンパンが入るのだろう。ベッドにうつ伏せになって考えていると、


「こらっ! 食べてすぐ横になるな! 牛になるよ!」


「ぐぇっ。」


 俺の上にマリナが飛び乗ってきた。


「苦しい苦しい! 出る! アンパン出る!」


 圧迫された腹が悲鳴をあげる。しばらくもがいていると、マリナがどいてくれた。


「ほら。立ちなさいよ」


「俺にアンパンを4個も食わせたのは誰だ!」


「4個も?! 私なんて7個食べても平気よ!」


「俺からすれば4個は多いんだ!」


「あっそっ。なら起きる気は無いのね?」


「少し休ませろよ……」


「そう……。なら仕方ないわね……」


 マリナはそう言うと何かを呟き始めた。


「マリナ? どうした?」


 マリナの手の平が光り始める。


「言ったよね。さっき。『食べた後、すぐに寝ると……』って」


「……え? まさか?」


「牛になりなさい!」


 そう叫ぶと同時にマリナの手と俺の体が強く光った。


 ◇


「ったく。どうせやるなら完全に牛にしろよ」


「そんなことしたらこの部屋が臭くなるでしょ。そんなことしないわよ」


 マリナに魔法をかけられた俺は、首から下全てに白と黒の短い毛が生え、足が牛の足の形になった。耳も牛の耳になったが、それ以外は変化が無く、ぱっと見た感じでは牛の柄のスーツを着て牛の耳の付いたカチューシャを付けた人にも見える。要は牛の仮装をした人だ。でも、耳は取れないし、毛だって正真正銘俺の体から生えている。


「なんかこっちの格好の方が恥ずかしいんだけど……」


「そりゃあ、お仕置きだもの。そっちの方が効果あるでしょ?」


「うぐぅぅぅ」


「安心しなさいよ。バイトってやつに行く時間になったら戻してあげるから」


「バイトに行く時って……あと4時間あるんですけど……。それに、買い物にも行きたいし……」


 今の時間は5時40分。バイトは10時からで、バイト先までは10分程なので、家を出るまで4時間はこの姿ということになる。


「買い物? それならハイネックに長袖長ズボンで、手袋して長靴を履けば良いじゃない。帽子をかぶれば耳を隠せるし」


「今は夏だし、晴れだからそんな格好したら怪しまれるだろ」

「じゃあその格好のまま行けば? そっちの方が怪しいわよ。下手したら『奇妙な生物がいる』って通報されるかもね」


「うぐぐぐぐ……」


「諦めなさい。自業自得よ」


「お、覚えてろ!」


 俺はそう言うとハイネックに長袖長ズボン、手袋に長靴に帽子という、帽子以外が全て季節外れな格好をして買い物をしに家を出た。


 ◇


「あ、矢田君。おはよ〜」


「おう、おはよ」


 マリナに魔法を解いてもらった俺はバイト仲間である友達と合流した。


「? どうしたの? 矢田君。なんか元気無いみたいだけど……」


「ん? あぁ、ちょっと色々あってね……」


「ふ〜ん。そっか」


 こいつは雉直樹(きじ なおき)。高校時代からの付き合いだ。少し気弱な性格だが、ある時になると一変する。が、それはまた後で……と。


「昨日、父さんが言ってたよ。『矢田君は手際が良いね。うん、仕事が速い。それに接客も上手いし、料理も上手い。直樹も見習えよ』って」


「ふ〜ん。相変わらず適当だな、おまえの親父」


「だよね〜。矢田君、まだ1回も厨房に立ってないのに」


 俺のバイト先のラーメン店は、こいつの親がやっていて、それなりに繁盛している。何でこんなに適当な店長がやっているのに繁盛するのだろうか。

 それはもちろん、そこのラーメンが美味いからだ。こいつの親父は普段は適当だが、ラーメンを作る時だけは目の色が変わる。そして、その親父の作るラーメンはこの上なく美味いのだ。普段の適当さからは想像出来ないくらいに。


「ま、その適当さが人気の理由の1つでもあるけどな」


「前なんかさ、儲けを計算してた時に0の数を1個間違えて、『金を盗まれたー!』って大変なことになったんだよ?」


「ハハハハ……。あの親父らしいや」


 そんな会話を交わしながら今日もバイト先へ向かった。


 ◇


「いらっしゃいませー」


 今、俺は客の案内をしている。カウンターかテーブルかを聞いて、席が空き次第、素早く案内する。記憶力、判断力、対話力が必要な仕事だ。また、何があってもうろたえてはならない。でも俺は何故かは知らないが、その手の仕事は得意だ。

 しかし、俺は今、大いに困惑していた。


「いらっしゃいませー。1名様ですか?」(何でお前がいるんだ?)


「はい、1人です」(何で……って、お昼時だからよ。お昼ついでにトシナリさんの仕事ぶりを見に来ようと思ってね)


「カウンター席でもよろしいでしょうか」(おまえは親か!)


「はい、大丈夫です」(別に良いじゃない。私の勝手でしょ。)


「では、こちらにどうぞ」(変なことだけは絶対にするなよ)


「は〜い」(は〜い)


 マリナの魔法なのか、何故か心での会話が出来る。口から発される言葉とは別のことを相手に伝えられる。“意志共有”の魔法だろうか。

 ちなみに意志共有魔法とは、ゲーム内ではほとんど使わない魔法だ。というのも、とある静寂洞窟という洞窟の最深部のモンスターを倒しに行く際に必要なだけで、それ以外ではほとんど意味がない。ちなみに静寂洞窟とは、声を発すると崩れてしまう、よく分からない設定の洞窟だ。


 で、マリナを席まで案内したところで、休憩時間に入った。ちょうど2時になったのだ。


 ◇


「くぁ〜。疲れた〜」


 従業員室の椅子にもたれかかる。


「お疲れ、矢田君」


「おぉ、雉、おまえもお疲れ〜」


「で? 誰だったの?」


「……はい?」


 いきなり何だ?


「誤魔化しても無駄だよ、矢田君。さっきの女の子、店に来た時に矢田君、ちょっと驚いてたじゃん」


「え? あーっと……そう……だったっけ?」


 雉が言っているのがマリナのことだと分かり、直ぐに誤魔化す。しかし、雉はやけに鋭いところがあるので、俺の誤魔化しをあっさりと見破る。


「矢田君ってさ、誤魔化す時っていつも左手が落ち着かなくなるよね」


「う……」


 これは……誤魔化すのは無理か……。

 となると問題は何と言い訳するか、だ。流石にゲーム世界から来ただなんて言えないよな……。


「じ、実はさ……さっきの子は従姉妹でね。でも確か北海道に住んでいたはずだから、ちょっと驚いてね……」


 よしっ。我ながら上手い嘘だ! ってこれってまさか……フラグ?


「嘘つかないでよ、矢田君」


 ……フラグでした。


「確か矢田君の両親ってどちらも1人っ子だったよね? 従姉妹なんているはずが無いよ」


「……何でそんなこと、知ってるの?」


「……探偵は情報源は明かさないよ」


「……はい」


 さて。さっき雉はあることにおいては、気弱な性格から一変すると言った。それがこれだ。

 こいつは推理小説が大好きで、無駄に情報網が広く、また観察力が凄い。俺の嘘なんて1+1並みに簡単に見破ってしまう。


(……もう誤魔化すのは止めよう)


 早くも諦めた俺は、雉に全てを教えることを決めた。


「仕方ない……今日、バイトが終わったらちょっと付き合え」


「ん。分かった」


 それにしても、まさか2日目に他人に言うことになるとはな……


 ◇


「ただいま〜」


「お邪魔しま〜す」


 新しくかったパソコンの入った紙袋を片手に帰宅した。後ろから雉が続く。


「お帰りなさ〜い……って、誰?」


 マリナが雉を見て首を捻る。


「こいつは雉。俺の友達だよ」


「矢田君……この子がマリナちゃん?」


 雉にはパソコンを買いに行った時に、昨日の事を話してある。


「あぁ……」


「ちょっと? どうしたの? トシナリさん」


 そして俺はマリナに、雉にバレた経緯を話し始めた。






「なるほどね……。つまり私がお店に行ったせいでバレた……と」


「まぁ、そういうことになるね……」


「なら、記憶操作魔法でその記憶を消しちゃいましょうよ」


「うん、まぁ……って、はいぃぃぃ?!」


「記憶操作って……そんなことも出来るんですか?」


 雉は自分の記憶を変えられる可能性があるというのに、興味深そうにマリナに聞いている。

 ちなみに記憶操作魔法は、子供を守るために凶暴化した母モンスターを落ち着かせるための魔法だ。子供についての記憶を消すことで凶暴化を解くのだ。

 ……などと解説している場合じゃない! 雉の記憶がピンチだ!


「ちょっと待てよ、マリナ! なんで雉の記憶を消す必要があるんだよ!」


「え? だってトシナリさんは最初、誤魔化そうとしたんでしょ? てことは、あまり私のことは知られたくないってことじゃないの?」


「うぐっ」


 反論出来ない。


「だから、トシナリさんは黙って見ていれば良いのよ」


 マリナの手が光り始める。ここまで来たら、もう止めることは出来ない。


(すまない……雉……)


「いっけぇぇぇぇぇ!」


 マリナが叫び、手から太いビームようなものが出る。そしてそれは、雉の頭へ向かって行く……はずだった。


「?!」


 マリナもかなり驚いていた。


 雉がそのビームを避けたのだ。発射から雉に当たるまでの一瞬で。


「雉っ!」


「……探偵モノにはピンチが付き物だよ、矢田君、マリナちゃん」


「……雉っ!」


 雉がかっこよく見えた。そして俺は雉に抱き付いた。


「雉ぃぃぃ……」


「僕は大丈夫だよ……矢田君」


 その時、何か凄い冷たい視線を感じた。もちろんその視線の主は……


「何、男同士でイチャついてるの?」


 そう言うと同時に、マリナの手がこちらを向き、光り始めた。


「……それ……は?」


「……黙って見てなさい」


 そして俺の体が光り始めた。


「これって……朝と同じ……変身魔法……?」


「イチャつくなら……男女でやりなさい!」


 ◇


 さて……俺がこの後どうなったかは察して下さい。もう思い出したくも無い……。


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