37.懐かしい感覚
気づいたら辺り一面真っ暗な所にいた。
そして何の音もしない。
とても異様な所である。
『俺は……死んだのか?』
双竜の奇跡を起こそうとして、大量に出血してしまったんだったな。
あの状況では、無事では済まないだろう。
だからこんな奇妙な所にいるのだ、きっと。
真っ暗闇でここには何もないように見えるが、もしかしたら何かあるかもしれないと思い、俺はとりあえず前に歩いてみることにした。
しばらく歩くと、何やら声が聞こえてくる。
「そこにいるのは誰?」
「バルグっていうんだ、よろしくな。お前は何ていう名前なんだ?」
「バルグ……そうか、バルグなんだ。こんな所で会えるなんて思わなかったよ……」
そう言ってその声の主が立ち上がる。
どうやら人間のようだ。
真っ暗闇なのに、不思議となんとなく形や顔などを見ることができるようなので分かった。
この人間、聞き覚えのある声だし、俺がバルグだと言ったときの返事が何か嬉しそうだったような気がする。
人間、そして俺と親しげに話してくれる者なんて……一人しかいない。
「まさか……レン、なのか?」
「そうだよ、バルグ。人間の姿を見るのは初めてだよね。それに僕も竜のバルグを見るのは初めてだよ」
確かにそうだよな。
俺が知っているのはコボルドの姿のレンだけだ。
でも初めて見るはずの人間の姿のレンも何故かレンだと何となく分かる。
「ずっと一緒に行動してきたのに初対面なんて、なんかおかしいよね」
「ああ、全くだ」
「でも、何でだろう? バルグの姿は初めて見たけど別にそんなに怖くない。むしろ想像通りで安心したよ」
「想像通りってなんだよ?」
「うーん……なんか色々とやらかすだけやらかして、後に残った面倒なことは他の人に押し付ける感じ」
「それってただの悪口じゃないか!」
ハハハと俺達は笑い合う。
長らく待ち望んでいた、レンとの久しぶりの再会。
それに初めて面と向かって話すのだ。
話は弾まない訳がない。
「レンって本当に人間だったんだな! 何か気の利いたジョークを言っていたんだと思ったぞ!」
「あの状況で冗談言える訳ないじゃないか! それにバルグってば僕の言う事を信じてくれていなかったの!?」
「いやいや、冗談だよ、冗談。でもなんだか不思議だな。どうしてここに来てレンは人間に戻ったんだ?」
「どうしてだろうね? 僕もよく分からない。コーボネルドで怪しげな所に連れ込まれたと思ったら、いつの間にか、ここにいたんだ。人間の姿でね」
どうやらレンは白い宝玉に魂が移った瞬間からこの場所にいたらしい。
この場所って一体何なのか?
死後の世界なのだろうか?
謎は深まる。
「ここって不思議な場所だな。死後の世界なのか?」
「どうなんだろうね? 暗くて静かで心が安らぐ場所なんだけど、なんだか物寂しい、そんな場所だよね」
「そうだな。レンはこんな所にずっといたのか……大変だったな……」
真っ暗で静かで何もないこの空間に、ずっと起きて過ごすことを考えると気が狂いそうである。
「確かに何か寂しい、満たされない思いを感じてた。異世界に来たばかりの僕が望んでた、一人になってゆっくり過ごすことができているというのに……」
「レンも変わったんだな、きっと」
「そうかもしれない。バルグと出会ったときはバルグのことを正直鬱陶しいと思ってた。でも、バルグがいない時間を過ごしていると、何だか物足りなくて、生きてるって感じがしなかった」
「生きてる……か。この世界に来てからのレンはほとんどの時間を俺と過ごしてたから、いつの間にかレンにとっても俺が日常の一部になっていたんだろうな」
「も……ってことは、バルグも僕のことをそう思っているっていうこと?」
「当たり前だろ! そう思ってなかったら俺の片翼を捨ててまでレンを助けようなんて思わないさ!」
そう言った俺は左の翼があった所を触ろうとする。
だが、手は空を切る。
どうやら、双竜の奇跡で左翼を失った影響はこの場所でも反映されているらしい。
「そっか……もしかして、それがきっかけで……」
「ん? どうしたんだ?」
「僕の背中に何か大きな翼が生えてきたんだよね。もしかしてこれって……」
そう言ったレンは大きな翼を広げた。
人間の姿であるにも関わらず、その背中に大きな翼が生えているのは何だか不思議だな。
レンと再会したときには、レンと話すことに夢中になって気づかなかったが、確かにその翼は俺が捧げた翼とそっくりだった。
「なんで左翼だけ生えてくるのか疑問だったんだけど、これで解決したよ」
「そうか……俺が捧げた翼はレンに受け継がれたのか……」
かなり予想外の出来事であった。
だが、あり得ないことではないだろう。
双竜の奇跡で作り上げる体は捧げられるものによって構成される。
例えば、俺やジールダースの鱗と角だ。
それによって、竜人族の体は、天竜と地竜の特徴が混じったような鱗をしていたし、角は片方が天竜のもの、もう一方が地竜のものになっていた。
となれば、俺が切り捨てた翼が捧げものになっているならば、竜人族の体にその翼が生えるだろう。
「でも、せっかく翼があるのに飛べないのはもったいないよね……」
「飛べるさ、レンと一緒なら」
「バルグと一緒?」
「ああ。確かに俺とレンはそれぞれ一人だったら片翼しかないかもしれない。でも二人一緒なら、左翼と右翼、しっかりと両方の翼がそろうだろ?」
「うん、確かにそうだね。二人で一人……なんか赤い宝玉状態のバルグと一緒にいるときみたい」
「確かに今の俺は体を得たが、その関係はこれからも変わらないさ。レンができないことは俺がやるし、俺ができないことはレンがやる。それでいいだろ?」
「そうだね。これからもよろしく、バルグ!」
そう、俺とレンの関係は持ちつ持たれつの今までと変わらない関係なのだ。
二人だからこそ、一人ではできないこともなんとかやっていけることは多いだろう。
つらいことがあっても励まし合って乗り越えていけるのだ。
「まず、考えなきゃいけないのはここからどう脱出するかだな」
「それについてなんだけど……多分ここの空間をひたすら上に飛んでいけばいい気がする」
「どうしてそう思うんだ?」
「この空間の上の方からバルグの声や思いがかすかに伝わってきたし、何だか温かみを感じたから。自信はないんだけど……」
「いや、レンがそう言うなら、きっとそうなんだろう。分かった。じゃあ一緒に上を目指そうじゃないか!」
「うん……そうだね!」
俺の左手とレンの右手をつなぐ。
そうして息を合わせて、俺の右翼とレンの左翼が力強くはばたく。
俺とレンの呼吸が一瞬でもずれてしまったら空中でバランスを崩して飛べなくなってしまう。
一瞬たりとも気を抜けない。
だが、飛ぶことに失敗することは俺には考えられなかった。
だってもう一つの翼を預けているのは、ずっと一緒に過ごしてきたレンなのだから。
しばらく無言で俺とレンは飛び続ける。
何となくだが、徐々に周囲が明るくなってきた気がする。
そしてついに……
「ひかり、光が見えてきたよ!」
「もう一息だ。頑張ろうじゃないか!」
こうして俺とレンは光の方へと飛んでいった。
目をあけると、そこは洞窟の中であった。
地竜の洞窟にいるということだろう。
ということはつまり、俺はまだ生きているということか?
そして体に違和感がある。
自分の体を見ると、天竜と地竜の鱗が混じったような鱗で覆われている。
それに体長もずいぶんと小さくなっているようだ。
まるで竜人族の体のようだ。
レンがそうなっているなら分かるが、なんで俺がそうなっているんだ?
色々と疑問は尽きない。
考え事をしていると、近くから声が聞こえた。
「バルグ、おかえり」
振り向くと、そこには竜人族の姿をしたレンが微笑んでいた。
ここは地竜の洞窟である。
夢じゃない、間違いなくレンは生きている。
未来は変わったのだ。
俺の苦労は報われたのだ。
その事実に俺は感無量になり、思わず涙が溢れる。
「体は別々になったことだし、これでバルグも居候生活できなくなるね」
確かにそうだ。
レンと話せるのは嬉しいが、それはそれで寂しいな……
それに面倒な事とかも自分でやらないといけないしさ。
でも本当にそうなんだろうか?
何しろ今の俺とレンは瓜二つの姿をしている。
同化しても不思議じゃないんじゃないか?
そう思った俺は念じてみた。
『レンの体に入れますように……!』
すると、俺の体は消え、レンと同化した!
作戦成功である!
いや、作戦なんて大層なものではなく、単なるその場の思い付きに過ぎないのだが。
俺の体とレンの体がまるで瓜二つだからもしや一体化くらいできるんじゃないかと思ったのである。
その予想は見事に当たったようだ。
これでこれからもレンの体に居候生活ができる、しめしめ。
『バルグ、これってどういうこと?』
『いや、俺もよく分かってない。だが、別に問題ないだろう? 俺達は二人で一人なんだから』
『そんなことふざけたこと言ってると、コンビ解消するよ?』
『いや、悪かった! ちょっとふざけすぎた。それだけは勘弁してくれ!』
色んな事があったが、何はともあれ、俺はこれからもレンの体と融合して居候生活できる。
だが、赤い宝玉で融合していたときと違って、多分今の融合には強制力がない。
恐らくだが、レンが拒絶した途端に俺は外に放り出されてしまうと思う。
居候生活をできるだけ満喫するためにも、もうちょっと言動に気を付けないといけないと思うのだった。




