84.悪魔化
「じゃあ僕はしばらく部屋で休んでいるよ。案内してくれてありがとね」
「いえいえ。それよりレンさんはまだ目覚められて間もないんですから、ゆっくりと休んでくださいね」
「うん、分かった。ありがとう、リザース」
「ボク達はレンレンの近くの部屋にいるから何かあったら呼んでね~」
そんな感じでひとまずみんなとわかれた。
部屋にあるベッドに横たわりながら魔王に言われたことを整理してみる。
人間の姿をしたあの白騎士は天使ナミエルが憑依したもう一人の僕なんだよね。
そしてその僕の意識は消滅寸前で、助けるためには意識を呼び出して僕自身に取り込む必要がある。
すると天使ナミエルが弱体化するので、一気に倒す。
そして天使を倒したら僕は元の世界に帰ることになるけど、この世界は天使から救われると。
こんな所だよね。
一旦話を整理しても、なかなかこの作戦をやるという決心がつかない。
一度はやると言ったけど、考えれば考えるほど、本当にできるのかと思ってしまうんだよね。
それにせっかく仲良くなった仲間達ともう会えなくなってしまうと考えると辛くなる。
時間が経ってはいるけど、実質この世界に来る前の状態に戻るだけと考えればいいんだろうけど、やっぱり寂しいこの気持ちはやっぱりなくならないんだよね……。
でもだからといってこの世界に残るということは天使ナミエルを倒さないということになるし、そうなるとこの世界はとても生きにくい世界になってしまう。
みんなのことを考えても天使ナミエルを倒した方が良いのは分かってはいるんだけどね……
疲れたし、ひとまず寝て休もうかな。
しばらく目をつぶって寝ているとコンコンとノックをする音が聞こえてきた。
「レン、お客さんよ。開けてもいい?」
フィナの声だ。
お客さんって誰だろう?
眠い目をこすりながらベッドから出て立ち上がる。
「うん、入っていいよ」
僕がそう言うと、ガチャっとドアが開き、フィナと人間の女の子が入ってきた。
メルニだ。
「この子道に迷っていたみたいだから話を聞いたらレンに会いたいって言うから連れてきたの」
「あ、あの……メルニです。この間は助けてくださって本当にありがとうございました……」
メルニはだいぶ緊張した感じでつぶやくようにそう言った。
あっ、そうか。
今は竜人族の姿をしているから、メルニにとっては今の僕の姿はなじみがないし、話しにくいのも無理ないよね。
「ちょっと待っててね」
僕は部屋の奥にある更衣室で人間に変身し、再びフィナとメルニの所へ向かった。
「これで少しは話しやすくなったかな?」
「あっ、お気遣いありがとうございます……」
相変わらずメルニは緊張していたようだったけど、僕が人間の姿に変身してから色々と話しているうちに、だんだん打ち解けていったようだった。
メルニとは、自己紹介も兼ねて、僕は元々違う世界にいた人間だったということ、この世界に来てからは魔物として暮らしていること、これまでの旅のことなどについて話した。
「レンさんは相当苦労されてきたんですね」
「まあ、確かに今から振り返ると大変なことやってたなと思うよ。でも一緒に頑張ってくれる仲間達がいたし、そんなに苦じゃなかったかな」
「仲間……そうですよね。私もその気持ち、分かります」
「メルニにも大事な仲間がいるんだ?」
メルニはこくりとうなづく。
でも同時にうつむいて暗い顔をするようになってしまった。
なんだか嫌なことを聞いてしまったような気がする……。
「あっ、ごめんね。なんか気に障ることを言っちゃったみたいで……」
「いえ、いいんです。そのことに関してちょっと話してもいいですか?」
「うん、構わないよ」
僕の返事を聞いたメルニは深呼吸してからゆっくりと話し始めた。
メルニが話してくれたことをまとめると、
・メルニはもう一人の僕と一緒にギルドチームを組んでいた
・ギルドチームで色々な依頼をこなして楽しく生活をしていたが、ある依頼の途中で巨大な竜に襲われ、命の危機にさらされる
・みんなを助けるため、もう一人の僕は竜に立ち向かい、それ以来消息不明だった
とのことだった。
ちなみにメルニや他のチームのメンバーは逃げることに必死で、もう一人の僕がどうなったか分からなかったそうだ。
「私、レンちゃんに申し訳なくて……だからこの前、今ここにいるレンちゃんに出会えたときすごく嬉しくなっちゃって、ついあんな反応をしてしまって……ご迷惑でしたよね」
「いや、別に気にしていないよ。それよりもメルニともう一人の僕との関係が分かって良かったよ」
メルニの話からすると、もう一人の僕はメルニと別れる前までは普通に暮らしていたというわけか。
となると、竜との戦いで何かあったんだろうな……
「私、あの白い騎士がレンちゃんだなんてなんだか信じられないんです。あの騎士からは感情が感じられなかったし、何だか冷たい印象を受けました」
「うん。あの白騎士からは感情をあまり感じられなかったよね」
「本当、レンちゃんどうしちゃったの……?」
メルニはすごい動揺していて、ついには泣き出してしまった。
あの白騎士がもう一人の僕だと顔を見て分かっても信じられないんだろう。
あと、もう一人の僕が冷たくなってしまったのは自分のせいなのではないかとメルニは思い込んでしまっているようだった。
もう一人の僕が冷たくなった原因は天使ナミエルの寄生によるもので、メルニは悪くないんだけどね。
「大丈夫。あの白騎士はきっと誰かに操られているだけだから。いつか必ず君が知っているレンが君の前に現れるはずだよ」
「本当に……?」
「うん。だから泣かないで。それにメルニが悪いことなんて何もない。君の前に現れるもう一人の僕もきっとそう言うはずだよ」
僕の言葉を聞いたからか、次第にメルニは落ち着きを取り戻していった。
「もう少ししたら無事なレンが現れるはずだよ。僕も色々と調べてみるから安心して」
「……ありがとうございます。お礼を言いに来たのにまたお願いをしてしまう形になるなんて……」
「気にしないで。僕にできることだったら何でもやるから」
「本当になんてお礼を言っていいのか……それにあなたと話していると、やっぱりレンちゃんと話しているみたいです。不思議ですよね? 別人だってわかっているのに……」
そう言うと、不思議そうな表情を一瞬浮かべた後、スッキリしたような晴れやかな笑顔をしながらメルニは一礼して部屋から出て行った。
自分のできること……
いや、もう一人の僕を助けるのは僕にしかできないことだから、僕にしかできないことなんだ。
これはやっぱりやるしかないんだろうな。
メルニと話したことで僕は決心がついた。
メルニと会話した後に少し寝て、休息をとってから王の間を目指した。
やることも決まった訳だし、あとはそのために行動するだけだよね。
その前に魔王に僕の意志を伝えないと。
僕が部屋を出て王の間に向かう途中で竜人族の姿が見えた。
多分バルグだろう。
ずっといないと思っていたんだけど何していたんだろう?
「おーい、バルグー!」
「あ、レンか。どうしたんだ?」
「どうしたじゃないよ。一体今までどこに行ってたの? オーラをどこからも感じなかったし……」
「まあ、色々とな。あと、しばらくレンとは別行動になりそうだ、すまないな」
別行動?
何かやりたいことがあるんだろうか?
バルグにしては珍しいなぁ……
「何かやるべきことがあるなら手伝うよ?」
「いや、大したことじゃないし、大丈夫だ。それにレンが大事な戦いをするときまでには必ず戻るから、そこは心配しないでくれ」
大事な戦いって天使ナミエルとの戦いのことかな?
というか、何でバルグがそのことを知っているんだ?
「大事な戦いって?」
「……いや、何でもない。とにかくそんな長時間いなくなる訳じゃないから心配しないでくれ」
「そ、そうなんだ?」
「じゃあちょっと行くところがあるから、また後でな」
そう言うとバルグは通路を走り去っていった。
一体バルグが何をしようとしているのか気になるけど、大したことじゃないらしいし、気にしない方がいいのかも。
とにかく気を取り直して王の間を目指すことにしよう。
バルグとすれ違った所からしばらく進むと他の仲間達とも出会った。
でもみんな急いでいる様子で、すぐに戻るから心配しないでほしいというのだ。
特に不自然なのがジルだった。
「あっ、ジル、そんなに急いでどうしたの?」
「れ……れれレンさん!? あっ、何でもないッスよ!? オレはいつも通りッスよ!?」
「何をそんなに慌ててるの? どう見ても不自然だよ。何かあるなら言ってみて」
「だ、大丈夫ッス! 心配しなくても大丈夫ッス! 必ずすぐに戻るんで、これにて失礼させてもらうッス!」
そう言ってジルは慌てて僕から離れて走り去っていった。
思い返してもやはり不自然すぎるんだよなぁ。
一体何をやろうとしているんだろうか?
危険なことじゃなければいいんだけど……。
そんな不自然な仲間達と遭遇しつつ、ようやく僕は王の間へとたどり着いた。
王の間の中は相変わらず薄暗くて静まり返っていた。
中を進んでいくと、スポットライトのようになっている空間へとたどり着く。
すると中には――――倒れた魔王がいた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「う、うーん……もう少し寝かせて……」
なんだ、ただ寝ているだけか。
って、なんでこんな所で寝ているの!?
さすがに魔王には寝室がないなんて考えられないし……
「レンさん、魔王様は寝ているだけですから特に心配しなくても大丈夫ですよ」
右の方から声がするので振り向くと、そこには見覚えのある人間の姿があった。
「ヴァイル、無事だったんだね!」
「ええ、大丈夫ですよ。それより私の時間稼ぎがあまりうまくいかなかったせいでレンさんに怪我を負わせてしまって申し訳ないです」
「いや、全然気にしてないし、ヴァイルが無事ならそれでいいよ。それより、なんで君がここに?」
ヴァイルはブローダンの配下だし、魔王を警護する担当ではないと思うんだけど。
「魔王様を警護というのも一部ありますけど、一番の目的はレンさんへの伝言ですね。レンさんがまた魔王様に会いに来ることを予想してここで待っていたんです」
伝言か……
別にそれだけならわざわざ僕の部屋に来て伝えてくれても良かったと思うんだけどね。
何かここで伝言する理由でもあるのかな?
「伝言の内容を教えてもらってもいい?」
「はい、分かりました。では言いますよ。”――――中央広場に来い。”以上、ブローダン様からの伝言です。あ、中央広場というのはこの城の中庭のような所のことですよ」
ブローダンからの伝言?
一体どういうことなんだろう?
「あ、中央広場までは私がご案内いたしますのでご心配なく。ただ、ブローダン様、あの様子だと、レンさんに戦いを挑みそうな気がするんですよねぇ……」
「ええっ、それは困るよ!?」
今はバルグと一緒じゃないから単純に考えてもいつもの半分の力しかでないし、とてもブローダンに勝てる気がしないんだよね。
「そうですよね。レンさん病み上がりですし……あまり無理をさせたくありません。だからこそ、この部屋で話したんです」
僕に無理をさせたくないからこの部屋で話したって、それはどういう――
「話は全部聞かせてもらったよ」
声がする方を振り向くと、そこには先程まで横たわって寝ていた魔王が腕を組んで立っていた。
「魔王様、大丈夫なんですか?」
「なに、心配いらないさ。ちょっと先程まで質問攻めにあっていて眠れなかっただけだからね。ちょっと眠れればこの通りさ」
質問攻めって一体何があったのか分からないけど、なんか眠れなかった何らかの事情があったらしい。
魔王も大変なんだね。
「それよりブローダンめ……レン君を使ってストレス解消する気だな? そうはさせないぞ……」
そう言った魔王は何やら企んでいるような不気味な笑みを浮かべている。
一体何を企んでいるんだろうか……?
「よし、レン君。君に力を与えよう。ちょっとこっちに来てくれる?」
力?
ヴァイルからもらったあの悪魔力のようなものなのかな?
とりあえず魔王の言う通りの場所に移動することにした。
「うんうん。正直今のままのレン君だとバルグ君もいないし、ブローダンに勝つのは厳しいよね。だから自分が力を貸そう。そのままそこに立っていてね」
魔王はそう言うと、目を閉じて精神を集中させる。
すると間もなく、僕の足元に巨大な黒い魔法陣が現れる!
ヴァイルの魔法陣の軽く十倍以上の大きさはありそうなほど巨大なもので、この薄暗く広い部屋を全て覆い尽くしているんじゃないかと思えるほどだ。
まあ、暗くて部屋全体を見ることができないから予想でしかないけど。
魔法陣が現れてから、魔王がブツブツと何かを唱え始めると、魔法陣が黒く輝きだし、僕は魔法陣の魔力の膜に覆われることになった。
「さあいくよ! 悪魔転生!!」
えっ、今転生って言わなかった? 気のせいだよね……?
しかしそんな疑問を持つとほぼ同時に強烈な眠気に襲われ、僕は深い眠りにおちてしまった。
しばらく経ってから僕は目を覚ました。
辺りを見渡すと、どうやら先程までいたブローダンの部屋のベッドで眠っていたことが分かる。
あ、そういえばさっき魔王が転生とか言っていたけど、体はどうなっているんだ!?
そう思って慌てて体を見てみるが、特に目立った変化はなかった。
鏡で見ても特に変化した部分もなかったので余計な心配だったようだ。
まあ、もうこの世界で何度も体が変わったりしているから別にもしそうなっても驚きはしないんだけどね。
少しその場でゆっくりした後、僕は部屋から出ることにした。
「あ、お目覚めですね。どうですか、体の調子は?」
部屋から出ると、ヴァイルが話しかけてきた。
僕が目覚めるまでずっと待っていたのかな……?
「特に問題ないよ。悪魔転生とか言うからてっきり悪魔になっちゃうのかと思ったけどそうじゃなさそうだし」
僕がそう言うと、ヴァイルは首をかしげて不思議そうな表情をしている。
何か変な事言ったかな……?
「うーん、確かに私達と全く同じではないという点では悪魔じゃないですけど……でも今のレンさんは悪魔の性質を持った悪魔の一種族になっていますよ?」
「えっ、でも全く見た目は変わってないよ?」
「そりゃそうですよ。悪魔は元々精神体なんですから、悪魔化しても肉体に影響ある訳ないじゃないですか」
うっ!?
そういうものなのか……
てっきり悪魔になったら青白くなったり、触覚が生えたりとかすると思っていたんだけど……
まあ、この世界の悪魔の見た目は全く他の種族と変わりないからよくよく考えればヴァイルのいう事もごもっともなんだけどね。
そういえば悪魔って精神体なんだから、僕も精神体になったということなのかな?
「僕って今は肉体関係ない精神体になっているの?」
「いえ、そういう訳ではありません。レンさんはその体でないと生きていけないですから、その点では私達と違いますね」
まあ、それはそうだよね……
でもそうなると、僕のどういう所が変わったんだろう?
見た目に全く変化もないし、違いが分からないんだけど……
「僕は魔王様に魔法をかけられる前とどう変わったんだろう?」
「そうですね……変わったのは、レンさんが自分自身で悪魔力を生成できるようになったことですね」
「悪魔力を生成? そんなことができるの?」
「はい、まあ無意識に作られるものなので、レンさんが特別何かをする必要はありませんよ」
無意識に作られるか……
多分僕達がいつも空気を吸っているのと同じ感覚なんだろうな。
じゃああまり気にしなくてもいいか。
「ちなみに悪魔力を自分で生成できる者を悪魔と呼んでいるので、私はレンさんを悪魔の一種族と呼んだ訳です。正直レンさんにととっての変化は、悪魔力を自力で生成できるようになったかどうかだけなので、あまり大きな変化はしていないですよ」
なんだ、そういうことか。
悪魔になったと言われたときはどうなるかと思ったけど、悪魔力を生成できるようになっただけなんだね。
それじゃあ以前とほとんど変わりないし、単純に天使への対抗ができるようになっただけ良かったんじゃないかな?
それからヴァイルと少し話してから、再び王の間へと向かうことにした。
まだ僕の決意を魔王に伝えていないからね。
今度は特に誰とも遭遇することもなく、王の間へとたどり着いた。
王の間に入っていき、スポットライトで照らされた場所まで行くと声をかけられる。
「お、レン君、目覚めたんだね。よかったよ」
そう言って魔王はいつも通り僕に話しかけてきた。
「すいません、突然寝てしまったみたいで……」
「いや、気にしなくてもいいよ。それよりもむしろあんな魔法を受けてもたった一日で目が覚めることができるレン君がすごいよ」
「えっ、僕一日も寝ていたんですか!? もうあまり時間がないというのに……」
例の決戦まであまり時間がないというのに、またすごい時間を無駄にしてしまったことになるよね……
「そんなことないよ。まだ時間はある。それにそもそもこの魔法をかけるためにはレン君に大きな負担をかけることになるから、正直数日かかることを覚悟していたよ。だから本当に一日だけで目が覚めたのはすごいことだよ」
「そうなんですか? だったらその魔法かけるってかなり危険な賭けだったんじゃ……」
「そうだね。でもこれは必要なことだったんだ。この魔法をかけないとレン君が天使と戦うときに相当不利になってしまう。ましてや相手はあの天使ナミエルだ。できるだけ万全を期したい。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない。忘れてくれ」
何か意味深な発言を魔王はしようとしていたように思えたけど、何だったんだろう?
特に大きな問題じゃないならいいんだけど。
それより、確かに魔王の言う通り、あのままの僕では天使との戦いは相当厳しいものになってしまうことは明白だった。
以前白騎士と戦ったとき、白い翼が生えてからの白騎士からは別格の強さを感じられた。
天使と戦うときはあれ以上の強さがずっと持続するのであれば、とても勝てる気がしない。
一日もかかってしまったけど、悪魔転生の魔法を受けることは必要なことだっただろうし、もう過ぎ去ってしまったことは仕方ない。
残された時間に全力を尽くそう。
「そういえば魔王様、あなたに伝えたいことがあります」
「ん? なんだい?」
「僕、天使ナミエルと戦います。色々と考えましたけど、決めました」
「おお、決めてくれたか! それはありがたいね。だったら自分はレン君を全力サポートすることにするよ。残された時間は多くはないけれど、共に頑張ろう!」
魔王が握手を求めてきたので、僕は素直に握手でかえす。
魔王の心から嬉しそうな笑顔を見ると、決心して良かったなと自然と思えてくるね。
でも、そんな僕達二人を冷ややかな目で見るものがいた。
「おい……俺様を無視するとはお前、何様だ?」
その声はまさか……
あっ、そういえば僕が魔法を受けて寝込む前から待っていたんだっけ。
それは怒るよなぁ。




