70.ガルダン王との交渉
『なあ、本当に交渉するつもりか?』
『うん。ダメだったらそれはそれで諦めがつくし、言ってみた者勝ちな気がするからね』
『まあ、確かに交渉に失敗した所で何か都合の悪いことは特にないかもしれないが……』
『僕も正直自信はない。でも、やれるだけやってみるよ』
『そうか。レンがそう言うなら俺も止めないさ。任せたぞ』
僕は今、執事のシュルドに連れられて王の間へと向かっている途中である。
シュルドに交渉の件について相談してみたら、だいぶ協力的に応じてくれた。
そしてシュルドが王との会話する時間を確保してくれたみたいだ。
正直、シュルドには反対されると思っていたから、協力的なのは意外だった。
「レンさん、緊張されているのですか?」
「はい。交渉するって言っちゃったから今更後にはひけないけど、実際に交渉するのが目前に迫るとやっぱり緊張しちゃいますね……」
実際こうして歩いていると、緊張で足がガタガタ震えているのが分かる。
うまく交渉できるかだいぶ不安になっているようだ。
不安になるのも無理はない。
だって現実世界でさえ、誰かと交渉するなんてしたことないんだから。
そう考えると、どうしてあんな気軽に難しいことを自ら引き受けてしまったのかと若干後悔する。
でもやるしかないのだ。
ここから脱出する為にできることは一つ一つやっていくって決めたんだから。
そうこうしているうちに王の間の扉の前にたどり着く。
前来たときと同様に、シュルドが扉のそばに立っている兵士に話しかけ、扉を開けさせた。
王の間に入っていくシュルドに僕はついていく。
王の間の中央辺りに来た所でシュルドは立ち止まり、ひざまずいた。
「話があるそうだな、レンという者よ」
玉座に座るガルダン王が話しかけてくる。
相変わらず威厳に満ちた声で、迫力を感じられる。
「はい。”天空覇竜決戦”の件についてお話があって参りました」
「そうか。その件については悪かったな。だいぶ危ない目にあわせてしまったようだ」
「いえ、特に被害は受けていないのでご心配には及びません」
「そうか、それで要件は何だ?」
「はい。それはですね、もう一度”天空覇竜決戦”に挑戦する権利を与えてほしいのです」
僕の言葉を聞いたガルダン王は信じられないとでも言いたげな驚きの表情を見せる。
そんなに僕、おかしなこと言ったかな?
「あんな危険な目にあっておきながら、また挑戦したいだと? そんなことは断じて許すわけにはいかないな」
「確かに危険でした。でも今度はしっかりとウイルス対策がされると思いますし、あんなことはしばらくは起きないんじゃないかと思うんです」
「本当にそう言い切れるのか? お前はあのゲームの何を知っている? ゲーム製作者でもないんだぞ?」
「それは……確かにあまり知らないですし、全く危険がないとは言い切れないでしょう。でも、どうしてもこのまま終わらせたくないんです」
「何がお前をそこまで駆り立てる? まさか優勝したときの約束、国から出ることを許すということが原因なのか?」
「……本音を言うとそうです」
するとガルダン王の表情が険しくなる。
そんなに外の世界に出ることを許すっていうのは難しいことなのかな?
「そんなにこの国にいるのは嫌なのか?」
「そうではありません。ゲームもありますし、この国は素晴らしいと思います。ですけど、この国から出ることができないというのはとても窮屈なんです。何か縛られているようで嫌なんです」
「あんな愚民どもと戯れるのが楽しいというのか? あんな技術的にも我らに大きく劣る奴らと? 馬鹿馬鹿しい」
え、何か急に口が悪くなったんだけど?
何、愚民って?
それに技術的に大きく劣る奴らだって?
ガルダン王は僕達のことをそんな風に思っていたというのか……
もしかしてそれって、天竜族全員そう思っているっていうこと!?
大きく劣る種族と関わる位なら、交流せずに空にこもって過ごす方がましだと思っているんじゃ……
『確かにその傾向はあるかもな。実は俺もレンと会うまでは、他種族を若干見下している所はあった』
『でもだからといって、国から出ることを禁止することまでしなくたっていいのに……』
『俺もそう思う。直接この目で見てきたからこそ分かる。せっかくあんなに素晴らしい世界があるのに、それを体験せずにここに閉じこもったままなんてもったいない』
僕も同感だ。
色々と小競り合いみたいのはあったけど、みんな話し合えば大体分かってくれたし、分かり合うことだってできた。
色んな人と出会えて本当に楽しかった。
だからこそ、実際に人に会わずに愚民だと決めつけてしまっているのには納得できない。
それに実にもったいないことをしていると思ってしまう。
『レン、親父に直接訴えたい。交代してもらってもいいか?』
『バルグがそうしたいなら、いいよ』
バルグは僕にそう伝えると、ガルダン王の方を睨み付ける。
「親父、その考えは間違っているぞ」
「親父……ということは、今話しているのはバルグか? どこが間違っているというのだ?」
「俺は直接地上の人と会って触れ合ってきたから分かるが……決して地上の人は愚民なんかじゃない。馬鹿にできる存在ではないんだ」
「でも我々よりも技術的に劣っているのは事実だろう? だったら地上の者どもは我らよりも劣っていることになる」
「確かに俺達、天竜族は高い技術力を持っているかもしれない。でもだからといって、全ての面で他の種族よりも優れているとは言えないと思うのさ」
うん、その通りだと思う。
人にはそれぞれ良い所、得意としている所は違うからね。
技術的に優れていることだけが全てではないし。
「その考えは一理ある。だが、それも圧倒的な技術力の前には無力も同然。力なき者は力持つ者に屈服して生きるより他はない。そんな哀れな者どもと関わる気はおきないし、関わってしまったら我らもその者と同類になってしまうだろうからそれは避けたいのだ」
「いや、もう既に同類だ。地上で色んな人達と関わってきたが、みんな天竜達と大差なかった。話し合えば分かり合えるし、協力し合うことだってできた」
「既に同類だと? 馬鹿馬鹿しい。ならば何故、今まで一度たりとも我らの町を覆うシールドを突破できた者はおらぬのだ? その事実が我らと地上の者どもに圧倒的な知性の差が読み取れるだろう」
「もうすぐ破れるさ」
「なに? 今なんて言った?」
「だから、もう少ししたらシールドを突破してここまで来てくれると言っているんだ。俺達の仲間がな」
「それは地上の者どもがこの国までやってきてシールドを破壊すると言っているのか? そんな事ある訳ないだろう。馬鹿馬鹿しい。もしそんな事があったら地上の者への認識を考え直してやらなくもないがな」
「いや、必ずやり遂げてくれるさ。それより、地上の人達への認識を考え直すということは、地上の人達に対して敬意を持って接するということだよな? それだったら俺が外の世界に行って、地上の人と過ごすことも問題なくなるよな?」
「ああ、そのときは好きにすればいい。もっとも、シールドを破れればの話だがな」
「その言葉、忘れるんじゃないぞ」
ガルダン王と話し終えたバルグはそのまま王の間をあとにした。
執事のシュルドは慌ててバルグの後を追う。
こうしてガルダン王との交渉をうまくいかないまま終えることとなった。
『結局うまくいかなかったね……』
頑張って交渉しようとしたのだが、結局は仲違いのような形で終わってしまった。
これじゃ、進展があったとはとても言えないな……
『いや、進展はあったぞ』
『え? そうなの?』
『シールドを破ることができれば好きにしていいっていう言質をとれた。つまり、脱出さえすればこの国に戻る必要がなくなる』
そういえば、そういう話になっていたなぁ。
確かにそれを考えると、全く進展がなかった訳ではないのか。
「バルグ様、ずいぶんと思い切った発言をなさるのですね……」
慌ててついてきたシュルドは汗まみれになりながらそう言った。
「ちょっと許せないことをあいつが口走ったから、つい、な。ちょっと感情的になりすぎてしまったかもしれない」
「確かに少し感情的すぎたかもしれませんね。で、バルグ様のお仲間がここまで来られるというのは本当なのですか?」
「ああ。まだ時間はかかるだろうが、必ず来ると信じてる」
「そうなのですか。ちょっと信じられませんが、バルグ様がそうおっしゃるならきっとそうなるんでしょう」
バルグがそう言うならそうだなんて、シュルドはよっぽどバルグのことを信頼しているんだなぁ。
『まあ、シュルドとは長い付き合いだからな。子供の頃から世話をしてくれている位だから、俺の事はよく分かっているんだろう』
『そうなんだ。バルグもシュルドの事をよく知っていそうだし、互いに知れた仲だということだね』
『そうだな、そうとも言えるな』
バルグは以前、僕に会うまでは分かり合える人がいなかったって言っていた気がするけど、十分シュルドとは分かり合えているような気がする。
まあ、王子と執事の関係だから対等な関係ではないし、年齢差があるから友達とは言えない関係ではあるのかもしれないけどね。
そうこうしているうちにバルグの部屋に到着した。
さて、これからどうしたものだろうか?
「私はこれで失礼致します。ところで興味本位でお聞きしますが、これからどうなさるおつもりですか?」
「そうだな……俺達がやれることはそう多くないだろう。信じて待つ他にないな」
「左様ですか。では、私もその時を楽しみに待っているとしましょう」
そう言ってシュルドは部屋から出て行った。
その時を待つ、か。
その時はいつになったら来るんだろう?
飛行機を一から作るなんてどれ位かかるか見当もつかないよ。
しばらく部屋でごろごろとしていると、何だかどこかから音が聞こえる。
聞きなれない音に戸惑っていると、
『師匠、聞こえますか!?』
頭の中に直接響いてくるように感じたので、一瞬バルグが話しかけているのかと思ったがそうではなさそうだ。
僕の事を師匠と呼ぶという人ということは――
『その声は――リザース?』
『そうです! リザースですよ! 無事お声が聞こえたようで安心しました!』
うん、リザースの声で間違いなさそうだ。
でも、どうしてこんな形で声が聞こえるんだろう?
精霊通信を使った場合は精霊から声が聞こえるはずなんだけど……
『うん、聞こえているよ。でもこれって精霊通信で会話している訳じゃないよね?』
『そうです。これは精霊通信を使っている訳ではないです。精霊通信も使っては見たんですが、いくらやってもつながらなかったもので……』
多分天空竜国がはるか上空にあって、僕とリザースとの距離がありすぎるから、精霊通信も使えないんだろうな。
でもだとしたら、どうしてこういう風に話せているんだろう?
『精霊通信が使えないのにどうして会話できているの?』
『それはですね……絆魔法を使っているからです』
『絆魔法? そんな絆魔法なんてあったっけ?』
『はい。これは私の絆魔法”絶対忠誠”によるものです。この絆魔法によって、恐らくどんなに師匠との距離が離れていても連絡を取り合うことができる力を持っていると思います』
『思いますって、リザースもよく分かっていないの?』
『恥ずかしながら、その通りです。絶対忠誠を使えることに気づいたのはつい最近の事なので、まだ使い勝手がよく分かっていないんですよね……』
そうなんだ……
でも分からない魔法をこうして使えているのはすごいことだと思う。
『連絡をとれるなんてすごいことだよ! でもどうして連絡をとろうと思ったの?』
『そうですね……まず第一に師匠の無事を確認したかったというのがあります。あと今の状況を報告できればと思いまして』
『そうなんだ。それで、今はどんな状況なの?』
『はい。ようやくですね、飛空艇を作る為に必要な材料が集まりまして、只今エルンさん達、賢猿族の方々が飛空艇を作っている最中です』
材料は無事に集まったらしい。
それを聞いて僕はほっと胸を撫で下ろす。
これで時間はかかるだろうが、飛空艇を完成させる目途がたったという訳だね。
まあ、設計図と材料があった所で、実際にそれを完成させられるとは限らないんだけど、あのエルンがいるなら大丈夫だとなんとなくそう思えるんだ。
エルンって普段は天然っぽい感じなんだけど、研究のこととなると誰よりも集中して熱心に取り組むからね。
きっと何とかしてくれるに違いないだろう。
『それは良かったよ。何か困ったことがあったらいつでも言ってね。できることは少ないかもしれないけど、少しでも協力したいから』
『そのお気持ちだけでも十分です。私達みんなが協力して、全力で飛空艇を作って、必ず師匠とバルグさんを迎えに行きますから、期待して待っててください!』
『うん、期待してるよ』
リザースは自信を持って、そう言い切った。
その言葉を聞いた僕は、自然とみんなが頼もしく思えてきて、仲間っていいものだなとしみじみと感じたのだった。




