54.ブロースの故郷
デジュラの家を出てしばらく歩いて行くと、大きな黒い木が見えてきた。
「あそこに木があるのが見えるか?」
「巨大な黒い木がありますね。あの木がどうかしたんですか?」
「あの木はな、デジュラがブローダンにお仕置きするときに使うのさ」
「お仕置き? どうやってするんですか?」
「そうだな……ブローダンをあの木の中に閉じ込めるんだ。やること自体はそれだけだ」
長い間閉じ込めるのか。
お仕置きとしてはありそうなことだな。
「閉じ込めるなんて、お仕置きらしいですね」
「それだけじゃない。実はな、この木は羞恥の木と言われていて、この中に閉じ込められている間、ずっと恥ずかしい思いをすると言われているんだ」
「恥ずかしい事って、どんなことなんですか?」
「それは経験した事のない私は分からないな。ブローダンに聞くのが早いだろう。あいつは何回も経験しているからな」
そうなんだ……
だから、黒い大樹の事を言ったときにブローダンは顔色が急に悪くなったんだな。
多分何回経験してもひどい精神的苦痛を味わうんだろう。
なんて恐ろしい木なんだ……
「あの木を越えた先に私の故郷、デー・バズ地区がある。あともう少しだ」
僕は黒い木を避けつつ、ブロースについていった。
「ついたぞ。ここが私の故郷、デー・バズ地区だ」
そこには赤い木々や植物に囲まれた木製の家が立ち並んでいた。
木製の家とか、悪魔のイメージとはだいぶかけ離れているなあ。
「なんかここが悪魔の世界とは思えないなあ」
「そうか? こういう所は悪魔の世界では結構あるぞ?」
やはり、僕が思い描いていた悪魔とこの世界の悪魔はだいぶ違うようだ。
悪魔って、もっと無機質な性格で、人工的な建物に住んでいるイメージだったんだけど。
この世界の悪魔は、性格も様々で、建物も自然なものから都市的なものまであって、人間と大差ないように感じる。
「お前はブロースじゃないか!? 久しぶりじゃな!」
賢猿族の姿をした人が僕達の方へ近づいてきた。
長い白ヒゲが特徴的で、いかにも長老というような身なりをしていた。
「おお、ジュアンか! 久しぶりだな!」
「色々話したいことがあるから家に来るといいじゃろう! そこのお連れさんも一緒にな!」
こうして僕達はジュアンの家に案内されることになった。
ジュアンの家は他の家よりも一回り大きいようで、スペースにはだいぶ余裕がある。
「ブロースはしばらく混沌世界にいたんじゃったかの? 混沌世界はどんな様子じゃ?」
「特に大きな争いは起きておらず平和だったな。ブローダンが少し暴れてたようだったが」
「あのブローダンがのぉ……すっかり変わってしまったようじゃな」
「ああ。今は反省してはいるようだが、血の気の多い性格は変わらなかったな」
「もしかするとワシらが気づいていなかっただけで、元々そういう子だったのかもしれんのぉ」
ブロースからも聞いていたが、やはり昔のブローダンは好戦的ではなかったのか。
ちょっと信じられないな。
「ただ、人間側に少し気になる動きがあったな」
「どういう動きなんじゃ?」
「教会の勢力が増していて、多くの町を牛耳るようになっているようだ。もしかすると、天使が背後で力をつけ始めているのかもしれない」
「確かに気になるのぉ。天使が力をつけているのが本当なら、大戦も近いのかもしれんのぉ」
大戦?
もしかして悪魔と天使の戦いのことだろうか?
「大戦が始まってしまうとレン達も無関係ではいられないだろうな」
「え? 悪魔と天使が戦うだけじゃないの?」
自分には無関係だと思っていたので、不意をつかれたような気分だ。
「確かに天使と直接戦うのは悪魔がほとんどじゃ。だがのぉ、大戦には天使VS悪魔だけでなく、人間VS魔物の意味もあるんじゃ」
「天使の加護を受けた人間が魔物の住む土地に侵攻してくるのさ」
人間が攻めてくる……か。
どうしてわざわざ攻めようとするんだろう?
分かり合って、共存できればいいのに。
まあ、RPGのお約束とかいってしまったらそれまでなんだけど。
ここはある意味一つの現実世界でもあるから、そのお約束も覆すことができるのではないかと思うんだよなぁ。
「人間はどうして魔物が住む土地に侵攻しようとするんでしょうか?」
「そうじゃのう……恐らく日頃積み重なった恨みによるものじゃろうな」
「日頃の恨み?」
「そうだ。魔物といっても、私達のように知性あるものばかりじゃない。知性のない魔物が見境なく人間を襲って殺してしまう場合も多々あるのさ」
「人間にとっては私達と知性のない魔物は同じ魔物に過ぎないから、力をつけた大戦のときに恨みをはらそうと戦いを挑んでくるのさ」
確かに人間にとっては、魔物に違いがあることなんて気づかないだろうな……
言葉を話す魔物がいても、厄介な魔物が現れた位にしか思われないだろう。
和解することができたらいいんだけどな。
その後も僕達の会話は続く。
「僕はこの世界の多くの魔物達と接してきましたが、話のできる知性のある魔物がほとんどでした。それなのにどうして人間と誰一人分かり合えないのでしょう?」
「全く分かり合えていない訳ではないぞ。人間の魔物召喚士はその例だ。ただ、ほとんどの人間と魔物は理解し合えていないな」
「どうしてなんでしょう? 言葉が通じるんだったら、話し合うことだってできるはずなのに……」
「レン、魔物と人間が話し合うのは厳しいんだ。なぜなら言語が違うからな」
言語が違う……か。
確かに言葉の壁があったら、通じ合えないのも無理はないよな。
例外として、人間の魔物召喚士は恐らく魔物の言葉が分かるから、魔物と通じ合うことができるんだろう。
分かり合えたらよかったんだけど、言葉の壁が原因だったら、ちょっと厳しいかもしれない。
現実世界にいた僕は、同じ人間が話す異言語、英語すらまともに話せなかったのだから。
「言葉の壁が原因なんですね」
「そうだな。私達、悪魔は人間の言葉も分かるから、人間の町に潜入することすらできるのだが、人間の言葉を理解する他の種族は聞いたことがないな」
やはり言葉の壁は厚いようだ。
その後は、ブロースとジュアンがある程度言葉を交わし、ジュアンの家を後にした。
「ジュアンとも話せたことだし、混沌世界に戻るとするか」
「うん。となると、またあの門をくぐり抜けていくの?」
「そうなるな。あの門を通らないと異世界にいけないからな」
あの得体のしれない空間を通るのは気がすすまない。
でも違う世界に行くには虚構空間を通る必要があるらしい。
ん?
違う世界に行くために虚構空間を通るということは、混沌世界以外の世界に行くこともできるということ?
「虚構空間から混沌世界以外の異世界に行くこともできるの?」
「どうだろうな? 調査が進んでいないから分からないが、その可能性はあるな」
もし虚構空間からあらゆる世界につながっているとすれば、僕が元いた世界にもつながっているかもしれない。
危険すぎるから探す気にはならないけど。
僕達は悪魔の都市を通り過ぎ、門がある処刑場にたどり着いた。
「ここにいると気分が悪くなるなぁ……」
「まあ、処刑場にいて気分よくなる奴の方が稀だけどな。じゃあ、早速門を開けるぞ」
ブロースが目の前の門を開ける。
門が開いたら、僕達はさっさと門の中に入った。
虚構空間も嫌だけど、処刑場はもっと嫌だからね。
虚構空間は相変わらず真っ暗で不気味だったが、特に何事もなく、通り過ぎることができた。
そしてブロースと最初に出会った空間に戻った。
「さて、混沌世界に戻ってきた訳だが、レンはこれからどうするんだ?」
「とりあえず知り合いの技術者に設計図を渡してみようかと思ってる」
「そうか。それなら私が技術者を紹介する必要もなさそうだな」
「うん。もうブロースには世話になりっぱなしだし、後は自力でなんとかするよ」
霊竜の体にかかった病を治す為に悪魔世界に連れて行ってくれたし、これから行うことの手助けもしてくれた。
これ以上甘えてはいられないだろう。
「なに、こちらもブローダンのことで色々世話になったからお互い様だ。気にする必要はない」
「気遣ってくれてありがとう。じゃあ僕はそろそろ行くね」
「ああ、色々大変だろうが、頑張れよ」
僕は目をつぶる。
すると次第に意識が遠のいていった。
僕は気が付くと図書館の中にいた。
多分、虚空の宝玉から脱出できたんだろう。
辺りを見渡すが、特に変わった様子はない。
ほっとした僕は心を落ち着かせてから、虚空の宝玉にかかっているセキュリティを再びかけなおした。
よし、これで大丈夫だろう。
後はバルグ達と合流するだけだ。
僕は難なく受付の近くを通り過ぎ、図書館の立ち入り禁止区域をくぐりぬけた。
途中で人とすれ違ったりしたんだけど、全く気付かれる様子もなかったので問題なかったのだ。
楽できたことは嬉しいのだが、同時に自分の存在感がないかを実感させられるから悲しくもなった。
やっぱり、無視されているような気がするから嫌だな。
早く存在を戻す霊竜の技を習得しちゃおう。
その為にはエルンを探さなくちゃ。
いや、その前にバルグかエナに会わないと。
このままエルンに会っても話ができないからね。
僕は図書館の中を歩きまわる。
確か図書館にはバルグ、エナ、フィナがいるはずだ。
でもなかなか見つからない。
コーボネルド図書館は広いから探すのにも一苦労だ。
見つからないなあと思いながらしばらく歩いていると、とあるコボルドの会話が聞こえてきた。
「おい、外で喧嘩が起きているみたいだぞ。ちょっと行ってみてこようぜ」
「一体何が起きているんだろうな」
外で喧嘩?
いや、まさかね……
嫌な予感がしつつも、僕は喧嘩が起きているという場所に向かうことにした。




