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雨天結構  作者: 一石楠耳
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起・目の前に誰もいないのにもかかわらず、土下座をしている格好になる

 タップダンスを思いっきり踏んでやった。

 前の家ではタップダンスを踊ると、下の階の住人が文句を言いに来て、揉めたりもしたもんだ。なので今度は一階に引っ越した。

「一階にしてください」

 それだけを不動産屋に告げて今の家を探したので、まあそこそこに、引越しは早く済んだ。


 僕は別にタップなんてうまく踏めなかった。テレビで見た、黒人のおっさんのタップダンサーがとても格好良かったので、それを真似して靴をガチャガチャ踏み鳴らしているだけのことだった。

 本当は黒人のおっさんが、タップを踏んだ後に「どうだい」と言わんばかりに、白い歯を見せてにかっと笑うのが一番格好良かったけれど、それを真似するのは僕にはもっと難しかった。なので、タップを踏んでみたということになる。

 土足じゃないよ。ちゃんと、室内用の靴を買ってきて、タップの時にはそれを履いて踊ってるんだ。

 外は相変わらずの雨だし、僕にはタップダンスがお似合いだと、自分で勝手に思っていた。

 タップを踏むことを考えて家を探したので、床はフローリングだ。じゅうたんでは良い音がしなさそうだと、僕なりにタップについて考えたからだ。

「床は硬いフローリングで」

 あ、そっか。不動産屋に出した注文はひとつじゃなかったか。


 踊っていたら、フローリングの床から、声がした。

「ねえ、いいかげんにしてくんない」

 ここは一階なのに、床下から声がして、僕は大層驚いた。

「いいかげんにしてくんないって、言ってるでしょ」

「ええと、すみません」

「謝れば良いってもんじゃない、下のもののことをよく考えてタップを踏んでよね」

「はい、以後改めます」


 ……ザアー。


「ええと、誰ですか?」

「もぐらだよ」

「はい?」

「もぐらだよ。一階の下から声がしたら、もぐらに相場は決まってるだろう」

「はあ」

「ああ、それと」

「もぐら?」

「ここ最近、大雨が降ってる。あれもどうにかしてくれないと困る」

「土竜ですか?」

「漢字で呼ばないでくれる」

「ああ、はい」

「それで雨のことだけど。掘った穴がね、穴じゃなくて井戸になるよ、これじゃ」

「穴と井戸って、そんなに違うものですか」

「そりゃ違うよ。一文字だったのが二文字になるし」

「あな。いど。同じですね」

「そりゃひらがなで考えてるからだよ。漢字で考えてみてよ」


 ……ザアー。


「ああ。あーあー」

「ほら、漢字で考えればわかるでしょ」

「……あっ」

「今、“土竜”って頭に浮かんだでしょ」

「すみません」


 僕は床に手をつき、この下にいるというもぐらに頭を下げた。

 傍から見ると、目の前に誰もいないのにもかかわらず、土下座をしている格好になる。

 しかし部屋には、靴を履いてタップを踊った僕がいて、それ以外はもぐらの声が響いているだけだったので、この失態は誰にも見られることがなくて済んだ。


「穴が井戸になると、井戸端会議が始まるんだよね。あれがなんともさ」

「ああ、ありますね」

「主婦が集まるんだよ」

「へえ、何人ぐらい?」

「四人ぐらいかな。今ちょっと、タメ口っぽくならなかった?」

「すみません」


 僕は二度目の土下座をした格好になる。

 もぐらが言うには井戸端会議は、憶測混じりの噂話が一方通行で延々垂れ流され、聞いている側も聞かせている側もそれが何なのかよくわからないまま声だけが続くという、「いわば架空の仏教の読経のようなもの」で、あまり関わりたくない行為なのだそうだ。

 僕はその話を聞きながら、壁に飾ってあったキング牧師のポスターのはがれた部分を、おろしたてのセロハンテープで止めていた。


「それにね、こっちは地下なわけ。言い換えれば地底なわけ」

 僕は、フローリングの床のもぐらの声のする辺りに、ばってんにしたセロハンテープを貼ってみた。

「地底にはもぐらのホールがあって、これはダジャレでモールホールって呼ばれてるんだけど、とにかく残響音がすごいんだ」

「大変ですね」

「だからとにかく、タップも雨も井戸端会議もやめてくれないか」

「はい、以後気をつけます」

 もぐらの位置はもう少し右のようだ。僕は、ばってんのセロハンテープを慎重にはがして、少し右に張り替えた。


 話を終えた僕はネットで雨乞いの儀式を調べて、みようみまねでそれを実践してみた。途中からただのタップダンスになっていたかもしれない。

 するとまたたく間に豪雨が降り注ぎ、翌日には床上浸水をしてしまった。僕はニ段ベッドの上のほうで寝た。

 ばってんになったセロハンテープが、水に浮かんでいる。

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