23.汚泥族(スラッジダート)
歩いているうちに見つかった川の上流の方へ歩いていくと、先に村のようなものが見えた。
「あれが、私達の村、ミ・ザーカ村です」
「あれがアクアリザードの村か。なんか、川の上に家があるみたいに見えるが錯覚か?」
「いえ、川の上に家をつくっているのです。私達は水中にいる時間を確保する必要があるので、家の中から直接川に飛び込めるように川の上に家を作っているのです」
「家の中から川に直接飛び込むってどういう訳だ?」
「ふふ、実際に入ってみれば分かりますよ」
そんなやり取りをしているうちにミ・ザーカ村に着いたようだ。
ミリーナ達の案内で俺はアクアリザードの長の家に招かれた。
村長の家は木で作られていて、落ち着いた雰囲気となっている。
だが、村長の家には変わった所がある。
家の中央に穴が空いており、川が見えるのだ。
どうやらこの穴があることによってアクアリザードは家の中から川へ直接飛び込めるらしい。
そんなことしたら帰ってくるとき家がすごい濡れてしまって不便そうだと俺は思うのだが、まあそういう文化なのだろう。
「おぬしがワシらを救ってくれるというランドリザードか?」
「まあ、そういうことになるな」
「そうか、ではまず水の汚染に関してワシらの知る限りを教えよう」
おほんと咳払いをする村長。
そしてその後、事情を話してくれることになった。
村長の話によれば、
・川の汚染は十年位前から始まっていた
・数か月前から急激に水の汚染がひどくなり始めた
・このままいくと川の水に浸ることすらできなくなってしまう
とのことだった。
「でも、見た感じそんなに川の水が汚れているようには見えないが?」
「実は応急措置として汚染物質が流れてくる川の水を私達が使っている川に流れ込まないようにしたんです」
「応急処置ということは、一時しのぎにしかならないということか?」
「その通りです。実際、徐々にではありますが、汚染された川の水を塞いでいる土砂の部分が汚染し始め、私達が使っている川も汚染が始まってしまっています」
確かに汚染物質が流れてくる川の水を遮断すればアクアリザード達が使う川は汚染されにくくなるだろうが、それだと遮った汚染物質を含んだ水はどこに流れていくのか気になる。
「そうか。でもそうすると隔離した汚れた川の水はどこへ向かっているんだ?」
「ここから北にある腐敗の地ブロドーアってご存知ですか? そこに腐敗した水が溜まっていっているんです」
腐敗の地か……なんか近づきたくないような場所だな。
「とりあえず原因を突き止める必要があるな。汚染物質の発生源がどこか分かるか?」
「はい。ご案内します」
俺は村長にかっぱから借りた禊の聖皿を貸して、しばらくアクアリザード達にはそれでしのいでもらう。
そして俺とミリーナ含む数人のアクアリザードが汚染発生源へと向かうことになった。
俺とミリーナ達は汚染発生源へと向かっているのだが、ミリーナ達は川を泳いで移動するようだ。
「川は汚染されているから、泳がない方がいいんじゃないか?」
「いえ、この川程度の汚染ならそれ程問題ではありません。それに、泳げるうちに泳いでおかないと体が乾いてしまって調子が出なくなってしまいます」
どうやらアクアリザードは体が濡れている方が調子良くなるらしい。
原理はよく分からないが、そうしたいのだったら特に止める必要もないと思い、口ははさまないことにする。
しばらく進んでいると、地面が少し変色し、でこぼことしてきた。
「なんか足場が悪くなってきたな」
「それだけ地面に毒が含まれて脆くなっているということです。汚染物質の川を隔離した場所までそろそろたどり着きますので、私達も陸にあがるとしましょう」
言葉を交わした後、ミリーナ達は陸にあがり、再び汚染発生源へと向かった。
しばらく歩いて行くと、汚染物質が流れている川の近くまでたどり着いた。
汚染物質が直接流れ込んでいる川は見ただけで汚れていることが分かる程のものだった。
どす黒く、所々に泡が発生している。
それにツンとする異臭もする。
「なんか気持ち悪くなるな、ここ。さっさと問題を解決させねえと……」
「そうですね。でも、汚染物質に近づくほどさらに臭いはきつくなりますからご覚悟を……」
「さらにきつくなるだと!?」
ミリーナによればこれ位の臭いはまだまだ序の口らしい。
正直これ以上の臭いは耐えられそうにないが、それでは汚染の原因を突き止めることができなさそうだ。
仕方ないのでここは魔法を使うとする。
「空気調整!!」
俺がそう唱えると、俺の周りの空気が浄化され始め、臭いがだいぶ抑えられた。
この魔法は自分の周囲の空気を浄化するものだ。
周りの空気のひどさを緩和するだけなので、臭いを完全にシャットアウトする訳ではないが、使わないよりはだいぶマシだろう。
悪臭を緩和しつつ、発生源へと向かっていると、先に何やら黒い巨大な物体が目に入った。
その物体から臭いが発生しているように感じる。
「一体何なんだ?あの物体?」
「私達もここまで近づいたことがないのではっきりとは分からないのですが、おそらく汚染物質から汚泥族が誕生したのだと思います」
「汚泥族……生物なのか?」
「ええ、そうらしいです。ただ、実際どういう存在なのかはよくわかっていません」
確かに俺もそれなりに故郷で本を読んできたが、汚泥族に関する記述は見かけなかった。
多分こんな臭い連中に関わろうとする物好きな人はそうそういないということだろう。
「厄介な相手だな……」
そう愚痴をもらしながらも、汚泥族らしき巨大な物体と対峙する。
巨大な黒い物体にさらに近づくが、どこにも目や口らしきものは見当たらない。
本当に生物なのだろうか?
そして近づくにつれ、悪臭が次第に強烈になっていく。
魔法で悪臭を緩和しているとはいえ、それでも臭くて不快な気分にさせられる。
魔法を使っていない状態では、あまりに強烈な悪臭によってすぐに倒れてしまうだろう。
「近づいたはいいが、どうしたものか」
「そうですね。浄化するような光属性の魔法があるといいのですが……」
浄化する光属性の魔法―――神聖魔法のことだろう。
神聖魔法は人間の聖職者が得意としている魔法であり、魔物である俺達には無縁の魔法である。
俺にかかればそういう魔法も使えなくはないのだが、この魔法、魔物に使うとダメージを受けるのだ。
例え俺自身が使ったものであってもだ。
だからあまり使う気が起きないんだよな……
「とりあえず、光属性に変化させた魔法を放ってみるか」
そう俺はつぶやく。
方法としてはレンがやっていたように属性変化魔法を使った後に適当な魔法を使えば済むことなのでそんなに難しいことではない。
まぁ、本当はそのコンボは魔力の消費が激しいので多くの人は使わないものなのだが。
俺の力の恩恵を受けていたレンにとってはそんな魔力の消費を気にする必要はなかったのだろう。
もちろん、俺自身も多少の魔力の消費は全く問題としない。
「光変化! 炎熱大砲!」
光の塊が猛烈な勢いで黒い物体に向かっていき、黒い物体に巨大な穴を開けた。
「「やったか!?」」
そうアクアリザード達が言う。
しかし、穴をあけた部分の物体は黒い物体から一時的に離れたものの、しばらくすると黒い物体の方へ戻って修復していき、攻撃を受ける前の状態に戻ってしまった。
「なんという生命力だよ!? これじゃ攻撃してもきりがないぞ!?」
「やはり、神聖魔法でないとあのヘドロを消し去ることはできないのでしょうか……」
反撃とばかりに黒い物体はヘドロを弾のようにして打ち出してくる。
俺達は必死に避けようとするのだが、アクアリザードの一人が被弾してしまう。
「ぐわぁ!」
そう叫んで倒れるアクアリザード。
ミリーナ達は水を吐き出してヘドロをすぐさま洗い落したのだが、被弾したアクアリザードの体は少し腐食してしまっていた。
少しでも相手の攻撃に当たってしまうとこちらは致命傷となり得る。
とても不利な戦いであることは明白だった。
何しろ相手に関する情報が少なすぎる。
どうすれば倒せるのか、どんな攻撃をしてくるのかも分からない。
でもこのままでは本当に一方的にやられてしまう。
状況を打破する方法を考える。
光属性に変化をさせて放った魔法でも全く効果がなかったということは、やはり神聖魔法でないといけないのか?
それとも攻撃する場所が悪かっただけなのか?
『俺達に心臓があるように、あの物体にも核となるなにかがあるはずだ。おそらくその核を消滅させることができれば……』
でもその前にあの物体の一部でも消滅させないと核がどこにあるかも見当がつかない。
まず、あいつにダメージを与えられそうな神聖魔法を試してみるとするか。
「お前達、俺から離れろ!」
「いきなりどうしたのですか?」
「とにかく離れてくれ、怪我するぞ!」
俺はそう言い、アクアリザード達を俺から遠ざける。
「聖光球!」
俺の手から輝く球が放たれると同時に俺の体も光によるダメージを少し受けた。
神聖魔法は自分が使った場合でも自分を含む周囲の魔物にダメージを与えるのである。
俺の体は頑丈で生命力があるから微々たるダメージで済んでいるが、周りのアクアリザードでは大怪我をしてしまう可能性がある。
なのでアクアリザードを俺から遠ざけたのだ。
俺が放った魔法によって黒い物体の体の一部が消滅する。
そしてしばらく経っても消滅した部分が元に戻ることはなかった。
『神聖魔法なら効果はあるみたいだな。対処法が分かれば後は簡単だ。まあ、神聖魔法なんてものは本当は使いたくなかったんだがな……』
その後、俺が神聖魔法を連続して使用することによって黒い物体はどんどん小さくなっていく。
すると次第に川も浄化されていって悪臭が弱まっていった。
しばらくすると、いつの間にか川は青く染まっていて、汚染がほぼなくなっていた。
後は目の前にいる30cmほどの黒い物体を排除するのみ。
「さあ、これでとどめだ!」
そう言って魔法を放とうとするのだが……
「チョット マッテ!」
「へ? 誰の声だ?」
「アナタノ メノマエ ニイル モノ デス!」
目の前にいる者?
目の前には―――黒い物体しかないんだが。
「黒い物体がしゃべっているのか……?」
「ソウデス。ソレガ ワタシ デス」
ただの黒い物体だと思っていたが、攻撃もしてくるようだし、生物だったようだ。
でも話せるとは驚きだ。
「ワタシノセイデ ミンナ メイワク シッテマス。デモ カラダ オオキクナル、オサエラレナイ」
どうやら話を聞いていくと、
・黒い物体の名前はヘドド
・今いる場所でヘドドは生まれた
・川の上流から流れてくるものによって体が活性化して巨大化していった
・ヘドドの体が大きくなるにつれて川がより汚れるようになった
・ヘドドは自分の体を制御できなくなってしまった
のだという。
「モウ メイワクカケナイ カラ ミノガシテホシイ」
そうは言ってもなぁ……
確かに今の状態であれば川も汚れなくてよいのだが、ここにずっといられるとまた肥大化して川が汚れてしまいそうだ。
「お前にその気がなくても、ここにいたらまた肥大化してしまうだろ?」
「デハ ワタシハ ココノカリュウニアル ブロドーア ニイキマス」
ヘドドによれば、ブロドーアに行けば元々汚れているブロドーアが少し位汚れるくらいで迷惑をかけることは少ないのではないかとのこと。
ミリーナに聞いてもヘドドのいう事は間違っていないとの認識だった。
なのでヘドドがブロドーアに行くことを条件に見逃すことに決めた。
「見逃していいのですか?」
「まあ、ヘドド自身は悪いヤツじゃなさそうだし、問答無用で倒してしまうのも可哀そうだと思ったのさ」
周囲に悪臭が生まれてしまうというのはヘドドに悪意があったからではないしそのことで責めるのも酷だというものだ。
それよりも問題は……
『川に汚染物質を流しているヤツだな……』
川に汚染物質を流されなければヘドドが生まれることもなく、川が汚染されることもなかったのである。
「俺は汚染物質を流しているヤツを突き止めようと思うんだが、お前達はどうする? もう、川が大きく汚れる心配はないと思うが」
「いえ、折角ですから最後まで汚染の原因は掴みたいと思います」
「そうか。長くなっても知らないからな!」
こうして俺とミリーナ達は汚染物質を流している者を明らかにするためにさらに川の上流へと向かうのだった。




