弟VS.
評価、お気に入りありがとうございます。読んでいただけて光栄です。
弟、雅視点です。
―――現在電波の届かないところにいるか、電源が入っていないため通じません。こちらは……
携帯から流れてくる何度目かの無機質なその声に俺は乱暴に通話を切った。知らず携帯を強く握り締める。繋がらない。最初は繋がったのに!
元凶のメールを思い浮かべる。なぁにが『一馬さんも一緒だから心配ない。』だよ!?そいつが一番危険だっつの!
あの天然ドジッ子!ホイホイホイホイ変態についていきよって!よりによって一馬さんかよ!最悪のロリコンストーカーじゃねぇか。
そもそも今日のお姉はどこかおかしかった。朝っぱらから自分の乳揉んでるし、話し方は男みたいだし、仕草もなんだか豪快だ。それになんていうかいつもより慎みが無い?ついでにいつもより隙も多い気がする。
忘れていった弁当を届けに昼休みにお姉の教室へ行ったら大股開いて寝てたことを思い出す。今にもパンツが見えそうだった。あの時ちらちらとお姉を見ていた男子は俺のブラックリストに登録されている。
相澤一総という俺の姉は大変に手のかかる姉だ。つやつやの黒髪に小さな顔、長い睫毛に覆われた少しつり気味ではあるがパッチリと大きな目、通った鼻筋に桜色をした形のいい唇。それに加えて出るとこ出て引っ込むとこ引っ込んだ見事なプロポーションと、黙っていれば硬質な雰囲気漂う高嶺の花の完璧な美少女。
だがそれは外見だけ。中身は信じられないドジッ子で何も無い場所でこけるし、すぐ物にぶつかるし、忘れ物や落し物の量もハンパない。一度学校に鞄を忘れてきたときは愕然としたものだ。鞄を取りに学校まで付き合わされたが、どうしてそんなものを忘れられるのか俺には理解できない。
これがギャップ萌えというやつだろうか。容姿だけ見ると他者を寄せ付けない完璧な美少女である姉の、予想を裏切る気取らない気さくさとドジっぷりに大概の男は落ちる。男の庇護欲をそそるのだ。
そんなお姉を男どもの魔の手から守るのが昔から続く俺の役目だ。姉のあまりのドジッぷりに心配した母さんに頼まれたのもあるが、俺が守らなきゃこの人はあっという間に変な男に捕まるだろうと危機感を持ったのが最大の理由。ロリコンストーカーに粘着質なドM野郎。次々と現れる変態にそれは危機感も持つというものだ。変態を兄に持つのは嫌だ。
そんな理由で俺は姉に近づく男を篩いにかけることにしている。俺の眼鏡にかなわなかった人間には時には精神攻撃で、時には肉体言語で、丁重にお引取りいただいている。一部しつこい連中はいるが今のところ俺の眼鏡にかなった人間はいないのが現状だ。
昔友人に「そんなことしてると一生彼女が出来ないぜ。」とか何とか言われたことがあるが――結局そいつもお姉を狙う裏切り者だった。下心満載な忠告だったわけだ――余計なお世話だ。はぁ、どこかに姉を預けるに足る人間はいないものだろうか?目下の俺の悩みである。
おっとこんなこと考えてる場合じゃない。不本意だがとりあえず助っ人に城戸を呼ぼう。一馬さん相手に俺だけでは分が悪いからな。俺は携帯のアドレス帳を呼び出し電話をかける。延々と続くコール音に苛々が募って来た頃、電話口から城戸の不機嫌な声が聞こえた。
『…はい。』
「遅そい!さっさと出ろ!」
『うるっせえ!俺だって都合ってもんがあんだよ!』
「どうせお姉の抱き心地を思い出していかがわしい妄想してるか、お姉に虐められるところを想像してハアハアしてるかだろ?この変態!」
『バっ…そ、そんなこと…し、してねぇよ!』
おい、何故そこでどもる?まぁいい。いやよくは無いが、今回だけは見逃してやる。今は非常事態なのだ。
「おい。変態ドM。今すぐ出られるか?」
『Mじゃねぇ!俺はいたってノーマルだ!』
お前がノーマルだったら世の中の殆どの変態がノーマルになるっつの!
『てか嫌だよ。なんで俺がお前に呼び出されにゃならんのだ。』
「お姉がまだ帰ってないんだ。一馬さんと一緒にいるみたいなんだけど…。」
そこまで言ったところで電話の向こうで大きな音がした。何かにぶつかったようだ。
『お前!それを早く言え!今家だな?5分で行く。ちょっと待ってろ!』
そのままぶちっと電話を切られる。これで城戸は来るだろう。あんな奴でもいないよりはましだ。お姉、頼むから無事でいてくれよ。
城戸を待っている間に念のため一馬さんの家を訪ねてみる。やっぱりいないか。
おばさんに行方を聞くとコタローの散歩にも行かずに血相を変えてどこかへ出かけて行ったらしい。…お姉に何かあったのかもしれない。一馬さんが慌てるとこなんてそれくらいしか思いつかない。
あの人はお姉の持ち物に盗聴機を仕掛けてる節がある。証拠は握っていないが絶対にそうだ。じゃなきゃお姉の一日の行動をあんなにも事細かに知っているわけがない。下手したら家の中を盗撮されてるかもしれない。生活を覗き見られてると思うとゾッとする。証拠を掴んだら絶対に警察へ突き出してやるからな。盗聴、盗撮は犯罪ですよ。
何はともあれ俺はおばさんからコタローの散歩の代行を引き受けて自分の家に戻ってきた。
しばらく待つと息せき切った城戸がやってくる。
「遅いよ、城戸。さっさと行くよ。」
息が整うのを待っている間も惜しい。すぐに追いつくだろう、と俺はコタローを促して足早に歩き出した。
「先輩をつけろ。」
「はいはい、センパイ。わりと緊急事態なんで早くしてもらえます?」
あせって追いついてきた城戸センパイにそんなことを言われる。面倒くさい人だな。
「で?あてはあるのか?」
「コタローに案内してもらう。」
自分の名前に反応したのかコタローが一声吼えた。尻尾を振ってご機嫌な様子だ。このバカ犬ホントに分かってるんだろうか?ただ散歩に行くわけじゃないんだぞ?お前の主人を探しに行くんだからな?……不安だ。
しばらくコタローの行くに任せていると公園に差し掛かったところで、耳をピクッと反応させて大きく吼えた。ここか!
「お姉!いるのか!?」
公園の入り口で叫ぶと城戸に目配せをして中に踏み込む。コタローのリードを離し見失わないように後を追った。城戸の方が足が速いのがむかつく。
しばらく走るとコタローが待ての姿勢で立ち止まった。ぶんぶんと音が聞こえそうなほど尻尾が振られていて今にも千切れそうだ。
コタローがいるのは池のほとりにある生垣の向こう。人目につきにくいその場所に嫌な予感がする。早く動けよ!俺の足!
「一総!」
俺が見つけるより一足早く城戸がその現場を目撃した。制服を乱され殆ど半裸のお姉がぐったりと一馬さんに抱きかかえられていた。一馬さんは俺たちに見せ付けるようにお姉の肩に口付けると目を眇めてこっちを見た。
あまりの光景に一瞬にして血の気が下がる。手足が冷たい。身体がフワフワする。頭が真っ白に塗りつぶされた。しかしすぐに怒りで目の前が真っ赤に染まる。一瞬止まった時間が動き出す。
「お姉!」
俺が怒りに任せて殴りかかる前に城戸が動いた。大きく空振る拳。……おい。何やってんだよ。そこは殴り倒すとこだろ。使えねぇな。
しかし一馬さんがその攻撃を避けた拍子にお姉への拘束がゆるんだ。その隙を突いてお姉を自分の腕の中にかくまう。手早くお姉の制服を整えると、自分の羽織っていたパーカーを上から着せかけ、その身体を確かめるように抱きしめた。このバカお姉!やっぱり危ない目に遭ってんじゃないか!
「お姉?」
そっと話しかけると焦点のあってなかったお姉の目が俺を視認する。
「み…やび…。」
掠れた声で俺の名前を呼ぶと胸に顔を押し付けくる。ガタガタと震える細い肩にたまらなくなる。ポンポンと子どもをあやすように背中を叩いた。
「もう大丈夫だからな。」
そう言いながら視線を一馬さんの方に移す。一馬さんは眼鏡の奥の瞳を怒りと嫉妬にギラギラと光らせ、それだけで人を殺せそうな視線をこちらに向けていた。お姉は俺が守る。俺はその視線を受け止め射るような視線を返した。
鞄のくだりは実は作者のやらかしたことだったりします(笑)忘れたのは学校ではなく家にでしたが。小学生の頃で集団登校の集合場所で気付いたので事なきを得ました。何しに学校へ行くつもりだったのかwww




