48.虚空の宝玉
気が付くと、辺り一面灰色の空間の中にいた。
多分、虚空の宝玉の中に入ってしまったんだろう。
『くそっ、一体何がどうなってるんだ?』
『宝玉の中にいる何者かがバルグを引き込んだのかもね……』
宝玉の中に潜む物……
赤い宝玉のときには中にブローダンが入っていた。
ということは、この宝玉の中にも悪魔がいるのだろうか?
「きたか、宝玉を求めし者よ」
その声が聞こえると同時に、黒いもやのようなものが集まり、黒い人型の物体が現れる。
これが悪魔の正体なのか?
『そうとも言えるし、そうでないとも言える。悪魔は精神体だから、肉体に縛られずに行動できるからな』
『つまり、今はあの物体に悪魔の精神が宿っているから、悪魔の正体とも言えるし、あの肉体本体が悪魔でもないからそうでないとも言えるっていうこと?』
『その通りだ』
悪魔は特定の体を持たない……
だから宝玉の中に精神が入っていても生きることができるし、ブローダンのように僕の体を奪って生きることもできるのか。
とすると、肉体を滅ぼしても死なないブローダンを倒すことは実質不可能なんじゃ……
「ほう、お前達はブローダンを倒そうとしているのか」
悪魔が薄ら笑いを浮かべながら言う。
えっ、話していないのに伝わってしまっている!?
これってもしかして……
「私達、悪魔には人の思考を読み取る力があるんだよ」
やはりそうか。
となると、ブローダンも思考を読み取る力があるということになる。
これじゃあ作戦をたてた所で意味がないじゃないか……
「お前達はどうしてブローダンを倒そうとしているんだ?」
「それは、ブローダンが周囲の魔物を支配して、侵攻しようとしているからだ」
「侵攻か……最近のアイツはなんか見ていられないな」
悪魔はため息をつく。
最近の……ってことは、昔のブローダンは違ったのだろうか?
「ああ。ブローダンはかつては戦いを好まぬ優しい青年だった。だが、ある時を境に急変してしまったのだ」
「ある時ってなんだ?」
「ブローダンの親友、デジュラが天使にやられてしまったときだ」
「親友がやられてしまう……か。でも悪魔は精神体なんだから、死んだ訳じゃないんだろ?」
「そのはずだ。だが、そのとき以来、デジュラはブローダンの前に現れることはなかった」
えっ、それってどういう事なんだろう?
精神体の悪魔だから、肉体さえ得られればすぐに復活できるんじゃないのかな?
「いくら私達が精神体だといっても、やはり肉体から受ける苦痛を全く受けない訳じゃない。肉体を失うと我ら悪魔の心に痛みが生じる。また、再び受肉するまでにはある程度の時間がかかるのだ」
そういうものなのか。
ということは、デジュラが負ったダメージというのは相当大きかったんだろうな……
「確かに受けたダメージは相当大きかったらしい。だが、もう復活してもおかしくない時期だと思うんだが……不可解だな」
「ちなみにデジュラがいなくなったのはどれ位前のことなんだ?」
「そうだな……たしか三百年は前だった気がするな」
三百年……
悪魔は特定の肉体を持たないからそんな長い年月を生きられるんだろう。
僕には想像もできない感覚だけど。
「三百年も経って未だに復活しないというのか?」
「そうだ。二百年経って復活した者もいるそうだから、別に有り得ないことではないんだが、それにしては復活するまでに時間がかかりすぎていると思うのだ」
へぇ……
百年単位で平然と語る悪魔の話についていけないや。
「五百年ほど生きる竜人族のお前がそんなことを思うなんて変な奴だな」
そ、そうなの!?
魔物が生きる長さって、人間からしたら考えられないほど長いよな……
感覚がおかしくなりそう。
この後も悪魔の話は続く。
「デジュラを失ったことブローダンは、天使に対する恨みを持つようになる。そしてデジュラを救えなかったブローダンは、自身の無力さに絶望し、ひたすら力を追い求めていくようになったのだ」
「それが今のブローダンの行動につながるという訳か」
力が得るためならなんだってするというのか。
今、多くの魔物達を支配下にしようと動いているのも天使に対抗するためということだろう。
悪魔の話によって、ブローダンの行動の理由が少し分かった気がするが、それにしても他にもやり方はあったんじゃないかとも思う。
強大な力によって強引に支配する今の方法ではいずれ限界がきてしまうと僕は思うのだ。
「私も力による支配はうまくいかないと思う。ブローダンは道を誤ってしまっている。そこでどうか、ブローダンの目を覚まさせてやってくれないだろうか?」
「ブローダンの為に頼むなんて、一体お前はブローダンとどういう関係にあるんだ?」
「申し遅れた。私はブロースと申す。ブローダンは……我が教え子にあたるな」
「そうか。俺はバルグという、よろしくな。もう一人、俺の相棒のレンがこの体の中にいる」
「ほう、それでお前から異なる二つの思考が読み取れるのだな」
二つの思考を読み取れるのか……
僕にはもう考えられない世界である。
「話を戻すぞ。ブローダンの道を正したいブロースの気持ちは分かる。だが、今のブローダンは他人の精神支配を平然とやってのけるような奴だ。俺達の話を聞いてくれるとは思えない」
「そうだろうな……どうしても説得が無理そうだったら、遠慮なくブローダンを倒しても構わない。だが、戦う前に話し合えるように努めてくれないか?」
「そうだな……努力はしてみよう」
「それは助かる。私がお前達に助力できることは少ないが、せめて虚空の宝玉に潜む悪魔として、ブローダンの逃亡を防ぐ程度の働きはすることを約束しよう」
そう言ったブロースは微笑んだ。
「そろそろお前達を元の場所に戻そう。あまり仲間達を心配させてしまってはいけないだろう」
「それはありがたい。だが、どうしてブロースはこんなにも親切に色々話してくれるんだ?」
「ブローダンの説得に応じてくれるというのもあるが、一番大きいのは――久々に話し相手ができて嬉しくなったことだ」
「その気持ち、俺にはよく分かるぞ……」
ブロースの言葉を聞いたバルグが感慨深げに遠くを見る。
バルグは赤い宝玉に封印されてから、しばらく誰とも会話できない時期が続いたからブロースの気持ちはよく分かるんだろうな。
暗闇の中に長時間閉じ込められてからバルグと話した経験のある僕にもその気持ちは分かる。
やっぱり、ずっと一人でいるって寂しいんだよね……
現実世界の僕は一人でいることが当たり前だったから、感覚がマヒしていて分からなかった。
でも、仲間に恵まれた今なら分かる。
しばらくすると、僕の意識は遠のいていった。
目を覚ますと、周りに仲間達が集まってきた。
「バルグ、大丈夫?」
「無事で良かったよ~心配したんだよ~」
「宝玉の中に吸い込まれたときはどうなってしまうのかヒヤヒヤしたッスよ!」
「無事でよかった」
どうやらみんなに心配をかけてしまっていたらしい。
「そんなに長い間、宝玉の中に入っていたのか?」
「時間にすると五、六分位ね……でも結構長い時間に感じられたわ」
「約五分か……追手は来てないのか?」
「大丈夫よ。周囲を警戒しているけど、それらしき気配は全く感じられないもの」
「そうか、それは安心だ。じゃあ、早速ここから脱出するか」
え、それだけ? と周りのみんなはキョトンとしているが、バルグの様子を見て心配する必要がないことを感じ取り、安心したようだった。
僕達は来た道を引き返す。
僕達はコーボネルド図書館から脱出した。
しかし、図書館から出てすぐに周りを囲まれていることに気づく。
恐らく待ち伏せされていたのだろう。
「出たな悪党め! このオレ様、コルト様が成敗してくれる!」
僕達を取り囲むコボルドの中の一人が近づいてくる。
そのコボルドの手には見覚えのある一本の剣が握られていた。
そう、コルトとは、僕がコーボネルドで出会ったコボルドの青年のことだ。
あの殺戮の日をコルトは無事に生き延びることができていたらしい。
コルトの無事を喜んでいたいのだが、今のコルトは僕にとっての敵である。
それにコルト以外にも多くのコボルドが敵として立ちはだかっている。
この状況をどう打開しようか……
「バルグさん、ここはオレに任せて先を急ぐッスよ!」
「一人で大丈夫か、ジル?」
「大丈夫ッス! むしろさっさと片付けてバルグさん達に追いつくから問題ないッス!」
ジルは自信たっぷりにそう言う。
ジルには色々と抜けている所があるので、ジル一人に任せるのは心配がある。
でもジルならば一般のランドリザード相手に致命傷を負うことはないだろうし、命の心配はしなくてよさそうだ。
なら、ここはジルに任せて先に行っても問題ないだろう。
「大地隆起!」
ジルが放った魔法を避けようと、コボルドが移動し、道ができた。
「さあ、今のうちに行くッスよ!」
「助かる。必ず追いついて来いよ!」
「了解ッス!」
僕達はジルの開けた道を走り抜け、敵の包囲網から脱して頂上へと向かった。
頂上に向かって駆けていく。
そんな僕達に付きまとう気配があった。
「バルグ、誰かがつけてきているわよ」
「そうだな……対処すべきか?」
僕達のあとをつけてきているものの、今のところ危害を加えてくる様子はない。
だが、これから先も危害を加えてこないとは限らない。
急ぐべきか、戦うべきか……
そんな中、エルンが急に立ち止まる。
「どうした、エルン?」
「う~ん、ちょっと用事思い出しちゃった~みんなは先に行ってて~」
「用事って……こんな大変なときでも優先しないといけないことなのか?」
「そ、そうだよ~大丈夫、すぐにまた追いつくから、気にしないで~」
エルンはそう言ってニコッっと笑う。
「そうか……用事を優先するのは構わないが、ここも危ないから、あまり無茶するんじゃないぞ?」
「分かってるよ~ボクは戦闘向きじゃないからそんな危ないことはしないって~大丈夫、大丈夫~!」
「それならいい。じゃあ、また後でな!」
「うん、また後でね~」
エルンは手を振って頂上に向かって走っていくバルグ達を見送る。
見送ってしばらくするとエルンは後ろを振り返る。
「邪魔はさせないよ~、動作固定!」
「おっと、危ないナ」
「その見た目でそんな素早い動きなんて、なかなか興味深いね~研究に協力してよ~」
「そんな訳にはいかないナ、早い所、そこをどいてもらうゾ」
エルンは一人戦いに挑む。
頂上に向かって走る僕達は、先程ゴーダン達に襲われた見晴らしのいい場所までたどり着いた。
「やっぱりここから見える景色は綺麗ね……」
「いつの間にか眺めちゃう」
前来たときよりも時間が経っていて、日はもう傾き始めていた。
結構、時間かかっちゃったな。
「あまり時間かけてはいられない。急ぐぞ」
「そうね、すぐ出発しましょう」
「ええ、もちろんよ」
僕達は頂上に向かって再び走り出そうとするのだが……
「そうはさせないわ」
その声が聞こえると同時に、僕達の足元が凍り付いていく。
「敵襲か……火炎!」
バルグの魔法によって凍り付いた地面が溶かされて元に戻る。
「そのオーラは……コフィーね!?」
「そうよ、マスターを邪魔する者は排除するのみ」
そう言うと、物陰からコフィーが現れた。
「こいつも前みたいに分身体ってことはあるのか?」
「いえ、今回は本物みたいね。オーラの強さが前とは段違いだもの」
確かに目の前にいるコフィーからは、かなりの力を感じられる。
相当な強敵だろう。
「バルグ、私が相手する」
そう言ったエナが前に進み出る。
「相手は相当強いぞ。エナ一人じゃ……」
「私だって、戦える」
エナはバルグの言葉をさえぎって強い口調でそう言った。
「大丈夫、負けないから」
「でもな……」
エナはとても戦闘向きとは言えない体をしているし、特に魔力が強いという訳ではない。
なので僕も正直、エナ一人にコフィーを戦わせるのには不安を感じている。
だけどエナの目を見ていると、その思いの強さ、本気さが伝わってくるのだ。
多分、何を言っても聞いてくれないだろう。
「分かった。でも、絶対に生きて俺達の所に戻って来いよ? 約束だからな?」
「うん、約束する。絶対、大丈夫」
エナはそう言って微笑む。
「そうか、では頼んだぞ!」
「させない、氷柱!」
コフィーが放った氷魔法がバルグ達を襲う。
しかし、コフィーの氷魔法は同じ氷魔法によってつくられた氷の壁によって防がれた。
「読んでた。いくら攻撃が強くても、当たらなければ意味がない」
「くっ、言ってくれるわね……」
こうしてエナとコフィーは臨戦態勢へと移行した。
エナと別れてしばらく頂上へと黙々と走るバルグとフィナ。
すると疲れたのか、バルグの足が鈍りだす。
『レン、後はお願いな』
『ちょっとバルグ!? どうして急に投げ出したりするの!?』
『もう疲れたんだ。それに俺がやるべきことは大体やった。後は虚空の宝玉をフィナに任せれば大丈夫だ』
確かにバルグが行動したのは虚空の宝玉を入手する為だったかもしれないが、いくらなんでもこんな急に任せられてもなぁ……
「バルグ……って今はレンなのね? どうして急に変わったのかしら?」
「僕も聞きたいよ。多分これから起こることが面倒だから僕にやることを押し付けてきたんじゃないかな?」
「ふーん、確かにバルグならありそうね」
『二人してひどいぞ! 俺はただ、レンがこれからの面倒な……じゃなくて大仕事をするべきだと考えて任せただけだ!』
本音漏れてますよ、バルグさん。
仕方ないのでバルグに代わって、フィナと一緒に頂上を目指すことにする。




