91.ホーリーエリア
扉をくぐりぬけた先には大きな空間が広がっていて、その中央には白く輝く光の渦があった。
その渦を中心として、周りに白い小さな粒子が漂っている。
ホーリーエリアは神聖力が集まる場所。
ということは、あの白い粒子は神聖力の源なんだろうか?
「くっ、苦しい……でも、この程度……」
そう言ったリザースは苦しそうな表情をして、その場でうずくまってしまった。
えっ、何が起こったの!?
『ここは神聖力が集まる場所だ。つまり俺達魔物にとっては最も近寄れない場所だ』
『神聖力は魔物を浄化、つまり滅ぼす力でもあるんだったよね』
『ああ。俺達は悪魔力があるからいいが、それがないリザースにはこの空間は辛すぎるのさ』
そっか……
悪魔力があれば神聖力を中和できるけど、なければそんなことできるわけないよね。
「ごめんよ、リザース君。これでどうかな?」
魔王はリザースに黒いオーラを流し込んでいる。
するとリザースの顔色が良くなっていき、再び立ち上がることができた。
「ありがとうございます、魔王様。助かりました」
「いえいえ。あと悪魔力をリザース君に余分に流し込んでおいたから、多分今の君なら天使と十分戦えると思うよ」
「そうなんですか!? それはありがたい!」
リザースはとてもうれしそうにそう言った。
リザースが天使と戦えるようになったのは大きいけど、魔王は大丈夫なのだろうか?
悪魔力は有限だし、人にあげているとそれだけ自分が力を発揮できなくなる訳なんだけど……
まあ、心配しても仕方ないか。
それよりこれからのことを考えよう。
ホーリーエリアの中は静まり返っていて誰の姿も見当たらない。
てっきりここに天使ナミエルがいると思ったんだけど、ここにはいないみたいだ。
一体どこにいるんだろう?
「天使ナミエルはいない、か。仕方がない。とりあえず目の前の神聖力の元を破壊しようか」
「破壊……そんなことができるんですか?」
「うん。ありったけの悪魔力を注げばね。そしてこれを破壊しないともし天使ナミエルを倒してもここから復活してしまうんだ」
「そうなんですか!?」
「そう。だからここの破壊は自分が引き受ける。レン君とリザース君はあそこからさらに先に行ってほしい」
そう言った魔王は光の渦の向こう側を指さした。
光の渦に隠れていて見にくいが、目を凝らしてみるとうっすらと道があるのが見えた。
「天使ナミエルのことは任せたよ、レン君! ここを破壊したら自分もすぐ助けに向かうから!」
「はい、ありがとうございます!」
そう返事をし、僕はリザースと一緒に奥へと行こうとする。
だが背後で嫌な気配を感じる。
魔王が光の渦に攻撃を加えようとした瞬間……
グガーーー!!!
そのうなり声と同時に天井から巨大な物体が落ちてきた!
「これは……ゴーレムか!? さすがに全くの無防備という訳にはいかないか……少々骨が折れそうだな……」
魔王は強いからゴーレムくらいでやられたりはしないだろう。
でも魔王の目的は光の渦の破壊。
あのゴーレムからは結構強力な神聖力を感じるので、すぐには倒せそうにはないし、光の渦の破壊が遅れてしまう可能性がある。
だったら……
「リザース、魔王を助けに行ってほしい、頼めるかな?」
「師匠……お一人で大丈夫なのですか? 魔王様は心配ですけれども天使ナミエルという強敵もいますし……」
「大丈夫。僕にはバルグがついているから一人じゃないし。それにもしリザース達が光の渦を破壊し終わったら助けに来てくれるんだよね?」
「確かに……そうできますよね。分かりました。決して無理だけはしないでくださいね!」
「うん、心配してくれてありがとう!」
そう言葉を交わし、リザースは魔王の助太刀に、僕はさらに奥の道へと進んでいった。
ホーリーエリアからさらに続く道を僕は駆け抜ける。
しかし、進んでも進んでも全く終わりが見えない。
『バルグ、なんか変な感じがしない?』
『ああ。景色が変わり映えしないのもあるが、それにしてもなんか妙な感覚なんだよな』
そう。
体に感じるこの違和感。
まるで僕が初めて人間の領域に向かったときのような感じ……
えっ、それってまずくないか?
『幻覚、かな?』
『そうかもしれないな。だが今はあの時とは違う。そうだろ?』
『うん。神聖力に対抗する悪魔力を持ってる。ちょっと試してみようか』
初めて人間の領域に行った時の僕は悪魔力を持たなかったから神聖力に対して為す術がなかった。
でも今は違う。
僕は魔王から悪魔力をもらい、鍛えてもらった。
一方、バルグはどうやら自力で悪魔力を習得したらしい。
自力で悪魔力を習得するなんて想像できないけど……
一体どうやったんだろうね?
僕は精神を集中させる。
そして一気に内に秘める悪魔力をオーラとして放出させる!
すると景色がガラッと変わり、僕は小さな一室の中にいた。
そしてその部屋の中には僕と、人間の姿をした僕の二人がいた。
人間の姿をした僕、つまり天使ナミエルがそこにいた。
「おお、我の幻術を破るとは素晴らしい。貴様、只者ではないな?」
ナミエルは驚きの表情でそう話しかけてくる。
「幻術……やっぱり君の仕業だったのか、天使ナミエル」
「ほう、我の名を知っているとは。ますます興味深い。ところで貴様の名は―――ほう、そういうことか」
そう言ったナミエルはフフッと笑みをこぼす。
言葉の感じからすると、僕の正体をすぐ見破ったという所だろうか。
やはり僕を召喚しようとしていた腕の持ち主だけあって、かなり手強そうだ。
「貴様は貴様自身を助けに来たんだろう? だがもう遅い。我が既に吸収し尽した」
「もう一人の僕がまだ完全には消滅していないのは知ってる! そんな言葉、ただのハッタリだよ!」
「ハッタリ……か。面白い。もしそう思うのなら、我を倒してみよ。さすればおのずと結果は分かるだろう」
「言われなくても……そうするつもりだよ!」
そう叫んだ僕は悪魔力を含んだ炎熱魔法を放つ。
しかし、軽々と攻撃をかわされてしまう。
「おお、すごい威力だ。当たったらただの火傷ではすまないな。無論、当たったらの話だが」
「当たったらじゃなくて、当ててみせる!」
僕は何度も魔法を繰り出す。
しかし、その全てをことごとくかわされてしまった。
「フン、そろそろ飽きてきたな。では反撃といくか。白光地帯!」
ナミエルがそう言うと、辺り一面が白い光で照らされる。
それは僕がいる場所も例外ではない。
その白い光には微量ではあるが、神聖力が含まれている。
そしてその神聖力が僕の動きを鈍らせるとともに、悪魔力の消耗を激しくさせている。
なかなか嫌らしい魔法を使ってくるな……
『レン、このままじゃまずい。こちらの悪魔力だけ削られて、いつかは力尽きてしまうぞ』
『うん、分かってはいるけど……全然攻撃が当たらないんだ』
『そうか。なら攻撃が当たれば問題ないんだな?』
『そうだね。でも、できるの?』
『ああ、任せておけ』
あんなに素早いナミエルに攻撃を当てる方法があるのかな?
とにかく、バルグに何か考えがあるようなので、ここはバルグに任せよう。
「炎熱粒子!」
バルグはそう言うと、辺り一面に火の細かい粒をまき散らす。
「炎熱粒子か。確かに当たれば強力な技だが動きは遅く、避けるのは難しくない。それに効果時間も短いし、我には効かぬぞ」
「さあ、それはどうだろうな?」
バルグはそれからひたすら炎熱粒子を周囲に充満させていく……
僕達がいる空間の中は一面炎の粒子で埋め尽くされようとしていた。
「なぜこの粒子は消えない? もうとっくに効果時間は切れているはず! まさか……重ねがけか!?」
「ふふ、気づくのが遅かったな。悪魔熱波!」
バルグが放った悪魔力のこめられた熱波は周りの炎熱粒子を巻き込み、威力が加速度的に上がっていく。
そして漂う炎熱粒子を巻き込んでその空間中を熱波が包み込むことから、天使ナミエルには逃げ場がない。
ちなみにバルグ自身は炎の強い耐性があり、悪魔力もむしろ力になる位なのでダメージはそれほど受けずに済むようだ。
「くっ、これはさすがに避けられないか……」
そして熱波は天使ナミエルを包み込み……
「消えた……だと……?」
天使ナミエルはその場から姿を消した。
そして熱波はこの空間全体に広がり、風景の一部に亀裂をつけ、そしてこの空間を破壊する。
そして亀裂からまた新たな空間が現れ、その空間をまた熱波が満たしていく……
え、なんでそんなに空間がいくつもあるの!?
『レン、おそらくナミエルは多重結界を張っている』
『それはつまりどういうこと?』
『それはだな……その結界を打ち破らない限り、俺達に勝機はないということだ』
『もしかして僕達が戦っていたナミエルは本物じゃなかった……?』
『そうだろうな。だからこそ逃げ場のない攻撃を放っても急に消え去った。それしか説明がつかない』
そうなのか……
でもこれで天使ナミエルが余裕な表情だった理由が分かった。
天使ナミエルは結界の外から安全に一方的に攻撃できていた。
そして万が一、一つの分身が負けても、まだいくつもの結界があるから当分本体にたどり着くことはないという訳か。
仕組みが分かったら、後は対処するのみだね。
『レン、確か霊竜の魔法で真実を知る魔法があったはずだ。それでナミエルが作った結界が何層あるのか調べてもらえないか? 結界が多重にはられていることが分かった今ならばできるはずだ』
『うん、分かった。やってみる』
真実を知る魔法、それは霊魂源流。
起きた現象がどのような現象なのかを調べることができる効果がある。
ただその魔法が強力な分、使用に条件が課せられていて、扱うのは難しい。
例えば今回の場合だと、結界が多重にかかっていることを実際に認識しないといくつ結界がはられているか調べることができない。
結界がはられていることを認識しないうちから結界の数を調べることができないのだ。
でも結界が多重にかかっていることが分かった今ならば、結界の数を知ることは難しくない。
『それじゃいくよ……霊魂源流!』
すると周りの情報が一気になだれこんでくる!
そしてそれで分かったことは、あと結界の数が97層あるということだ。
先ほどバルグが放った熱波が3層分破壊してくれたから、元々は100層も結界をはっていたのか……
なかなかえげつないな。
そしてその情報の副産物として、現在レーネシア・パレスの上空にいることが分かった。
上空にいる意味が分からなかったんだけど、どうやら天使ナミエルは自分の空間を持っていて、僕とバルグは知らないうちにそこに転移させられていたらしい。
その関係上、もし結界を破っても、元の道を引き返して魔王やリザースを助けにいくことはできない。
完全に孤立してしまった状態という訳か。
『とにかく、まずは結界を打ち破らないとだね』
『ああ。あまりもたもたしているとまたナミエルの幻が邪魔しにくるだろう。ここは一気に片を付けるぞ!』
『うん、分かった!』
僕は精神を集中させ、バルグと呼吸を合わせる。
そして天竜へと姿を変えた。
「一気に……片付ける!! 暗黒灼熱線!!」
僕は自分の全力の、一点に集中させた魔法をできるだけ結界がもろくなっている部分へと当てる。
すると結界は一気に音を立てて割れていく。
あと50、40、30、20、10、3、2、1……
僕の魔法が結界を割っている間に僕自身も一気に移動する。
そして結界が全て割れると同時に、僕は結界の外へと飛び出した!




