57.海底都市ザーザリオ
「どうしてあんなことしたんですか!?」
「はて、何のことかのう? 気づいた時にはあの場が危険だったから、おぬしを助ける為に今こうして移動しておるのじゃが」
スイノはあくまでとぼけるつもりのようだ。
多分僕を連れ出す口実を無理やり作ったっていう感じなんだろうけど……
「それよりおぬしの体験が聞きたいのう。聞かせてはくれぬか?」
スイノがニコニコしながらこちらをチラッと見てくる。
スイノが何考えているかよく分からないので、その笑顔がちょっと不気味に思えた。
何か変なことでも言おうものならば、その場で攻撃されてしまうんじゃないかとすら思えてくる。
行動が予測できないのだ。
僕は恐る恐る、自分の事について話した。
「レンは元々人間だったのか。なんと興味深い。ところで、どうしてそう怯えておるのじゃ?」
「それはですね、その……ちょっと怖くて」
「怖い? どこにもこの辺りに怖い魔物など見当たらぬぞ?」
そりゃそうだろう。
だってあなたの姿を見たらどんな魔物も恐れおののくと思う――とはさすがに言えまい。
スイノの近くにいて移動を開始し始めてから、魔物も魚も一匹たりとも見当たらないので、多分スイノを避けているんだろうけど。
そんなこと言ったら半殺しにされそうだもの。
「……まさか、レンはわらわに怯えているというのか?」
ギクッ!
いや、そうなんだけど、うん。
ここは肯定しちゃいけない場面だもんなぁ。
「そ、そんなこと、ないですよ!? ただ、こんなに深い海に来たのは初めてなので緊張してしまって……」
「そんなウソをついても無駄じゃぞ。わらわには全てお見通しじゃからな」
どうやら嘘はバレバレのようだ。
ここは覚悟を決めて本当の事を言おう。
「本当は、スイノさんの突然の豹変ぶりに恐怖しているんです」
「突然の豹変か……全く、おぬしは乙女心というものが分かっておらぬのう、いやその鈍感さもまた一興じゃな」
お、乙女心だって?
突然よく分からないことが原因で急に暴れだすのが乙女心なの?
うーん、よく分からない。
「とにかく、あのような行動は滅多にしないから心配はいらぬぞ。よっぽどお主が問題行動を起こさない限りはな」
いや、あなたの行動の方がよっぽど問題なんですが。
それはさておき、あのようなことは滅多にないというお言葉を頂戴したので、スイノを恐れなくてもいいと信じることにする。
信じないとこれから先やっていけないしさ……
「レンの緊張をほぐす方法は何かないかのぉ……そうじゃ! レン、わらわと話すときは必ずため口で話すのじゃ!」
「ため口……ですか?」
「ほら、また丁寧語で話しとる! 何かレンと心の距離を感じると思ったのじゃが、それが原因じゃな? これからはわらわに丁寧語で話すのは禁止じゃ! よいな?」
「は、はい……」
ため口を命令されるというのはなんだかなぁ。
すごくやりずらいんだけど、頑張るしかないか……
これから先が思いやられつつも、僕はスイノと共に深海を目指すのだった。
スイノに運ばれてしばらく経つと、何やら海の底の方に建物がぽつぽつと見えてきた。
あれって町なんだろうか?
「スイノ、あれって町なの?」
「そうじゃ。あれは海底都市ザーザリオという。人魚が住んでいる町じゃ。行ってみるか?」
僕は黙ってうなづいた。
せっかく来たんだから、見てみたいよね。
「そうか、なら準備をせねばな」
そういったスイノは何やら呪文を唱え始める。
変身魔法でも使うのだろうか?
スイノは体が大きすぎて、そのままじゃ町に入れないからなあ。
スイノが呪文を唱え終わると、あたり一面ピンク色の煙で覆われる。
煙が晴れてから、僕は辺りを見渡すが、あれだけ巨大なスイノの姿が消えていた。
そして目線を下ろすと、そこには小さな人魚が一人ちょこんとたたずんでいた。
「どうじゃ、わらわの変身魔法は? なかなかのものじゃろ?」
どうやらその小さな人魚がスイノの変身した姿らしい。
あれだけ大きな体だったスイノが小さな人魚になってしまうのはなんか信じられない。
「すごいですね……なんか信じられない……」
「こらっ、言葉遣いに気をつけるのじゃ! よそよそしいぞ! それにすごいじゃなくて、もっと言うべきことがあるじゃろう?」
しまった!?
ついスイノにはなんか丁寧語を使いたくなってしまう。
さんざんこれまで注意され続けたにも関わらずね。
それより、もっと言うべきことって一体何なんだろうか?
「……全く分からないという顔をしておるな。この姿を見て思う所はないのか?」
「人魚の姿を見て思う事か。なんというか、小さくて可愛らしい姿だね」
「そう、可愛いじゃろう? その言葉を聞きたかったんじゃよ!」
え、可愛いって言ってほしかったの?
スイノと可愛いという言葉が結びつかなかったのでちょっとピンとこなかった。
「何を不思議そうな顔をしておる? わらわも一人の女の子なのじゃ。可愛いと言われたいに決まっておろう?」
「そ、そうなんだ……」
人は見た目で判断してはいけないという事なんだろうな。
うん、次から気を付けよう。
話をしながら僕とスイノは町の中へ入っていく。
町を最初に見たときは建物がまばらにしかなかったので、町のようには見えなかった。
でも、だんだん中心部に進むにつれて建物が増えていき、人通りも増えてだいぶ賑やかになっていった。
「海深くにこんな賑やかな町があるなんて驚いたな。深海って何の音も聞こえないような空間だと思っていたから」
「確かにレンが思っている通り、深海のほとんどはとても静かな場所じゃが、こういう場所もあるのじゃよ」
静かな深海に存在する賑やかな町、それが海底都市ザーザリオなんだろうな。
この町には明かりが色々な所に存在する。
それはただの明かりに過ぎないんだろうけど、日の光がほとんど差さないこの場所において、明かりがあるだけですごく落ち着くのだ。
日の光がないというだけで自然と不安になっていたんだろうなあ。
それにしてもこの町、本当に人魚しかいないんだなあ。
人魚は下半身は魚ではあるが、上半身は人間の女性とほぼ同じといっていいような体つきをしている。
なんか恥ずかしくて直視はできないし、そんな人に囲まれるこの状況って落ち着かないな……
「ふふ、レンなんだか照れておるようだな? そんなにわらわとデートするのが嬉しいか?」
「ど、どうしてそうなるんですか!?」
「照れなくてもよいぞ。わらわは本当に可愛いんだから、不思議なことではない」
スイノはなんだか誇らしげだ。
完全に誤解されているんだけど、スイノが上機嫌になったようなので、そのまま触れないでおこう。
その後も僕とスイノは海底都市ザーザリオの探索を続ける。
町を歩いていると、なんだか変な物を見るような目で周りの人魚から見られているような気がしてくる。
何でそんな目で見るんだろう?
「スイノ、なんか僕達、変な目で見られてない?」
「そうじゃのう、確かにそんな気はするのう。どれ、ちょっと聞いてみるか」
そう言ったスイノは通りすがりの人魚に声をかけ始めた。
って、えっ!?
直接聞こうとしちゃうの!?
「おぬし、ちょっとよいか? わらわ達ってそんなに変かのう?」
「えっ……えっと……特に変わったことはありませんけど」
人魚は変なものを見るような目でスイノを見ている。
そりゃあ、突然自分が変かなんて聞かれたら誰だっておかしいと思うだろう。
結局その人魚はすいませんと言ってスイノから逃げるように立ち去って行った。
それからは他の人魚も僕達を避けるようになってしまった。
人魚のひそひそ話から盗み聞いた内容によれば、どうやらスイノが変な言葉で独り言を言っているのが奇妙に映るらしい。
そうか、人魚には僕の姿が見えないから、僕とスイノが話しているときは、スイノがぶつぶつ独り言を言っているように見えるのか。
それは相当奇妙な光景だろうな。
このままここにいるとスイノが居心地悪い思いを味わうことになりそうなので、早いところ町を出ることにしよう。
「スイノ、もうこの町を出よう」
「なんだ、もうよいのか? まだそんなにこの町を見れていないが」
「うん、大丈夫、十分だよ。それより、早く秘伝書を手に入れたいんだ」
「そうか、レンがそういうなら仕方ないのう」
僕達はこうして人魚の視線から逃げるように海底都市ザーザリオを後にした。
町から出た後に僕はスイノにたずねる。
「ところで、霊竜の秘伝書ってどこにあるの? この近くにあるかな?」
「秘伝書は海底神殿に隠されておるよ。ここからさらに海深い所にあるのじゃ。でもそう遠くはないぞ。今すぐ向かうか?」
「うん、そうしてくれると助かるよ」
するとスイノは変身魔法を解いて元の姿に戻る。
そして僕はスイノにつかまり、さらに海深くへと連れて行ってもらった。
しばらくスイノにつかまりながら海深く潜っていくと、何やら巨大な建物がうっすらと見えてきた。
どうしてうっすらとしか見えないのかというと、存在する明かりが、僕が魔法で作った小さな光の球だけだからだ。
もうだいぶ海の深い所まで来たので、辺りは光が差し込まなくて真っ暗だったりする。
「あれが海底神殿ですか?」
「そうじゃ。だいぶ大きくて立派な建物じゃろう?」
「うーん、ここからじゃはっきりと見えないからなんとも言えないなぁ」
「そうか。でも、中に入ればきっと分かるぞ」
こうして僕達は海底神殿の入り口にたどりつく。
そして僕達は海底神殿の中に入る。
すると、むき出しの柱が等間隔にひたすら並んでいるのが見える。
大部屋になっているようだが、この部屋がどれほど広いのかは暗くてよく分からない。
「この部屋、とても広そうだね」
「そうじゃな。わらわがこの姿で過ごしても不自由しないほどは広いのう」
「ずいぶんと詳しいんだね。頻繁にここに出入りしたりするの?」
「詳しいもなにも、ここがわらわの住処なのだから知っていて当たり前だろう」
えっ、そんな事初めて聞いたよ?
まあ、それはおいといて、この神殿の中は相当広いことは確かなようだ。
スイノがいなかったら、秘伝書探しは相当困難だっただろうな。
僕はスイノにつかまって連れて行ってもらいながら、神殿を進んでいく。
しばらく前進していると、急にスイノは動きを止めた。
「スイノ、いきなり止まってどうしたの?」
「しっ、何者かがこの中に紛れ込んでおるようじゃ。わらわの留守を狙ってなんと卑劣な……」
どうやら海底神殿に何者かがいるようだ。
いるらしいのだが、周りが暗くて僕には全然分からない。
フィナとの絆魔法があれば、オーラで探知できるんだけどなぁ。
「姿を見せよ! 水流竜巻!」
スイノの魔法が前方の広範囲を襲う。
相変わらず桁違いの威力の魔法である。
そんな魔法を放ったら建物壊れちゃうんじゃないかと思ったが、その心配は無用のようだった。
どうやら神殿には結界が張られているらしく、その結界は柱の周りにも存在するようで、スイノの魔法を受けても柱には傷一つついていなかった。
だが、そんな柱のような結界がなくて直撃すれば、大怪我するのは間違いないと僕は思った。
しかし、その認識は甘かったようだ。
「いてて……ちょっとくらい手加減してほしいんだな」
前から現れたのは、漆黒の鱗に覆われた竜だった。
天竜のバルグと似た姿をしているが、バルグよりも一回り大きいみたいだ。
黒竜は痛いと言っているが、その言葉とは裏腹に、体には傷一つついていないようだった。
どんだけ頑丈な体をしているんだよ……
「またお前かクーロス! ここはわらわの住処だと分かっておろう!」
「すまんよスイノ。疲れたからちょっと寄らせてもらっただけなんだな」
「全く、おぬしと話していると調子が狂うわ。もういいから、さっさとここから出ていくがよい」
「そうさせてもらうんだな。怒ったスイノを相手にするのは面倒なんだな」
黒竜クーロスはそう言って出て行こうとするが、ふと振り向いて立ち止まる。
「スイノが誰かと一緒にいるなんて珍しいんだな。どうしたんだな?」
「そんなのおぬしには関係なかろう」
「気になるんだな。もしかしてこの子は、スイノのか――――」
「分かった! 話すからしばらく黙っているがよい!」
クーロスの言葉を遮るように慌てて話すスイノ。
何をそう慌てる必要があるんだろうか……
それからスイノはクーロスに僕と出会った経緯について話していた。
クーロスは今までのやる気なさそうな表情を一変させて、楽しげな表情で話を聞いていた。
「なるほどなあ。この子は元々は霊竜ではなかったという訳なんだな?」
「そうじゃ。わらわはレンがかわいそうになったから、こうして手助けをしてやっているという訳じゃ」
「そうなんだな。なら、おいらもレンが秘伝を覚えるのを見届けるとするんだな」
「何を勝手に決めておるのだ! 別におぬしがいなくても全く問題は……」
「そうかもしれないけど、別においらが一緒にいて困ることは何もないと思うんだな」
「それは……そうかもしれんが……」
スイノは明らかに不満そうな表情を浮かべている。
でもスイノはクーロスを追い返そうとはせず、クーロスの要求をのむようだった。
あれだけ威勢のいいスイノを丸めこんでしまうなんて、クーロス、なかなかやるな。
こうして僕とスイノはクーロスを加えて海底神殿を奥へと進んでいくことになった。




