65.バルグ王子の生活
目を覚ますと、僕は部屋の中にいた。
その部屋には天竜の体であってもゆとりを持って暮らせるほどの空間があった。
周りの家具も全て天竜用と言えるほどの巨大なものだった。
例えば僕が今寝ていたであろうベッドも、天竜の姿で寝ても大丈夫なほどの大きさがある。
竜人族の姿でこの部屋を見ていたら、大きすぎて変な気分になるだろうな……
そういえばこの部屋の物って全部天竜サイズだよなぁ。
ということは、ここってもしかして……
『ああ、今いるのは天空竜国にある俺の自室だ』
やっぱり……
眠らされていた間に天空竜国まで運ばれてしまったということか。
結局逃げることはできなかったな……
『この国から出るのは難しいんだったよね?』
『ああ。俺も数えきれないほど挑戦して、ようやく一回成功した位だからな』
『そうだよね……』
自力で外に出るのは難しそうだ。
エルン達が飛行船を作ってここまで来てくれるのを待つしかない……か。
しばらくぼーっとしていると、コンコンとノックする音が聞こえてきた。
そしてドアが開いた。
中に入ってきたのは、僕を連れてきた張本人、執事シュルドである。
「お目覚めでしたか、バルグ様。ガルダン王がお呼びですよ」
『げっ!? 親父が呼んでるだって!? すまない、俺はパスだ。レン、頼むな』
『ちょっとバルグ!? バルグが呼ばれているんだから、バルグが相手してよ!?』
しかし、バルグは全く返事をしない。
くそっ、バルグめ。
そうやってしらを切るつもりか……
「バルグ様、早くいきますよ」
納得はいかないけれど、その間にもシュルドはバルグを待ち続けている。
放っておく訳にはいかないよな。
でも僕が行った所で意味がない気がするし……
ここは事情を説明した方がいいだろう。
「シュルドさん、実は――」
僕はシュルドに事情を説明した。
すると事情を聞いたシュルドは納得したようにうなづく。
「なるほど、だからバルグ様の中に二つのオーラが混じり合ったものを感じるのですね」
「うん、そういう訳だから、僕がガルダン王の所に行っても――」
「いや、むしろ王も興味深く聞いて下さると思いますから、一緒に王の所まで参りましょう」
結局王の所へ行くことになるのね……
駄々をこねても仕方ないし、いつかは会うことになるから、僕は諦めてシュルドについていくことにした。
バルグの部屋を出ると、廊下に出た。
廊下も部屋に負けず劣らず広々としていて、道幅も広く、長さも終わりが見えないほど長い。
一体この建物はどれだけ広いんだ……
「そういえば、あなたはバルグ様とは違うんですよね? よろしければお名前を伺ってもよろしいですか?」
「あ、そういえば名乗り忘れていました。僕はレンっていいます」
「ほう、レン様ですか。レン様はバルグ様とずっと行動を共にされていたんですか?」
「はい。僕がこの世界に来てからずっとですね」
「この世界に来てからとおっしゃいますと、まるでレン様が違う世界からいらっしゃったように聞こえますが?」
「あ、実際僕は違う世界にいたんです」
「なんと! それは驚きでございますね。その世界の事を伺ってもよろしいですか?」
それからはどこかへ歩きながらシュルドとしばらく話していた。
そしてある巨大な扉の前に着くと、シュルドは立ち止まった。
「この先が王の間です。レン様は初めて入られると思うので緊張されるとは思いますが、落ち着いていきましょう」
見上げるほどの大きさ、そして宝石が埋め込まれた扉はいかにも王の間の扉だと感じる。
天竜状態の僕が見ても見上げるほどの大きさなんだから、この扉は100m位の高さはあるんじゃないかな?
その扉のあちこちに宝石が散りばめられているので、現実世界で同じ物を作ろうとしたら途方もないお金がかかるんだろうね。
実に恐ろしいことだ。
「バルグ様が中に入られる。扉を開けよ」
そうシュルドが扉の両端にいる見張りの兵士に言うと、兵士が扉を開け始める。
すると巨大な扉は重い音をたてながらゆっくりと開いていく。
「さあ、行きますよ」
そう言って先へ進むシュルドの後を僕は追って王の間へと入っていった。
王の間の両端には兵士がずらっと並んでいた。
一人の天竜だけでも迫力があるのにそんな天竜が整列しているのを見ているとなんか恐ろしく感じる。
天空竜国は鉄壁だとバルグが言っていたような気がするが、確かにこんな軍隊を相手に勝てる人なんていないだろう。
僕でさえ、一人か二人位の天竜を相手するのが精一杯だろうから、天竜の軍隊を相手にはできないと思う。
部屋の中央まで歩くと、シュルドは立ち止まり、その場でひざまついた。
ということは、この先には……
「よくここから逃げ出せたものだな、バルグよ」
同じ部屋、でも見上げるような高い位置からその威厳ある声は聞こえた。
この部屋には階段のような段差がいくつもあって、その声の主ははるか遠く、高い所にいるように見えた。
「ぼ……僕はバルグじゃないんですけど……」
僕はそうつぶやく。
だが、相手と距離がありすぎて、それじゃ声が届く訳がない。
「何か言ったか? そんな声じゃわしにはとどかないぞ。もっとはっきり話すのだ」
もっとはっきりって……
あそこまで声を届かせようとしたら叫ばないといけないじゃないか……
不思議と王の言葉はすんなりと聞こえてくるんだけど。
「あ、すいません、レン様に渡し忘れていましたね」
ひざまづいていたシュルドが僕の方を向いて何かを差し出した。
これは何だろう?
何かの機械みたいだけど。
「それは拡声器です。王の間は広すぎるので普通に話しても声が届きません。ここにいる者はみな、その拡声器をつけているのです」
拡声器……そうか、だからはるか遠くにいる天竜、王の言葉はよく聞こえるのか。
叫んでいる訳でもないのに聞こえることが不思議だったけど、それで納得した。
僕は拡声器を取り付け、王を見上げた。
「ガルダン王、僕はバルグじゃありません。レンと申します」
「ん? でもどこからどうみてもお前はバルグにしか見えないのだが、どういうことだ?」
今度は僕の声が届いたようで良かった。
僕はそれからガルダン王に事情を説明することにした。
ガルダン王は興味深そうに僕の話を聞いていた。
「そんなことがあるのか。それは興味深いな。道理でバルグから二つのオーラを感じられるとシュルドが報告してきた訳だ」
ガルダン王はそう言いながらニヤリと笑みを浮かべた。
「そういえば、王は何故バルグをここに呼んだのでしょうか?」
「お、そうだな忘れる所だった。バルグをここに呼ぼうとしたのは、罪を償ってもらう為だ」
「罪を償う……国の外に出た罪を償うということですね
「そうだ。だが、そんな大したことはしなくてよい。ただ溜まった仕事をこなしてもらうこと、それにこの国に活気を呼び込んでもらうことをしてくれればよい」
溜まった仕事というのは執事シュルドが言ってたことだろう。
それは分かっていたことだ。
気になるのはもう一つの国に活気を呼び込むことだね。
罪を償うほどの内容だから結構大変な事なのかな……?
「活気を呼び込むのはとりあえず後でよい。とにかく仕事をまずこなしてもらうことが先決だ。よろしく頼むぞ」
「え、でも仕事っていっても僕は一体やり方が分からないんですけど……」
「それはバルグに任せれば大丈夫だろう。協力してくれないなら嫌でも協力させるまでだ。なあ、シュルド?」
「ええ、心配には及びませんとも」
王とシュルドは二人ともニヤリと笑みを浮かべる。
なんか企んでいるようだが、一体何をしようとしているのか……
結局、それから少し会話を続けて、王との面会は終わった。
そしてシュルドの案内で再びバルグの部屋へと戻った。
バルグの部屋には以前はなかったものがあった。
机の上に書類が山積みにされていたのだ!
「レン様、あれがたまったお仕事でございます」
「え……すごい量なんだけど……僕には無理だよ」
「レン様はバルグ様と分離できるとできると聞きました。そうすればバルグ様にお仕事を任せることができるのでは?」
「そういえばそうだね。そうしよう」
僕は天竜化を解こうとする。
だが、何かその天竜化の解除を邪魔されているような気がする。
多分バルグの仕業だな。
でも分離しなければ僕に仕事を押し付けられるのだ。
なんとしてでも分離してやる。
そして粘った結果、バルグは諦めたのか、なんとか竜人族の姿に戻り、バルグと分離することができた。
「レンひどいぞ! 無理やり分離しようとするなんて!」
「だってそのままにしていたらバルグは仕事してくれそうになかったから仕方がないじゃないか」
「こうなったら意地でも仕事サボってやるんだからな!」
そう言った後、ふてくされたバルグはベッドの中に潜り込んでしまった。
バルグと分離したのはいいが、このままじゃ手伝ってくれそうにないよなぁ。
そうすればいいんだろう?
「ふふ、バルグ様がそう駄々をこねられることは予測済みです」
「何か考えがあるんですか、シュルドさん?」
「はい。私にお任せを」
そう言ったシュルドは部屋を出て行った。
一体何をするつもりなのだろうか……
しばらくするとシュルドが戻ってきた。
シュルドは本みたいなものを持っている。
「レン様、ちょっとお耳に挟みたい話があるのですが、よろしいですか?」
「は、はい。いいですよ」
「かわいいバルグちゃんの成長日記――」
「うわーやめろー!!」
ベッドに潜り込んでいたバルグが飛び出してきてシュルドの本を奪い取ろうとした。
だがシュルドは華麗に避ける。
バルグ、どうしてそんなに必死になっているんだ?
それほどの内容がその本の中にあるというのか?
「やめてほしかったらその書類を片付けることですね。さもないとこの内容をレン様に――」
「分かった! 分かったから絶対に言うなよ!」
「ふふ、バルグ様の働き次第ですかね」
それからバルグは机の上に山積みにされた書類の山に手を付けようとした。
だが、竜人族の体では書類やペンは巨大すぎてうまく仕事ができないように見える。
「レン、すまないがもう一度天竜化してくれないか? この体ではうまく書類を片付けることができないんだ」
協力しないでバルグの恥ずかしい話みたいなものを聞いてみたい気もしたが、それはさすがにバルグに悪いかな。
協力してあげることにしよう。
僕は天竜化の絆魔法を使い、天竜の体へと変わる。
天竜の体を使ってバルグは書類の山へと取り掛かり始めた。
バルグは慣れた手つきで書類を次々に片付けていく。
「ふふ、さすがはバルグ様です。この調子でお願いしますよ。では私はこれで」
シュルドはバルグの働きぶりを見て安心したような表情になると、部屋から出て行った。
『なんとかシュルドは行ったか』
バルグは少し気が緩めて、安心した様子だ。
バルグにとってシュルドは相当プレッシャーになっているようだね。
『それよりさっきのバルグの慌てようは何なの? よっぽど知られたくないことが書いてあるの?』
しかし、バルグからの返事がない。
この件に関しては触れない方が良さそうだな。
気になるけど、誰でも知られたくないことはあるだろうし、そっとしておこう。
それからバルグが書類を片付けるのを眺めていると、いつの間にか外は暗くなっていた。
ついにバルグは書類の山を全て片付けたようだ。
外が暗くなってしまったとはいえ、あの膨大な量の仕事をその日のうちに終えてしまうなんて驚きである。
『ようやく終わったか。相変わらずこの仕事をするのは疲れるな』
『お疲れ様。バルグは天空竜国にいたときはいつもこういう事をしていたの?』
『そうだ。本当に退屈な日々だったな』
バルグはそう言うとため息をついた。
よっぽど退屈だったんだろうな、バルグ。
確かにこの部屋でひたすら書類に向き合うなんて退屈だよなぁ。
でもこれからその日々が続く訳だよね……
『確かにその通りだが、書類に今日ほど時間はかからないぞ』
『そっか、書類はたまっていたからあの量だったんだね』
『いつもだったら1時間もあれば終わるな。全く、シュルドの奴、代わりに仕事をやっていたなんて嘘なんじゃないのか?』
バルグはぶつぶつ愚痴を言っている。
バルグの言う事も分かるけど、シュルドさんにも何か事情があるんだろう。
仕事が多すぎて手が回らなかったとかありそうだもんね。
『さて、今日中に書類を片付けたことだし、明日は散歩でもするか?』
『え、案内してくれるの?』
『ああ、ずっとこの部屋にいても退屈だからな』
天空竜国を散歩か……
なんか観光するみたいで楽しみだな。
国の外に出られないなんて状態じゃなければもっと良かったんだけど。
僕が明日の事を色々想像していると、ドアをノックする音が聞こえた。
「バルグ様、今よろしいですか?」
「ああ、入っていいぞ」
すると部屋に5、6人の召使いらしき天竜が入ってきて、机にテーブルクロスをかけ、花瓶を置いたり、料理を並べていった。
あまりの早業に僕はあっけにとられる。
『すごい早業だね。それに料理もなんだか高級感漂うような……』
『そうか? ここじゃこれが普通だぞ?』
さすがは王子様。
僕とは感覚が違うみたいだ。
その割には魔物を丸焼きにしたものを普通に食べていたようだけど。
『ああ、それはそういうものだと割り切れば普通に食べられるぞ』
ふぅん……
ちなみに僕が魔物の丸焼きを初めて食べたときは、あまりの味気無さに食が進まなかった。
慣れれば抵抗なく食べることができるようになったんだけど。
バルグは僕よりも舌が肥えていただろうに、質素な物を食べることができるなんて、適応力があるんだと感心した。
結局、バルグが夕食をとることになった。
フォークとか大きさが違うのがいっぱいあったりして、僕はうまく食べられる気がしなかったのもある。
バルグと体が一体化しているときは、バルグが食べれば、その栄養は僕にも共有されるみたいなので、それで問題ないのだ。
夕食をとりおえた後、僕はバルグと念話で時間を少しつぶしてから、ベッドで横になり、一日を終えた。




