93.決着
「レン、無事か!?」
近くにバルグが駆け寄ってきた。
バルグがいる……ということは、僕は自分の精神世界から抜け出たのか。
体は人間の姿のままだけど、間違いなさそうだ。
「うん、何とかね。それより天使ナミエルは?」
「分からない。レンが急に倒れてしばらく気を失っているのを俺はただ見ていただけだからな。あ、そういえば天使ナミエルの体の中にこんなものがあったぞ」
そう言ったバルグはとても小さな虹色の塊を見せてきた。
虹色の塊……メルニが送っていたオーラみたいな色と似ているね。
気になった僕はその塊に触ってみた。
すると塊が僕の体の中に入り込んできた!
塊が体の中に入った瞬間、僕の中に多量の情報がなだれ込んできた。
人間の僕がこの異世界に来たときのこと、ある町にいたこと、そこでギルドの建物を見つけたこと、そこでメルニと出会ったこと……
つまり、もう一人の僕の記憶が僕の中に入ってきたのだ。
「大丈夫か、レン?」
心配そうにバルグはたずねてくる。
「うん、大丈夫。さっきの虹色の塊がもう一人の僕の魂だったみたい」
「それがもう一人のレンの魂? ということは最初に取り込んだ白い塊って……」
「多分天使ナミエルの魂だったんだろうね。でも大丈夫。何とかなったと思うから」
「そうか……それならいいんだが」
僕の中から変な違和感は消えた。
だから恐らく天使ナミエルは僕の体の中にはいない。
どこか遠く、レーネシア・パレスの地下深くからそれらしき力を微かに感じるから、まだ完全に倒した訳ではないんだろうけど。
僕が虹色の魂を吸い込み終わると、横たわっていた天使ナミエルの抜け殻が消え去った。
すると同時に足場の見えない床も消え去り、僕とバルグは空を落下し始めた!?
あまりに突然のことだったので僕達は対処が遅れてしまった。
バルグと一緒ならば天竜化して空を飛べたのだが、空中で落下しているうちに遠く離れてしまって、天竜化は使えそうにない。
ちなみに一部の天竜化で翼を出せないか試してみたが、うまくいかなかった。
そうして僕達は為す術なく空を落下し続けた……。
しばらく落下し続けていると、どこか遠くから声が聞こえてきた。
「時魔法、速度減衰!」
その声が聞こえると同時に僕の落下スピードが急速に落ち、だいぶゆっくりとなった。
そして僕に近づいてくる地竜―――ジールダースの姿が見えてきた。
ジールダースの背中には仲間達が乗っていた。
多分速度減衰の魔法はエナが使ってくれたんだろう。
速度減衰の魔法のおかげでゆっくりとスピードでジールダースの背中に乗ることができた。
「レン、無事だったのね、良かった!」
「レン無事で、嬉しい」
「さすがは師匠です。私、信じていましたよ!」
「オレもレンさんなら問題ないって思ってたッスよ!」
「さっすがレンレンだね~良かったよ~」
みんな笑顔で僕を出迎えてくれた。
その状況に思わずなごんでしまう……
いや、それよりバルグは大丈夫!?
まだ落下し続けていると思うんだけど!?
「バルグは大丈夫なの?」
「ええ、バルグさんならお父様のガルダン王が助けているはずですよ」
「え、ガルダン王もここに来ているの!?」
「そのようです。どうやらブローダンが色々と根回しをしていたようですね。詳しくは私も知りませんが」
下界のことには不干渉を貫いていた天竜の長であるガルダン王が助けに来るなんて……
一体何があったんだろう?
まあ、バルグが無事ならそれでいいんだけど。
「そういえばジールダースもどうしてここに?」
「我か? そうだな……ブローダン殿から面白そうな戦いの場があると誘われてな。それに我が息子、ジルも参加すると聞く。ならば行かぬ選択肢はあるまい」
「そうですか……」
ジールダースもブローダンから話を聞いてきてくれたのか。
ブローダン、裏で色々と頑張っていたんだなぁ。
僕達はジールダースに乗ってゆっくりと空を降りていく。
そしてレーネシア・パレスの入り口付近に降り立つ。
そこの近くには見知った人達が待っていた。
「無事で良かったぞ、レン」
「無事で安心しました、わが主よ」
深海竜のスイノと、スイノのお付きのアクアリザードがあいさつをしてきた。
「二人ともわざわざここまで来てくれたの!? 大変だったんじゃないの?」
「レンの為ならこれ位苦にならぬ。それにわらわの友、ハーレスの頼みもあったからの」
「出過ぎた真似を申し訳ありません。ですが良い結果になり、私はとても満足しております。皆さま本当にありがとうございました」
ハーレス……
そっか、スイノのお付きのアクアリザードはかつてのメルニの執事のハーレスだったのか。
ってええっ!?
そんな偶然あるの!?
「びっくりしたでしょ? 私も驚いたわ。まさか本当にハーレスともう一度会えるとは思っていなかったもの。それに行方不明だったアーノンとタミルにも」
メルニはそう言ってスイノの影にひっそりと隠れている二人の方を見た。
あの二人がアーノンとタミルか。
人間の僕の記憶にある二人の姿よりも少しやつれて見えるけれど大丈夫かな?
でも無事で何よりだ。
「久しいな、バルグの相棒」
その声がした方を振り向くと、そこにはガルダン王がそびえ立っていた。
天竜の長だけあって、体長はもちろん、威厳も桁違いだよなぁ。
隣に立つジールダースも負けず劣らずだけどね。
ガルダン王の近くからバルグがこちらに向かってくる様子が見えた。
どうやらリザースが言っていた通り、ガルダン王がバルグを助けたようだった。
「ガルダン王、それにバルグも無事で良かった!」
「レン、空から落下したときはどうなるかとは思ったが、無事で本当に良かったな!」
「うん、本当にね!」
これで僕の仲間達は全員無事なことが判明した。
ちなみに天使との戦いは地下に潜む天使ナミエルの魂の塊を破壊すれば終わりなのだとか。
天使ナミエルを僕が倒してからは一気に天使の勢力が落ち、あっさりと天使を殲滅することができたらしい。
「それにしてもガルダン、お前と会うのは久しいな。二百年ぶり位か? 我と久しぶりに力比べでもするか?」
「ジールダース、力が全てではないと前にも言ったであろう?」
「それは分かっておる。それは我が息子ジルとその仲間達を見ていれば、おのずとな」
「ならば何故力比べを?」
「単純な好奇心だ。何より我が地竜の仲には我と並ぶものがいない。そこでたまには我が戦いを楽しめる相手、お主と戦いたいと思ってな」
「フン、そういうことか。ならばあとで思う存分楽しませてやろう。後悔するでないぞ?」
「こちらこそ、望むところだ」
ガルダン王とジールダースはとても楽しそうにしている。
なんか生き生きとしていて、今までのかたい印象が少し変わったかもしれない。
「レン君、いやーすごいよ! 天使ナミエルを本当に倒しちゃうなんてね!」
レーネシア・パレスの入り口から魔王がこちらに歩いて近づいてきた。
「でもレン君には悪い事をしちゃったね。自分が天使ナミエルに思考の一部を制限されているのに気付かなかったせいで……」
「魔王様、いいんです。もう、終わったことですから」
「……本当にありがとう、レン君」
魔王はホッとした表情になり、ニッコリとほほ笑んだ。
「レン君、一応まだ戦いは終わってはいない。ただ、ブローダンがもうすぐ天使ナミエルを倒し切るはずだ。それまではゆっくりここで休んでいるといい。本当にお疲れ様」
魔王はそう言うとレーネシア・パレスの中へと入っていった。
どうやらまだ仕事が残っているらしい。
ブローダンがもうすぐ天使ナミエルを倒す、か。
つまり、それまでの時間が、僕がこの世界にいられる時間ということなんだろうな。
みんなと話していると、突如レーネシア・パレスの地中から白い光が発せられた!
一体何事だろうと思っていると、その光は枝分かれし、枝分かれした光はそれぞれ町のどこかに降り立った。
そして降り立った光は人間の形となり、そこに人間を出現させた!
現れた人間は仰向けに倒れていて、寝ている状態に見える。
「レン君、今さっきブローダンが天使ナミエルを倒したよ」
レーネシア・パレスから再び魔王が現れ、そう言った。
「そうなんですか。それで、今放たれている光と、そこに出現している人間はどういうことなんですか?」
「その人達はね、天使ナミエルによって精神が吸い尽くされた人達なんだよ。天使ナミエルが滅んだことで、ナミエルにためられていた魂が元の場所、人間に戻っているんだろう」
そうなんだ……
レーネシアス神聖帝国ってやけに人が少ないとは思っていたんだけど、そういうことだったんだね。
天使の拠点となるこの町は、天使にとって、最も簡単に人間から魂を摂取できる場所。
ならばこの町の住民の多くが天使の餌食となっていてもおかしくはないだろう。
ちなみにレーネシアス神聖帝国に現れた人達はじきに目を覚ますらしい。
ただ、すぐに目を覚ます訳ではないので、その前にここを離れれば問題ないとのこと。
「レン、こうやって会えてわらわは嬉しかったぞ。また、会えるといいのう」
「わが主よ、失礼致します」
「うん、スイノもお元気でね。ハーレス、スイノを頼んだよ」
そう言ったスイノとハーレスは海の方へと帰っていった。
ちなみにスイノとハーレスは深海に住んでいるんだけど、ブローダンが悪魔ネットワークを深海に作ったおかげで、行き来はかなり楽になったという。
メルニ達も時々、ブローダン達悪魔に頼んで、悪魔ネットワークを使わせてもらい、ハーレスに会いに行くつもりらしい。
またメルニ達が会えるみたいようで良かったね。
「じゃあ私達も先に帰るね」
「うん、分かった。仲間と久しぶりに会えたけど、メルニはこれからどうするの?」
「そうだね……アーノンやタミルと一緒にギルドの活動を再開しようと思ってる。時間が経ちすぎて以前持っていたギルドポイントがなくなって、またFランクからのスタートかもしれないけど、今度こそAランクになってみせるわ!」
「そっか、それは良いね!」
「アーノンとタミルも乗り気だから、私、ますます張りきっちゃうのよね! 今は落ち着かないかもしれないけど、レンちゃんもいつか私のギルドに入ってね!」
「うん、ありがとう、メルニ」
そう言葉を交わすと、メルニとアーノンとタミルはギルド会館のあるメルニの町へと向かっていった。
「では我も失礼する。大事な用があるんでな。いくぞ、ガルダン」
「まあ、そう急かすな。それよりバルグ、本当にいいんだな?」
ガルダンはバルグを見つめている。
バルグは静かにハッキリとうなづいた。
「分かった。なら好きにすればいい。決して後悔するような選択だけはしないようにな」
そう言ってガルダン王はジールダースと共にどこか遠くへ飛び去ってしまった。
これでこの場に残るのは僕達の仲間と魔王だけになった。
「まだ人間が目を覚ますには時間がある。その間、レーネシアス観光とでも行かないかい?」
「はい、そうしましょう」
僕は迷わず返事をした。
他の仲間達も同意見のようだった。
まだこの世界から消えずにいられているけど、多分残された時間は少ない。
だったら残された時間を精一杯楽しもうじゃないか。




