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8月2日(土)

 俺は普段、日記などは書かない。おそらくこれは小学校以来じゃないだろうか。


 そんな俺が今、何故日記を書いているのかと言うと、それは今日、不思議な事が起こったからだ……。

   ~8月2日~


「だ〜か〜ら〜。この縄、解いてよ〜」


 真っ白なワンピースを着た、黒髪ロングヘアで、肌が真っ白な可愛い女の子が膨れっ面で睨んでくる。年は15歳位だろうか。どう可愛いかは今説明する必要は無いが、俺好みの女の子であることは間違いない。しかも、初対面なのにどこかで見た記憶がある。しかし今はそんなことはどうでも良い。


「解くわけないだろ。このストーカーが」


「違うって〜。トシナリさ〜ん」


 足をバタつかせながら少女が反論する。


 そう。目の前の彼女はストーカーなのだ。俺は会ったこと無いのに俺の名前を知っていて、勝手に家にまで入ってきた。なのに彼女は思いっきり否定している(まぁ、あっさりと肯定されてもある意味で困るけど)。


「お願いだからさ、まともな弁論をお願いできない? さっきから意味分からないことばかり言うけど」


「む〜……。何で信じてくれないの〜? 向こうではあんなにやさしかったのに〜」


「“向こう”って……さっきも言ったが、おまえと会ったのは初めてだ。そもそも“向こう”ってどこだよ?」


「あっち」


 彼女が指さしたのは俺のノートパソコンだ。


「……」


「……? どうしたの? トシナリさん?」


 その時俺は、見たくないものを見てしまった。


 そういえば……そうだった……


「……トシナリさん?」


 彼女が不安げな顔で俺の顔を覗き込んでくる。

 さて、俺は一体何を見たのか。それはディスプレイに大きな穴の開いたノートパソコンだ。

 さて、何故俺のノートパソコンに穴が開いているのだろう。

 それは俺がバイトから帰ったときのことだった……。


 ◇


「さーてと、今日もバイトが終わったし、『ファイガ』やるか〜。」


 俺の名前は矢田俊成(やだ としなり)。21歳の大学2年生(つまり1浪した)で、この夏は友達の親がやっているラーメン店でバイトをしている。

 今日も無事にバイトが終わり家に帰った俺は、いつも通りパソコンを開いた。俺の好きなネトゲ『ファイナル・ガーデン』をするためだ。もちろん“ファイガ”というのはそれの略称である。毎日、バイトから帰ると最低2時間はプレイする。


 このゲームは良くあるオンラインRPGだ。戦争によって森が焼き払われ、地球上にほとんど緑が無くなった時代、ファイナル・ガーデンと言われる最後の楽園とやらをよく分からないモンスターからひたすら守らされる。


 プレイヤーはゲームを始めると、まず自分のキャラクターを作成する。その後、パートナーとなるキャラも作成し、そのパートナーと一緒にファイナル・ガーデンを守ることになるのだ。


 そんなゲームを俺はやり込んでいる。レベルは既に4桁に突入した。全プレイヤーの平均が300程度らしいので、かなりの上級プレイヤーだ。昨日だって俺のパートナーが、現段階ではまだ誰も取得出来ていなかった魔法を取得した。


 で、俺は今日もパソコンを開いてゲームをし始めたのだが……。


「うおぁ?! 地、地震?!」


 いきなり地震が起きた(まぁ、普通地震はいきなり起こるのだが……)。俺の住む地域ではかなり珍しかった。それほど大きな揺れではなかったが、俺はもしもの時のことを考えて机の下に避難した。


(机の下に隠れるなんて一体何年ぶりだ?)


 そんなことを考えながら揺れが収まるのを待っていると、「ガシャン!」という何かが壊れるような音が机の上から聞こえた。


 ……何だ?


 それからすぐに揺れが収まり、俺は机の上を見た。


「あぁぁぁぁぁ?!」


 机の上には、無惨にもディスプレイに大きな穴が開いたノートパソコンがあった。


「えっ? ちょっ! 待っ!」


 俺の大事なノートパソコンがぁぁぁ……


 俺はその場に崩れ落ちた。


 ◇


 3分ほど落ち込んでいたが、いくらか立つ力が湧いてきた。そして冷静に現状把握を開始する。

 まずは周りを見てみる。ぱっと見た感じでは、倒れたり落ちたりしたものは何も無い。


(何かが当たって壊れたって訳じゃないのか……?)


 次にパソコンを確認する。俺のノートパソコンは無駄にデカい。少なくとも気軽に持ち運ぶことは出来ない。


(去年親が買ってくれた時、18.4インチだと言っていたな……。)


 などと考えていると、俺はあることに気が付いた。今まで気付かなかったことを不思議に思うほど不可思議な事に。


「ん? ……この穴……おかしくねぇか?」


 俺のパソコンには、ディスプレイのほとんどを覆ってしまう程の大きな穴が開いている。それ自体信じられないが、それよりも穴から見える背景が明らかにおかしかった。


 普通、ノートパソコンのディスプレイに穴が開いたなら、そこから見えるのは決まっている。内部の機械か、その奥の風景か、だ。しかし、その穴の先には広がっていたのは、深い闇だった。


(何だこれ……。何か……吸い込まれそう……。)


 俺は、そのよく分からない穴に手を入れた。


「……は?」


 すると俺の手はどんどん奥へと入っていく。


「……どうなってんだ? これ……」


 その時だ。穴の下の方から、何かの唸り声のようなものが聞こえてきた。


「うううぅぅぅ……」


「!!!」


 俺はすぐに穴から手を出した。そして、棚に立てかけてあった箒を持って臨戦態勢に。


「な、何だ?! 悪魔か?! モンスターなのか?! 母さん?! 魔王?!」


 もはや自分でも、何が言いたいのか分からなくなってくる。……何で悪魔や魔王に混ざって母さんが出てきてるんだ?


 その時、


「!」


 俺は声にならない叫び声をあげた。ディスプレイの穴の下方から真っ白な右手が出てきたのだ。まるで地獄から這い上がってきた鬼のように(あれ? 鬼の手って白かったっけ?)。


 さ、貞子?!


 俺は全身の毛が逆立つのが分かった。恐怖で全身の力が抜け、尻餅をついた。手に持っていた箒を落とし、ただパソコンを見つめていた。


(見たくない……。でも目をそらしたら死ぬ……)


 そんな恐怖に襲われていると、ディスプレイから右手に次いで左手が出てきた。


(!)


 あまりの恐怖に頭の中が真っ白になる。


 もう何も考えられずにただその手を見つめる。


 そしてゆっくりと穴から謎の人(?)物の頭が見えてくる。


 俺はそこで気を失った。


 ◇


「……ねぇ。……大丈夫?」


 ……誰かの声が聞こえる。


「……ねぇってば。トシナリさん」


 ……俺の名前を呼ぶその声には聞き覚えが無い。


(誰だ?)


 俺は気になって目を開けた。


「あ! 良かった〜、生きてた〜」


 安堵の表情の少女がいました……。


 俺の目の前に……。


 えーっと……。


「ふ、不法侵入者ー!」


「ふぇっ?!」


 俺は手近にあった室内干し用のロープを持ち、少女を縛った。いきなりの出来事に少女は抵抗出来なかったのであっさりと拘束できた。


「ちょっと?! 何?!」


「何者だー! おまえ!」


 ◇


 で、冒頭のようなことに繋がったのだ。


 壊れたノートパソコンを見て全てを思い出した俺は、もう一度少女に聞く。


「おまえは……誰だ……?」


「さっきも言ったけど……。マリナ。マリナ・チルーラ・ファルリエル。トシナリさんのパートナーよ〜。」


 少女……マリナは今にも泣き出してしまいそうな顔でそう答えた。


 マリナって……。


 ……そうか。


 ……そういうことだったのか。


 ……だから初対面だったにも関わらず見覚えがあったんだ。


 俺は恐る恐る少女に聞いた。


「マリナって……ファイナル・ガーデンの……?」


「うん! そうだよ! トシナリさん!」


 ◇


 世界には科学で証明出来ないものが数多く存在する。これもその1つだろう。


 さっきも言ったが、ファイナル・ガーデンではゲームを始める時に、一緒にファイナル・ガーデンを守るパートナーを作る。そこで俺は、自分好みの女の子キャラを作った。黒髪ロングヘアで、肌の白い、15歳程の女の子を。


 そして、そのパートナーの名前は……


『マリナ』


 何故俺がパートナーをマリナとしたのかは分からない。別にマリナという知人がいたり、俺が読んでいるマンガにマリナというキャラがいたりしている訳でもない。ただなんとなく、その時に俺の頭に浮かんだ名前が“マリナ”だったのだ。


“空間湾曲”とはさっき書いた、取得最難関と言われる魔法だ。この魔法はゲーム世界の好きな2点を結び付け、その2点の間を瞬間移動のように行き来出来るようになる魔法で、攻撃回避にも使えるし、洞窟の最下層に一瞬で行く、という何とも便利でチートな魔法なのだ。

 というのもその取得方法が鬼畜過ぎるのだ。では、その取得方法を見てみよう。




 1・瞬間移動が出来るモンスターを火傷状態にして、それが回復するまでに倒す。


 2・その状態でしか手に入らないアイテムを回収する。ただし、そのアイテムが出て来る可能性は1%程度。


 3・今度はそれと同じことをを麻痺、氷、毒、目眩状態で行う。


 4・5つのアイテムが揃ったら、それらを合成して“空間湾曲の書”(消耗品)を作る。


 5・それをパートナーに覚えさせるなら1個。自分が覚えるなら5個用意する。ちなみに自分には5個必要な訳は、知恵と力が融合すると、取り返しのつかない自体が発生するから。と開発ブログにはある。




 さて。これがどれだけ鬼畜か分かるだろうか。これを俺は約半年かけて実行し、やっと昨日“空間湾曲の書”を1個作り上げたのだ。

 で、それをマリナに使ったという訳だ。だからその苦労からして便利でチートなのは分かるのだが……流石に現実世界とゲーム世界を繋げられるとは……思わなかった。さっきの地震も空間が歪んだから起こったからだろうか。


「それにしても、こっちの世界は何か狭っ苦しいわね〜」


「う、五月蝿い! こっちはバイトで頑張っている大学生だ! 1LDKで何が悪い!」


「わんえるでぃーけー?」


 マリナが首を傾げる。そうか。ファイナル・ガーデンにはアパートなんて概念は無かったっけ。


「ま、まぁ良いとして……」


 俺は気を取り直してふと机の方を見る。そこには無惨にもディスプレイに大きな穴の開いたパソコンがあった。


(また明日買ってくるか……。嗚呼、金が……)


 そんなことを思っていると、俺はあることに気が付いた。


「穴、デカくなってない?」


 さっきマリナが出て来る時は小柄な人がやっと通れるかという大きさだったのに、今は俺でも通れそうな大きさになっている。


(いや……あれはパソコン自体が大きくなっているのか?)


「ん? あぁ、あの穴? 実はさっき出て来る時に体がつっかえちゃってね……。ちょっと拡大魔法で……」


 少し照れ気味でマリナが言う。魔法って……


「こっちの世界でも使えるんだ」


「みたいね。魔法は体内の魔力を使って出すから、体さえあれば使えるし、魔力も体力と同じで時間さえ経てば回復するんだから。こっちでも問題無く使えるわよ。ただ、少し回復に時間がかかるみたいだけど……」


「ふ〜ん。そうなんだ」


 ちなみに拡大魔法というのはその名の通り武器を大きくする魔法で、攻撃支援魔法の基本となる魔法の1つだ。シンプルな魔法だけどゲームを始めたばかりの時はかなりお世話になった。


 で、今の穴は俺も頑張れば通れそうな大きさになっている。


「あのさ……」


 俺はマリナに聞く。


「あの穴、通ってみても良い?」


 話を聞く限り、あの穴の向こうはゲームの世界だ。これを知って入ってみたいと思わない人がいるだろうか。あ、ホラーは除くとして。

 俺はドキドキしながらマリナの返事を待った


「良いけど……無事に向こうに行ける確率は低いわよ?」


 へ? 何で?


「だって……考えてご覧なさい。あくまであれは魔法によって空間を歪ませて出来た穴なのよ? 魔法に慣れてないこっちの世界の人間が空間の歪みに耐えられるかどうか……。試しに入ってみる?」


「い、いや。止めとくよ。死ぬかもしれないんだろ?」


「そう……」


 残念そうな顔をするマリナ。マリナの職業は魔法研究家に設定してある。俺を使って実験でもしようと思ったのだろうか。


(いくらなんでもパートナーを実験体にするのは止めて欲しい……)


 俺は、マリナが俺を使って実験をしている様子が頭に浮かんで来た。


「で、私の寝るところってある?」


「……はい?」


 いきなり何を聞いてくるんだろう。


「はい? じゃなくて、私の寝るところよ。せっかくこっちの世界に来たんだし、楽しまないと!」


「は、はいぃぃぃぃぃ?!」


 いくら外見が好みでも、こんな魔法だか何だかよく分からない奴がいきなり俺の私生活に入ってくるなんて嫌だ。そんな俺のことは気にせず、マリナは俺の部屋の物色を始めた。


「ふ~む……、見た感じは私が寝れそうなスペースは無いわね……」


 ……それは間接的に、この部屋が狭いと言いたいのだろうか。そう思うと少しイラッときた。


「……スペースなんて拡大魔法でなんとかなるんじゃないのか?」


 ひねくれた感じで言う。


「いや……空間を広げる為には空間湾曲魔法を使わないといけないのよ。拡大魔法だと、この建物が歪んじゃうでしょ?」


 俺はそう言われて想像してみた。このアパートの、この部屋だけが広がる様子を。

 俺の頭の中でアパートの一部が膨らんでいき、やがてヒビが入ってガラガラと音を立てて崩れさった。


(……確かにマズイな)


「じ、じゃあさ、アパート自体を大きくするなんて論外だし……、諦めてかえってもらうしか無いね!」


 俺はマリナを説得させるように言う。しかし……


「仕方無いわね……。ちょっと狭いけど、床で我慢してあげますか!」


 そう言うと、マリナは俺のベッドの隣に魔法で出したマットを敷き、その上に寝転がった。どうやら帰る気は少しも無いらしい。


 こうなったら! とマリナを無理矢理あの穴に放り込んでやろうと抱えあげようとした。が、


「……睡眠のジャマ」


 とマリナが呟くと同時に、俺は謎の衝撃波によってベッドに押し倒され、そのまま金縛りのように身動きが取れなくなってしまった。


(くっ!)


 ◇


 そして強制的に俺とマリナの魔法に溢れた生活が始まってしまった(焦)。

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