VS.悪友
「一総!」
家を出て10メートルほど走ったところで、俺は腕をつかまれ引き止められた。一総って誰?人違いじゃないですかぁ~?と俺は引き止めた人物を確認する。
「誰って一総はお前だろ?さっきから何回も呼んでるのに無視しやがって。それより慌てて出てきてどうしたんだ?家でなんかあったのか?」
茶色い髪に鋭い目つき。そこにいたのは見なれた悪友、翔だった。慰めるように俺の頭をそっと撫でている。いつもよりなんとなく扱いが丁寧な気がするがいつも通りのその容姿に思わず縋りついた。
「どぅあっ!」
「翔!聞いてくれよ!俺、俺…。」
俺の勢いに翔が奇声をあげるが気にしない。俺は翔の姿を確かめるようにその身体を抱きしめて、言葉に詰まりながら必死に状況を説明しようとする。しかし俺の言葉は翔の次の行動によって飲み込まれた。翔が俺をぎゅっと抱きしめてきたのだ。
痛いくらいに思いっきり抱きしめられて息が詰まる。く、苦しい内臓が飛び出る。…か、翔くん?力抜いてもらっていいかな?
「一総。やっと俺の気持ちに応えてくれる気になったのか?」
へっ?何言ってんのこいつ?それより首筋に顔をうずめるのやめてくれません?鼻息荒く匂いを嗅ぐのもやめてください!キモイ!鳥肌立つだろ!
「ずっとお前を見てきた。でも一総は全く気付いてくれなくて…。いつもそうやって焦らしてたんだろ?お前がオレに向き合ってくれる日を待ってた。俺、やっと報われたんだな。」
いや、勝手に盛り上がってるとこ悪いけど、俺には何がなにやらさっぱりよ?
そう思っていると徐に翔の手が顎に掛けられ顔を上向かされる。その鋭い目にはいつも雅に向けるような熱がこもっていて、俺は知らず知らずのうちに身体をすくませた。何だ?コレ…。
「一総…。」
そういいながら迫ってくる顔。いやいやいや。ちょっと待て。こいつ今何しようとしてんの?キス?俺こいつにキスされんの?
必死に逃げようと身体を捩るも、片腕が俺の腰をがっちり掴んでいて外れない。女ってこんなに非力なの?まじ、やめっ!
「城戸!お姉に何やってんだ!」
間一髪のところで俺を庇うように間に割ってはいる小柄な体。雅!お前が神か!?さっきは逃げて悪かったよ。翔の方からは小さく舌打ちが聞こえてくる。
「雅じゃん。城戸先輩、だろ。お前こそ邪魔すんなよ。一総がやっとでオレの気持ちに応えてくれたところなんだから。」
雅が後ろを振り向いて目で確認してきた。必死に左右に首を振る俺。何のことだかさっぱりっす。
「お姉は違うって言ってる。」
「一総。またそうやって俺を焦らすのか?」
焦らしてない!焦らしてない!
「いい加減諦めたら?全然男として見られて無いじゃん。」
「お前の方こそ目が腐ってんだろ?一総はこうやって俺を焦らして煽ってんだよ。俺たちは赤い糸で結ばれてるんだからな。」
翔の思考が逝っちゃってるよ!
普段の翔からは想像もつかない冷たい目で雅を睨む。いつも雅に向ける熱い視線はどうしたんだ?なぜその視線は今、俺に向けられているんだ?やめろ!そんな目で俺を見るな!
普段の熱いのか冷たいのか分からない睨み合いが懐かしいぜ。今はすぐにでも殴り合いに発展しそうな絶対零度の睨み合いと化している。
ここは私のために争わないで!とでも言って間に入ればいいんだろうか?無いわぁ~。それは無いわぁ。
めんどくせぇ。ここは逃げるが勝ちでしょ。雅、悪いが後は頼んだ。俺はこっそりその場を離れるのだった。