80.悪魔力
「君は……ブローダンなの?」
「お分かりですか? まあ、私はブローダン様ではなく、ブローダン様が指揮する悪魔部隊の一員に過ぎませんが」
ブローダンではないのか。
びっくりしたけど、まあよくよく考えればブローダンが助けてくれる訳はないよね。
恨みをかうことはしてはいても、感謝されるようなことはほとんどしていない訳だし。
ブローダンのことを知っている時点で、この人は人間ではなく悪魔だということは間違いなさそうだ。
でも、この人が悪魔の人であっても僕を助ける理由なんてあるんだろうか?
「あなたが悪魔だとして、どうして僕を助けてくれるの? えっと名前は……」
「あ、申し遅れました。私はヴァイルと申します。以後お見知り置きを、レンさん」
「ヴァイルさんは僕のことを知っているんだよね。ブローダンから聞いたの?」
「まあそんな所ですね」
ブローダン配下のヴァイルがブローダンから僕のことについて聞いているということはブローダン配下の悪魔はみんな僕の事について聞いているということか……
それならよっぽど悪いことを吹き込まれているに違いないよね。
だとしたら、どうしてヴァイルは僕を助けようとするんだろう?
助けない理由ならありそうなんだけど。
「ヴァイルさんはどうして僕を助けてくれるの?」
「そんなに不思議ですか?」
「はい。正直、ブローダンから恨まれるようなことはあっても感謝されるようなことはしていないと思うから不思議で……」
「ハハハ、そうだったんですか! 道理でブローダン様はレンさんの話題を避ける訳ですね!」
僕の話題を避ける……まあ、ブローダンにとって話したくない過去になる訳だから当然か。
でもさっき僕のことをブローダンから聞いたというけど、それと矛盾してないか?
「ヴァイルさんは僕のことをブローダンから聞いたと言いましたけど、ブローダンは僕の話題を避けていたんじゃなかったんですか?」
「まあ、ブローダン様からレンさんのことは軽く聞いた位ですよ。任務だから仕方なかったんでしょうね」
「任務?」
「はい。今回私がレンさんを助けたのも任務なんです」
「ブローダンが僕を助けるよう指示を出したということ?」
「私に指示を出したのはブローダン様ですけど、恐らくブローダン様に指示を出されたお方もいらっしゃると思いますよ」
「ブローダンの上司ということ?」
「間違ってはないですね。何しろ、推測ですけど、指示を出されたのは、私達悪魔の中の頂点に君臨する、魔王様ですから」
魔王だって!?
これまでこの世界で暮らしてきて魔王の話なんて聞いたことなかったから、てっきりこの世界にはいないものだと思っていたんだけど……
それにしても、あったこともない魔王が何故僕を助けようとするんだろう?
ますます謎は深まるばかりだ……
「不思議そうな顔をしていますね」
「そりゃそうだよ。聞いたことすらなかった魔王が僕を助けようとしているんだよ? 訳が分からないよ」
「そうなんですか? まあ、私もどうして魔王様がレンさんを助けようとしているのか分からないんですけどね」
ヴァイルも分からないのか……
まあ、ヴァイルは任務をブローダンから受けたって言っていたし、魔王とは直接聞いていないんだろうから無理もないか。
「あ、そういえばブローダン様によれば、魔王様がレンさんは今後我々のカギになる人物になるとおっしゃっていたみたいですよ」
「僕が悪魔族のカギになる人物だって?」
「そうらしいです。詳しい事は本人に直接聞くといいですよ」
「直接って……もしかして魔王はこの近くにいるの!?」
「まさか。魔王様は悪魔世界の城の中にいらっしゃいますよ。レンさんにそこに向かってもらうというだけです」
「えっ、いきなりそんなこと言われても……」
いきなり悪魔世界に行けと言われてもなぁ……
僕自身は構わないんだけど、フィナとエナの事が心配だし……
「そういえばヴァイルさんは僕と一緒にいた二人のことを知らない?」
「そのことならご心配なく。妖精さんとエルフさんならエプール村にこっそりと送りかえしておきましたよ」
エプール村に送りかえしたって……
僕達がエプール村にいたことを知っているというのか……
「また不思議そうな顔をしてますけど、そうしたんです?」
「いや、ヴァイルさんは今まで僕達がいた場所とか行動を知っているような言い方だったからちょっとね」
「え? その通りですけど何か?」
本当に監視していたっていうことなの!?
それをさらっと言ってのけるとは……悪魔って恐ろしい。
「あ、もちろん私自身の力で知っているのではなくて、魔王様が発信されている情報をブローダン様から教えてもらっているだけですよ。魔王様は何でもお見通しですから」
会ったこともないけど、この世界の魔王が相当強力な力を持っていることがヴァイルの言葉から感じられる。
まあ、魔王だから当たり前なのかもしれないけどさ。
「仲間が無事ならそれでいいよ。僕一人なら悪魔世界に行っても構わないよ」
「素直でありがたいことです。まあ、嫌と言われても無理やりにでも連れて行きますが……というのは冗談です。そんな怖い顔しなくても大丈夫ですよ。では早速悪魔世界に行くとしましょう」
なんか一瞬ヴァイルからすごく恐ろしいオーラが感じられたんだけど……。
逆らっていたらどうなっていたか考えるだけで恐ろしい。
ヴァイルが道案内をしてくれるそうなので僕はただついていく。
今後の流れとしては、ヴァイルと共にこの町を出て、ブローダンに合流。
そして三人で悪魔世界の入り口がある隣町へと向かうとのことだった。
しばらく歩いていると、僕がいる場所が人間の城の中だということが分かった。
豪華な照明や絵画や花瓶など、いかにもというものが並んでいる。
ただ少し不自然な所がある。
「ねえ、ヴァイルさん、結構歩いているのに誰ともすれ違わないけど、何か理由があるの?」
そう、人間と全くすれ違わないのだ。
今の僕は人間に変身しているので、人間と遭遇しても問題ないとは思うんだけど。
「もちろんありますよ。誰ともすれ違わないのは、私がこの辺り一帯に幻術をかけているからです。そうじゃなかったら、この辺りには人間がそこら中で歩いていますよ」
ヴァイルの幻術か……
幻術ってそんなに効力があるものなんだね。
ヴァイルでこれなら、ブローダンや魔王の幻術はもっとすごいものなのかな?
それを考えると恐ろしい。
「幻術をかけてくれるのはありがたいけど、正直かけなくてもバレないんじゃないかな? 今の僕は人間の姿をしているし」
「あー、そういえば説明してなかったですね。残念ながら、姿を変えても魔物の邪気が残ってしまうのですぐにバレますよ。まあ、今のレンさんなら私が邪気を隠してあげているので大丈夫ですが」
「魔物の邪気ってそんなものがあるの?」
「はい。例えばその邪気に反応するのが金の鎖ですね。邪気がない普通の人間にはあの鎖は全く意味のないものになります」
魔物の邪気なんてそんなものがあったのか……
もしかするとそれがあるから魔物は神聖魔法に弱かったりするのかな?
まあ、それはそうとして、ヴァイルのその説明だと、魔物の邪気を持つ人は金の鎖が反応してとれないことになると思うんだけど、どうして僕はとることができたんだろう?
「ちなみにレンさんが金の鎖から解放された理由は、私がかけた悪魔力を与える魔法のおかげですよ。感謝して下さいね」
「悪魔力って?」
「うーんと、悪魔力と言うのは神聖力と対になる力であり、神聖力に対抗できる力なんです。だから悪魔力を得たレンさんは神聖力に打ち勝つことができ、金の鎖は外れたのです」
悪魔力に神聖力ね……
この世界の天使と悪魔が戦っていたというのを聞いたことがあるけど、それぞれ対になる力を持っているんだね。
でも不思議なのは対になる力を持つ悪魔がどうして人間の世界に溶け込めているんだろう?
「ヴァイルさんは悪魔力を持っていると思うけど、どうして人間の世界に溶け込めているの?」
「うーん、何て言えばいいんでしょう? そうですね……神聖力による探知能力を悪魔力で打ち消しているから、人間の中にいることができるとでもいえば分かりますかね?」
探知能力を打ち消す、か……
確かに神聖力で探知する力をなくしてしまえばばれることはなさそうだし、それができるのなら対になる力を持っていると逆に目立たなくなるというのも納得だな。
対になる力を持っていると目立っちゃうように思っちゃうんだけどね。
それからもヴァイルと色々と話しながら歩いているけど、なかなか城の中から抜け出しそうにない。
一体この城どれだけ広いんだろう?
「この城ってすごく広いんだね」
「そりゃそうでしょう。ここはレーネシアス神聖帝国の城の中なんですから」
レーネシアス神聖帝国だって!?
どうやら僕は一番来てはいけない場所に来てしまったらしい。
本当、命があるだけ良かったというところなんだろうな……。
「ということは、神聖帝国の王もこの城の中にいるの?」
「いえ、ここは城の中の一つに過ぎません。恐らく王はもう少し離れた所にある神聖帝国本拠地に城の中にいるはずです」
「そっか、ここは本拠地じゃないのか……良かった」
どうやらここは神聖帝国の都市の中ではあるけれど、本拠地の都市とは別の町なのだそうだ。
そのことを聞いてほっとしたけど、よく考えれば当たり前の事だと思う。
だって敵対する魔物をわざわざ自分の本拠地に連れてきて危険と隣り合わせにするのは良くないと思うからね。
ひたすら長く続いていた城の長い廊下もようやく終わりが見えてきたようで、出口みたいな所が見えてきた。
「あそこで城から出られるの?」
「ええ、そうです。ようやくこの変わり映えのない場所から解放される訳です」
ヴァイルも僕と同じく、城の中をひたすら歩くことに飽き飽きとしていたらしい。
まあ、そりゃ誰でもそうなるよね。
目の前に出口が見えてホッとしていたのだが、事態が急変する。
「この気配!? レンさん、事情が変わりました。レンさん一人でブローダン様と合流して下さい。ブローダン様はこの町の東口で待っているはずです」
「えっ、急にどうしたの、ヴァイルさん!?」
「時間がありません。さあ、早く!」
ヴァイルの表情から察するに、本当に僕達は危ない状況にあるらしい。
僕には何がどうなっているのか分からないし、一緒にいても足手まといになりそうなので、ここはおとなしくヴァイルの言う通りにすることにした。
「できるだけ時間は稼ぎますが、それほど長く持たないでしょう。一刻も早くブローダン様と合流して下さいね!」
「うん、分かった!」
そう言葉を交わした後、僕は駆け足で城の出口へと向かった。




