61.絶望から脱する為に
紙の内容を見たバルグの顔は真っ青だった。
そして思いつめたような顔をし始めた。
バルグ、大丈夫だろうか?
「これはまずいな……早く逃げないと」
「逃げるって……ただ家出しただけなのに大げさだよ」
「一回捕まってしまったら、もう二度とここに戻ってこられなくなるんだ。決して大げさなんかじゃないぞ」
「二度と戻ってこられなくなるってどういうこと?」
「そのままの意味さ。俺の故郷、天空竜国ヴェルナーダは空に浮んでいて、鉄壁のシールドで守られている国だ。それは外敵の侵入を許さないことを意味すると同時に、中の住民を外の世界から隔離することを意味するんだ」
そっか……
空に浮かんでいるから侵入は方法は限られている。
それと同時に脱出方法も限られているのか。
そしてその限られた脱出方法さえ封じておけば、民を外に出さないことも可能だと。
国に入ったら二度と出られないっていうことか。
「ヴェルナーダの民は国の外に出ることを禁じられている。まあ、出ようとしても警備に捕まるから、出ることは余程のことがない限り不可能だな」
「そうなんだ……でもバルグは外に出られたんでしょ? ならもう一度その方法で出れば……」
「あのときも偶然がいくつも重なってようやく国から出られたんだ。そう簡単には脱出できないさ」
強大な力を持っている上に土地勘もあるバルグでさえ、脱出は奇跡的なものだったのか。
となると、一回捕まってしまったらもう外には出られないということか。
なんて恐ろしい。
「そうなると確かに捕まったら一巻の終わりみたいだね。でも逃げきる自信はあるの?」
「自信がなくてもやるしかないだろう。他にどうしようもないんだからな」
逃げるしかない……本当にそうだろうか?
逃げるということは、様々な村や町に移動し続けるってことだけど、その移動中って目立ってしまわないだろうか?
一つの村にとどまっていた方が足取りをつかみにくいとかないかな?
「逃げる以外にも、一つの村に身をひそめる方法もあるんじゃないかな?」
「確かにその方法もあるな。だけど、俺が逃げようとする目的には捕まらないこと以外にもあるんだ」
捕まらない以外の目的があるということかな?
一体その目的とは……
「もう一つの目的とは、脱出できる可能性を作ることだ」
「脱出って、ヴェルナーダから脱出っていうこと? でもそれは奇跡的なものだって、さっき言ってたよね?」
「ああ。確かにそれは奇跡的なものだった。だが、その奇跡は自ら作ることも可能だと俺は思うんだ」
奇跡を自ら作るだって?
疑問に思う僕にバルグは考えを話してくれた。
どうやら、バルグがかつて脱出できたのは、人間の飛行船がヴェルナーダを襲撃したことがきっかけになったらしい。
そこで、自分達で飛行船を作り、ヴェルナーダを襲撃する場面をもう一度再現することができれば、また脱出する機会が生まれるかもしれないということだった。
なるほど、確かにヴェルナーダが襲撃されることなんて滅多にないことだから、その状況が起こることはある意味奇跡なのかもしれない。
だけど、僕達に協力者がいて、その人達が襲撃してくれるのであれば、ヴェルナーダの襲撃は短い間に確実に起こすことができる。
それが捕まったとしても脱出できる可能性を作るということか。
「バルグの考えを実行するためには協力者と飛行船が必要だね」
「ああ、そうだな」
「協力者は僕が引き受けるとすると、残る問題は飛行船だね」
「飛行船を作るには材料と設計図、研究者が必要だな」
「うん。これからしなければいけないことはその材料と設計図の確保、それに飛行船を作ってくれる研究者を探すことだね」
「ああ、やるべきことは山積みだな」
やるべきことは確かに多い。
そしてそのやるべきことを逃げながら行わなければいけないから、だいぶ厳しい道のりだろう。
でも、それをやりきることができれば、絶望に一筋の光が見えてくる。
こんな大変なこと、かつての僕だったら面倒臭がって、関わろうともしなかっただろう。
でも今の僕はバルグの騒動に直接は関係しないかもしれないが、バルグを見捨てる訳にはいかないと思っている。
何故ならバルグは仲間だし、色々と助けてもらった恩もあるから、見捨てるという薄情な行為をする自分を許せないのだ。
「行動は早い方がいいよね。早速エルンと話をしてみようよ。エルンなら研究者のあてがあるかもしれない」
「そうだな。そうしてみるか」
僕達はフィナからもらった精霊を使い、エルンと連絡をとることにした。
「ん~なにこれ~? 変な感覚~」
精霊からエルンの声が聞こえてきた。
どうやらエルンと連絡がとれたようだ。
「あ、エルン聞こえるか? 俺だ、バルグだ」
「バルきゅん~? あ、精霊の連絡を使っているんだ、なるほどなるほど~」
「聞こえているようだな。じゃあ用件を話すぞ。飛行船を作りたいと思うんだが、作れる人を知らないか?」
「飛行船か~どうなんだろうな~? 多分ボクの種族で作ったことのある人はいないと思うよ~」
エルンの種族、賢猿族でも作ったことがないのか……
だとすると、飛行船を作る研究者を探すのは骨が折れそうだな……
「そうか、エルン達でも作れないか」
「え、作れないなんて言ってないよ~?」
「ん? でも種族として作ったことないってさっき言ってなかったか?」
「作ったことがないだけで作れないなんて言ってないよ~?」
なるほど、確かに作ったことがないことと作れないことは別だよね。
でも作ったことないっていうことは、作ることが相当困難なことには間違いないよなぁ。
「確かにそうだな。やってみないと分からないよな。だが、材料とか設計図とかないとさすがに作れないよな?」
「実はね~飛行船の理論はもうあるし、設計図だけはエプール村にあるんだ~」
設計図はエプール村にあるのか。
だとしたら、どうして誰も飛行船を作ろうとしないんだろう?
「設計図があるんだったら、作れるってことじゃないのか?」
「う~ん……作ろうとしても材料が集まらないから作れないんだよね~逆に材料さえ集まれば作れるかもしれないよ~」
「そうなのか。で、必要な材料って何なんだ?」
「う~んと……エプール村の研究施設に設計図はあるんだけど、まだボク、エプール村に到着してないから分かんないな~」
そういえば僕達が別れてからそんなに時間経ってなかったんだった。
エルンはエプール村まで徒歩で向かってるだろうから、まだ村に着いている訳ないよね。
「そうか。なら俺達がエルンと合流してエプール村まで行けばいいな?」
「そうしてくれると助かるよ~」
会話を終え、バルグは精霊の通信を切った。
そして僕の方へ向き直る。
「俺はエルンと合流してエプール村を目指す。レンはどうする?」
「もちろんついていくよ。ここにいても後味悪いからね。できるだけバルグを手伝うよ」
「そうか、ありがとな」
バルグはほっとしたような表情をしていた。
ずっと緊張が続いていたバルグを少し安心させられたようで良かった。
「もちろん私もついていきますよ。もし追手が来たら、私が必ず時間を稼いでみせますから!」
「ああ、よろしく頼むな、リザース!」
こうして休む間もなく、僕はバルグとリザースと共に再び旅にでることになった。
僕とバルグとリザースはスライム村から出発した。
「さて、どうやって移動すればいいかな? 飛んで移動した方が早いけど、リザースは飛べないし」
「確かに困ったな……天竜化できたときは楽々乗せることができたが、今の状態じゃあ、自分が飛ぶだけで精一杯だからな……」
「無理そうでしたら私は歩いて追いかけますので心配しなくてもいいですよ」
「そうは言ってもなぁ……」
歩いて追いかけるといっても、移動距離からして、追いつくことは困難だと思うから、現実的な案じゃないな。
やっぱりリザースも一緒に飛んで連れて行く必要がありそうだ。
でも今の僕とバルグの体はそんなに大きくないから、リザースを運ぶことができない。
どうしたらいいんだろう……
あ、そうだ!
「バルグ、リザースの体を小さくして軽くすれば一緒に来れるんじゃないかな?」
「おお、確かにそうだな! じゃあ俺がリザースに魔法をかけるとしよう」
「よろしくお願いします、バルグさん」
バルグがリザースに体を小さくする魔法をかけた。
そして小さくなったリザースがバルグの肩に乗った。
「これなら全然問題なく飛べそうだな。じゃあ早速行くぞ!」
こうして僕とバルグは空へと飛びたった。
オーラを探ることでエルンがいる場所を特定し、僕達は飛んで進んでいく。
エルンはあまり遠くまで移動していなかったみたいで、僕達はすぐにエルンがいる場所に到着した。
「あ、バルきゅん達待ってたよ~」
地上に降り立った僕達を見てエルンが駆け寄ってきた。
「おお、エルン、あまり遠くに行ってないようで良かったぞ……って、俺達が別れた場所から全然移動してないじゃないか!?」
「ふふ~ん、なんか俺達が別れた場所って聞くと、なんかボク達付き合ってたみたいだね~」
「おい、話をそらすな!」
エルンは相変わらずのようだ。
ちなみにエルンが全然移動してなかった理由は、エプール村に行くまでに色々と準備をしていたかららしい。
「だって飛べるジルたんやフィナちゃん、時間魔法を使って高速移動できるエナっちとは違うも~ん!」
「確かにそれはそうだが……それだったらどうしてジルに途中まで乗せていってもらうとかしなかったんだ? 大体同じ方面だろ?」
「あ~そういえばそうだね~その考えは思いつかなかったよ~でもバルきゅん達が乗せていってくれるんだからむしろ良かったよ~!」
「あ、あのなぁ……」
満面の笑みを浮かべるエルンと呆れた顔をしたバルグ。
バルグはエルンに完全に振り回されているな。
一通り話した後、バルグはエルンに魔法をかけ、体を小さくした。
その小さくしたエルンは僕が運ぶことになった。
こうしてエルンを加えた僕達はエプール村を目指す。
「ねぇ、バルグ、遠くにではあるけれど、空に巨大なオーラを持つ人がいそうだよ」
エプール村を目指して空を飛んでいる途中、僕はそうバルグに伝えた。
ごくわずかにではあるが空中からオーラを感じられたのだ。
薄らと感じただけなのにも関わらず、そのオーラからは強大な圧力を感じられたので、恐らく遠くに強大な力を持つ者が空にいると僕は判断した。
「どちらの方角なんだ?」
「うーんと、多分東側からかな? このままエプール村まで飛んで行くと遭遇することになるかもしれない」
「空に強大な力を持つ者……まずいな。今すぐ着陸しよう」
バルグは少し慌ててそう言った。
何でそんなに慌てる必要があるんだろうか?
それってもしかして……
不安を抱いた僕はバルグの意見に同意し、陸へと降り立った。
「バルグ、もしかして僕が感じたオーラの持ち主って……」
「ああ。恐らくそいつは天竜族だろうな。この世界で巨大なオーラを持つ者が空を飛びまわるなんて滅多にないことだから多分そうだろう」
天竜族、本当にもう僕達の近くまでやってきているのか……
このまま飛んでいたら遭遇してしまって危ない所だった。
いや、遭遇しても僕達は天竜族の姿をしていないから大丈夫なのか?
「用心の為に着陸したっていうことだよね。もしこのまま飛んで移動して天竜族と遭遇していたらどうなっていたかな?」
「今すぐは気づかれないとしても、要注意人物として俺達がマークされることは間違いないだろうな」
「要注意人物……全然違う姿をしているのにそういう扱いを受けちゃうの?」
「ああ。姿自体は変身魔法で変えられるし、そもそも空を飛んで移動する人自体少ないから目立ってしまうからな」
僕達は空を飛んで移動することが多かったけど、空で誰かとすれ違うことなんてなかったなぁ。
もっと低空になると小鳥とかが飛んでいたりはするんだけど。
そう考えると、空を飛んでいるだけで目立ってしまうということか。
「目立っちゃうか……でも空を飛ばないと移動にすごい時間がかかっちゃうよね?」
「ああ。だから天竜族が近くにいる所だけ陸路を行くとしよう。目の届かない所は空路を利用するんだ」
「そうだね。そうした方が良さそうだ」
バルグの言う通りにするのが現実的だろうな。
早く移動することよりもできるだけ見つからないようにするのが最優先だし。
多少時間がかかっても、長く逃げ延びることが作戦成功への近道になりそうだからね。
「目立たないことを考えると、私達の姿も同じ種族に統一した方が良さそうですね」
リザースはそうつぶやいた。
あ、そういえば、他種族が一緒になって行動することは相当珍しいんだっけ?
そうなると、僕達はこのままの姿で行動してしまうと、一緒にいるだけで目立ってしまうことになる。
そんな状況は避けなくては。
「そうした方が良さそうだな。だが、どの種族に変身すればいいんだろうか?」
「霊竜と竜人族は避けた方が良さそうですね。希少な種族がたくさんいたらそれだけで目立ってしまいますし」
「これからエプール村にいくんだから、賢猿族に変身した方がいいんじゃないかな? 賢猿族だったら研究目的で遠出してるって言い訳もできそうだし」
「ボクもその方がいいと思うよ~」
結局、賢猿族に変身する意見に反対する人はいなかったので、賢猿族に変身することになった。
リザースとエルンを元の大きさに戻した後、僕とバルグは自力で賢猿族に変身した。
リザースは自力で変身魔法を使うことができないので、またバルグがリザースに魔法をかけた。
そして賢猿族に変身した僕達は、徒歩でエプール村まで向かうことにした。
エプール村を目指して歩く僕達。
エプール村に近づくと同時に、空から感じるオーラも徐々に強まってきた。
「空からオーラがだんだんと強まってきたよ」
「天竜に近づいているって訳だな……」
「でも空にそれらしき姿は……いや、あそこに何か見えます!」
「雲で隠れてよく見えないけど、あの巨大な姿は……」
「天竜で間違いないだろうな」
雲からちょっと見える翼は天竜状態のバルグの翼とそっくりだ。
おそらく天竜に間違いないだろう。
「天竜が地上に降りてくるなんて珍しいよね~バルきゅんは例外だけど~」
「ああ、天竜は基本的に国の外に出ることを禁じられているからな」
「それだと、どうしてあそこに天竜がいるのかな~? 何かあったのかな~?」
そうか、エルンはバルグが追われていることを知らないのか。
その割には変身魔法を使ったりすることに疑問を持っていなさそうだったけど。
バルグはエルンに事情を説明した。
事情を聞いたエルンはなんだか楽しそうな様子だ。
一体どこが楽しいんだろう……?
「エルン、どうしてそう楽しそうなんだ?」
「だって、ボク達、その天竜に見つからないように移動するんでしょ~? なんかワクワクしてくるじゃ~ん」
エルンにとっては楽しい展開らしい。
エルン、まるで他人事のように思ってないだろうか?
エルンに呆れながらも僕達は先を急ごうとする。
しかし、状況は急転した。
天竜が高度を下げ始めたのだ。
地上におりるつもりなのだろうか?
「まずいな……天竜が地上に下りようとしているみたいだ」
「今の私達は賢猿族になっているんです。落ち着いていれば遭遇しても大丈夫ですよ」
「そ、そうだよね。とにかく落ち着かなきゃ」
リザースの言葉をうけて僕は落ち着くことに努める。
なんとか落ち着くことができたと思った瞬間、視界が急に暗くなった。
そしてそのことが理解できた瞬間、僕は心臓が飛び出るんじゃないかと思う位驚いた。
だって無理もない。
視界が急に暗くなる、それが意味することは……
「地上に住む者よ、この天竜の姿に見覚えはないだろうか?」
目の前に巨大な天竜がそびえ立っていたということなんだから。




