87.生命の指輪
「ちょっと話がそれちゃった部分もあったけど、レンちゃんと別れたのはそんな感じね。あれから生命の指輪は壊れなかったから生きているとは思っていたんだけど……」
メルニの表情がすぐれない。
やっぱり嫌な事を思い出させてしまって申し訳ない事をしてしまったな……
メルニによれば、その後ギルドメンバーとして活動せずに、ひたすらギルドの仲間を探し回ったらしい。
ちなみにブラックワイバーンの討伐ができていて、その素材もあるので、なろうと思えばAランクになることもできた。
でもメルニはそうせず、ブラックワイバーンがとても強くて歯が立たなかったこと、近づかない方が良いということを他のギルドの人の耳にそれとなく伝えたのだった。
メルニのギルドはかなり有名になってしまった。
なのでもしモーズ鉱山に誰かが行ったときに悪霊使いに操られたメンバーと出会った場合、その人が興味本位で近づいて殺されてしまうことを恐れたのだ。
いや、その誰かを心配するというよりは、これ以上かつてのメンバーの体によって被害を広げたくないという理由の方が大きいんだろう。
そのために、モーズ鉱山には近づくと危ないという認識をウワサで広めたのだった。
メルニは一人でモーズ鉱山に行ったりもした。
でもかつてブラックワイバーンと戦った場所に行っても何一つ手がかりがなかった。
他の場所もあちこち探し回ったがそれでも見つからず、途方に暮れていた。
そんなときに出会ったのが、人間の姿に変身した僕だったという訳だ。
なるほど、だからメルニと初めて出会ったとき、あんなオーバーリアクションをとられたんだなぁ……
「なあ、その生命の指輪とやらはまだここにあるのか?」
しんみりとした雰囲気の中、ブローダンが突然そんな発言をする!
そのことは確かに気になっていたけど、よくこの状況でそんなことが聞けるよね……
「え、ええ。あるわよ。ちょっと待っててね、取ってくる」
そう言ったメルニは別の部屋へと向かっていった。
「ブローダン、よくこのタイミングで聞こうと思ったね」
「あ? このまま黙ったままじゃただの時間の無駄だろうが。それにその指輪の実物があるなら、まだ調べられることがある」
「調べられること?」
「ああ。生命の指輪は使用者の状態を反映する。それは生死だけではなく、持ち主が現在どのような状態なのかも調べられるんじゃないかと思ってな」
そっか!
生命の指輪が使用者の生死と連動するというのなら、使用者がどういう状態にあるのかということも読み取れても不思議じゃないよね。
ブローダン、意外とやるなぁ。
しばらく待っているとメルニが部屋の中に入ってきた。
メルニは金色に輝く箱のようなものを持っている。
「その中に生命の指輪が入っているのか?」
ブローダンは躊躇なくメルニにたずねる。
「……ええ。この中に生命の指輪はあるわ。でも怖くてこの箱にしまい込んだままずっと開けてないの」
「開けてないのか? じゃあ指輪が無事かどうかは分からないんじゃないのか?」
「開けてないけど、なんとなく分かるの。魔力の波動みたいなものが感じられるから……だから大丈夫なことは分かる」
目で見えなくても分かるものなのか……
僕もある程度魔力探知はできるけれど、人の生死まで判別できるとは思わなかった。
まぁ生命の指輪が特殊なだけかもしれないんだけどさ。
「開けるの、やっぱり怖い?」
「うん。無事なのは分かってはいるんだけど……でももし壊れちゃっていた時のことを考えると怖くて……」
メルニがそう思うのも無理ないよね。
何しろあんな辛い思いをしたんだから……
「開けられないのなら俺様が開けてやろうか?」
「いや、これは私が開ける……。私が……開けなきゃ……」
メルニは机に金色の箱を置き、魔法を唱え、開錠する。
そして箱を開けようとするのだが、その手は震えていて、見ているだけで恐怖の感情が伝わってくる。
その様子をしばらく見守っていると、ようやく箱が開けられ、中身があらわとなった。
中には指輪があって確かに壊れてはいなかった。
そこまではメルニの言う通りだが……
「こ、これが生命の指輪……?」
思わずそう言わずにはいられなかった。
だって傷ついている上にサビもついていて黒ずんでしまってるのだから。
「ど、どうしてこんなことに……? あんなに大事に保管しておいたのに……」
メルニは指輪の様子を見て愕然としているようだ。
メルニの様子からすると、箱にしまう前までの指輪はこんな様子じゃなかったんだろう。
「予想はしていたが、かなりまずい状態だな」
指輪を見たブローダンがつぶやく。
生命の指輪は使用者、つまりもう一人の僕の状態を示している。
その指輪が壊れてはいないけど、汚れていてボロボロになっているのだから、もう一人の僕が相当弱っていることが予想される。
もう一人に僕を助けるにはまだ間に合うけれど、あまり時間は残されてはいないという魔王の言葉の正しさを証明する形になった訳だね。
「は、早く指輪を綺麗にしないとレンちゃんが……」
そう言ったメルニは急いで綺麗な布を持ってきて指輪をふこうとする。
しかし、ブローダンがそれを止める。
「やめておけ。そんなことをしても何の解決にはならないぞ」
「でもこのままじゃレンちゃんが……」
「指輪はお前の管理が悪かったから汚れているんじゃない。これはもう一人のレンの状態を反映しているだけだ。だから指輪をふいても何の意味もない」
「だったらどうすれば……?」
メルニは今にも泣きだしそうな顔をしている。
そりゃこんな状態の指輪を見て、これが仲間の今の状態なんて言われたら辛いのは当然だよね……。
もう一人の僕が弱っているというのは僕も分かっていたつもりだったんだけど、こうやって具体的に悪い状態であることを見せつけられると、自分の考えが甘かったことを痛感させられる。
本当にもうのんびりしている余裕はないんだね。
「俺様も含め、このレンもお前の仲間だったレンを助けようとしている途中だ。だからお前は焦らなくてもいい」
「気持ちは嬉しいんだけど、でも、何もしないで待っているだけなんて嫌なの……。何もしないでもしもレンちゃんをまた助けられなかったことを考えると……」
メルニはもう一人の僕と別れるとき、ただ逃げることしかできなかった。
だから僕とメルニが初めて出会ったとき、力になろうとしてくれたし、きっとメルニはそうしないと気が済まなかったんだろう。
そして今回、もう一人の僕が絡むこの状況で、ただ待っている事しかできないことにメルニは不安を感じている。
また前みたいに何もできないまま嫌な結果になるんじゃないかって……。
何かメルニにできることはないだろうか?
あ、そういえば――
「メルニ、ちょっと聞きたいんだけどさ、もう一人の僕にとって良い思い出になっているものってないかな?」
「思い出になるもの? うーん、それだと生命の指輪になっちゃうかな。それがどうかしたの?」
やっぱりそうなるよね。
だと、それを持っていくのは厳しそうだなぁ……。
諦め半分になりながらも、僕はメルニに事情を説明することにした。
「そんなことになっているの!? でもこれを、生命の指輪をレンちゃんが使えば、もう一人のレンちゃんを助けられるかもしれないっていうこと!?」
「うん。もしかしたらもう一人の僕を呼び起こすきっかけになるんじゃないかと思うんだ」
「そうなんだ……分かった。生命の指輪はレンちゃんに預ける」
えっ!?
そんなに大事なものを渡しちゃってもいいの!?
「生命の指輪は元々レンちゃんのもの。そして今ここにいるレンちゃんもレンちゃんだし、渡しても返したようなものだと思うの。それに……あなたには一度命を救ってもらえたから、何だか信じたくなるの」
確かに元々は同じ一人の人間だったらしいから、間違ってはいないんだろうけど、本当にこれでいいのかな?
もしこれで失敗したら――――なんだか気が重くなってきた。
メルニが僕に生命の指輪が入っている箱を渡そうとしたとき、ブローダンがあきれたような様子で話しかけてきた。
「とても言いにくいんだが……そうするよりももっと良い方法があると思うぞ……?」
えっ……もっと良い方法だって?
そんなものがあるの?
「そもそも俺様達が人間のレンと出会うときほぼ間違いなく人間のレンの意識はないだろう。だから指輪を見せようとしても全く気付かない可能性が高い」
あ、確かに……
どんなに大事にしていたものを近くに持って行ったとしても、意識がない状態じゃ物を見ることもできないし意味ないよね……
だとしたらどうすればいいんだろう?
「ブローダンの言う通りかもしれないね。でも、だとしたらどうする? それだとどんな大事なものを持って行ってもダメだということになると思うんだけど」
「そうだな……俺様の案としては、メルニなど親しい人達に思いを吹き込んでもらった魔法を相手にぶつけることだな」
「想いを吹き込んだ魔法ってそんなことができるの?」
「ああ。悪魔魔法の中の一つにそういう魔法があるんだ。そのためにはこの中に思いを注ぎ込んでもらう必要はあるがな」
そう言うとブローダンは右手に白いもやみたいなものを出現させた。
前にブローダンがやっていた悪魔の記憶交換みたいなものなんだろうか?
「この白い霧みたいなものに思いをこめればいいの?」
「ああ、そうだ。お前の中にある心からの気持ち、ありったけの気持ちをこの中に入れてくれ」
「ええ、分かったわ」
するとメルニは目を閉じ、精神を集中させて、ブローダンの右手にある白いもやに向かってカラフルな七色に輝くオーラを注ぎ込む。
思わずみとれてしまうような綺麗なオーラだなぁ。
しばらくすると、白いもやは七色に染まり、メルニは目を開けた。
「これでどうかしら?」
「ああ、上出来だ。後は俺様達に任せろ。きっと良い結果を報告できるだろう」
「ありがとう、えっと名前は……?」
「ブローダンだ。訳あって今はレンと行動を共にしている」
「そっか、ブローダン、ありがとう」
「た、大したことはしていない。断じてな」
ブローダンが若干照れているような気がするんだけど、気のせいかな?
何はともあれ、これで一番の悩みの種だった、人間の僕を呼び起こす方法はなんとかなりそうだ。
後は準備できることもないし、覚悟を決めて本番に臨むだけだろうな。
それからメルニと少し話をしてから、悪魔世界に戻ることにした。
「今日は色々とありがとう、メルニ」
「気にしないで。それよりわざわざ私の家まで来てくれてありがとう。久しぶりに楽しかった」
「そっか、それは良かった。メルニさえ良ければ、また遊びに来てもいいかな?」
「ええ、もちろん大歓迎よ!」
メルニはニッコリとした笑顔でそう言った。
そしてそのまま家の外まで見送ってくれた。
「天使との戦い……とても大変だと思うけど、頑張ってね」
「うん、きっと大丈夫。メルニは安心して待ってて」
「ありがとう。待っている間、私にできることはあれば協力するから!」
「協力か……そうだな。ちょっとお前にやってみてもらいたいことがあるんだが、いいか?」
「うん、構わないけど……?」
ブローダン、急にどうしたんだろう?
何か思いついたみたいだったけど……
「さっき白いもやにオーラを送っただろ? その要領で指輪にオーラを送ってみろ」
「えっ? どういうこと?」
「いいからやってみろ」
困惑しながらメルニはブローダンの言う通り、同じ方法で虹色のオーラを指輪に送ってみる。
すると、わずかにではあるが、指輪の汚れが浄化されていくのが見える。
目を開けたメルニは指輪の様子を見て驚いた様子だった。
「わずかにではあるけれど……指輪がきれいになってる!?」
「ああ、その通りだ。指輪はレンの状態を反映して今この状態になっている。だからレンの状態を良くすれば自然と指輪は浄化されるのさ。指輪を通して、レン本人にもわずかにだが影響を与えることもできよう」
「そうなんだ……だったら待っている間、少しでもレンちゃんが良くなるようにできるということね」
「そうだ。人間のレンに残された時間は少ない。それを少しでも長くしてくれるのなら、とても助かる」
「分かった。このことは私に任せて!」
「ああ、頼んだぞ」
メルニの協力に感謝しつつ、僕達はメルニの町を後にし、悪魔世界へと向かった。
悪魔世界に戻る途中にブローダンに話しかける。
「ブローダン、これで準備できることは終わったのかな?」
「そうだな。いや、正確には……まあ、いい。とりあえずお前は悪魔世界に行って休んでいろ」
ん?
なんか意味深な発言……
何かまだやるべきことがあるのかな?
「何かやるべきことがあるのなら手伝うよ? 僕の用事につきあってもらっちゃったし」
「ああ? 別にお前に頼まれてやった覚えはねーよ」
「でも一人でやるより二人でやった方が――」
「お前の仕事は本番に備えて英気を養うことだ。もし俺様に仕事があったとしても、それは俺様がやるべき仕事であって、お前には関係ない。もし無理に俺様と一緒に来て、本番で力が出ませんでしたなんて言ってみろ、ぶっとばすぞ?」
ブローダンからは怒りのオーラで満ち溢れている。
どうやら気を遣って言っているのではなく、本気で言っているようだ。
これはもう刺激しない方がいいな。
ちょっと親しみやすさを感じ始めていたけど、ブローダンが面倒な性格していることは変わりないからなぁ……
そんな感じでちょっとピリピリした雰囲気で悪魔世界に向かうことになった。
しばらくすると、悪魔世界のブローダンの部屋に到着した。
そういえば悪魔世界の僕ってブローダンの部屋を使っているけど、その間ブローダンは寝るのに支障はないんだろうか?
「ブローダンはこの部屋が使えなくても大丈夫なの?」
「俺様は悪魔の中でも偉いから、部屋をいくつも持っているのさ。だからそのうちの一つが使えなくなったところで何の問題もない」
そっか、ブローダンの部屋といっても誰もその部屋が一つしかないなんて言っていないよね……
自分の部屋は一つしかないものと思い込んでいたから心配しちゃったけど、それだったら全く部屋を借りていても問題ないか。
なんか心配しちゃって損したなぁ。
その回答をされた後、ブローダンは用事があるとかなんとかでどこかへ行ってしまった。
さて、これからどうしようかな?




