しにたがりやなあんさつしゃと、ころさずのそうぎやさん さん
※多少なりとも、話によっては流血表現がある場合もあります。
そういった話が苦手な方は、閲覧を控えられる事をお勧めします。
「……こりゃ、案外嘘じゃねえかもな」
集まって出来た人の垣根。暴走した馬を宥める御者。そして、騒ぎを聞き付けた警官に事情を聞かれる男と相棒を眺めながら、フネラルは小さく呟いた。
◆◇◆
それは、モルテ達がその街に着いて、数分後の出来事だった――。
「頼む、俺を殺してくれ」
「…………」
カフェの一角。さて次の仕事はどう入手しようかと、フネラルとモルテが相談している時だった。身形のまま良い、人当たりの良さそうな笑みの男に、そう言われたのは。
血の香りは血を呼び寄せる。誰が言った言葉かと苦笑するフネラルの真向かいで、モルテが相変わらずの無表情で問う。
「……唐突だな。死にたいのであれば、自害すればいいだろう」
「モルテちゃん、それ、説得力ないよ?」
死にたがりな彼女の性格を良く知るからこそ、ツッコミを入れるフネラル。だが、それをモルテは華麗に無視する。
そんな事情を知らぬ男は、大袈裟に肩を竦めた。
「死にたくても死ねないんだ。僕は、『幸福』過ぎるから、ね」
「………………」
「幸福過ぎって……」
無言で呆れるモルテと、口にして呆れるフネラル。それでは理由が伝わらないと理解したのか、男が口を開いた。
「……信じられないのも無理はないよ。けど、本当の事なんだ。
僕がまだ幼少の頃、僕を毒殺しようと用意された菓子を祖父が食べて死んだ。
小学園へ入学して数日後、金持ちだから気に入らないと屋上で苛められていた僕を、まだ名前も知らぬ教師が庇って屋上から転落死。
中学園では、林間学園中に共に川で遊び、溺れた友人に助けられたけれど、彼は溺死。
高等学園では、僕を逆恨みした女の子に襲われかけたけど、他の女子生徒が盾になってくれたお陰で命拾い。その子はナイフが内臓まで届く深い刺し傷のせいで、出血死。
大学園も、うちの家業を受け継いだ後も、教授や使用人に庇われ、僕はのうのうと生きてる。怪我、一つ負わずにね。
勿論、自殺も考えた。首吊り、リストカット、飛び降り、放火……。色々試したけど、全て縄が切れたり刃物が切れなくなったり、下で人に受け止めてもらったり燃え広がる前に消化されたり……。何一つとして、上手くいかなかった」
「………………」
モルテは、ただじっと瞳を閉じてそれらを聞いていた。そして、
「……何故、そこまでしてお前は死にたいのだ」
開いた緋の瞳が、男を捉えた。
隣で、うんうんとフネラルが頷く。
「確かに。そこまで守られてりゃ、逆に生きようって気になるんじゃねえのか?」
「はは、スコップの御仁の言う通りだよ」
けどね、と青年は苦笑を悲しみへと変えた。
「もう……僕のせいで誰かが死ぬのは、見たくないんだ。僕はさっき、自分を『幸せ過ぎる』と言ったけど、けれどそれと同等に『不幸過ぎる』人間でもあるんだよ」
「……不幸過ぎる、ねぇ」
ひくり。フネラルの口元が、眉が、不愉快そうに揺れた。その後どうなるか、何を言い出すのか。長い付き合いで学んだモルテが、先に口を開いて封じる。
「……なら、何故私達に声を掛けた。殺人なら、そこいらの破落戸に頼めば良いことだろう」
「さ……、はは、お嬢さんは随分大胆だね」
小さく笑う男を、此方は小さく睨んだ。
「生憎、まどろっこしい事は苦手でな。それで、問いに答えて貰おうか」
「あーそうだったね。まぁ早い話が、いないんだ、この街には。そう言った輩がね」
「へー。そりゃ平和なこってー」
まるで、『諦めろ』と言わんばかりに投げ遣りなフネラルに、男は苦笑。
「はは、まあこの街に住む人にとっては良いことなんだろうけれど、ね。だから、貴女方に声を掛けたんだ。お嬢さんの方は、腕の立つ剣士とお見受けしたのでね」
「…………」
沈黙するモルテ。人殺しは、正直嫌いだ。だが、死神たる自分にはこれしか取り柄も、生きる道もない。
ちらりと、隣のフネラルを伺う。小さく、しょうがないと言わんばかりに頷く彼に、溜め息。
「……このスコップ変態からの了承が出た。その依頼、受けよう」
「ちょ、だから変態はいらないっていつも言ってるでしょーが」
ぶー、と唇を尖らせるフネラルは再び無視。そうして、剣を抜こうと手を伸ばし――。
「ど、退いてくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
「「!?」」
刹那聞こえた悲鳴と暴走音に、反射的とも言える動きでその場を跳んで後退るモルテ達。その僅か数秒後、暴走した馬車が正に彼女達が立っていた場所を荒々しく過ぎ去っていった。
そうして、冒頭の光景へと戻る――。
◆◇◆
「ふぅ、誰にも怪我がなくて良かったよ」
警官の事情聴取が終わったのか、やれやれといった様子の男がモルテと共に戻って来た。
不思議な事に、モルテ達の側にいたにも、また暴走した馬車が近距離を通過したにも関わらず、彼は轢かれる事もなくピンピンしている。偶然にしては、運が良すぎる。
ふむと、モルテは思案顔を刻む。
「……やはり、お前の言う通りかも知れんな」
「はは、あまり嬉しくないけれど、信じてくれてありがとう」
困ったように笑う男に、こちらは意地の悪い笑みをフネラルが刻んだ。
「んで、モルテちゃんどうすんだ? この兄ちゃん、殺るの難しそうだぜ?」
「難しい、な……」
その言葉を、ゆっくり繰り返す。意味を、噛み砕くかのように。そうして、口を開いた。
「……難しいのならば、不可能ではない、という事か」
「まあな。ただ、けっこーダメージデカそうだぜ?」
「なら、断るか?」
「んな事したらプロの名が廃るってもんよ」
「……なら、やるか」
「嗚呼」
頷くフネラルに、話が纏まったと理解したのだろう。今まで傍観……というよりも呆然と話を聞いていた男は顔を輝かせた。
「本当かい!? それじゃあ、宜しくたの」
刹那、赤い液体が空に散った。
「あ……え…………?」
呆然とする男と、しかめ面のモルテの間、突然入った女性が静かに倒れた。胸に、素早く抜刀したモルテの刀傷を抱いて。
それを引き金に、地獄絵図が展開された。
気付いた他の女性が、悲鳴を上げる。それに感化されたかのように、あちこちから阿鼻叫喚が上がった。そして、周りの野次馬達は逃げる……素振りなどなく。寧ろ、騒ぎを無視して再び切りかかろうとしたモルテに、我先にと襲い掛かった。
ある男性は、カフェのイスを振り上げ。
またある女性は、巻いていたスカーフで首を締め上げようと襲い掛かる。
背骨が曲がった老婆は、頼りない手付きで杖を振り回した。
乳母車を押していた夫婦は、自らの子供ごと、信じられない速さで乳母車をモルテへ衝突させようと突き飛ばす。
しかし、それらを全て防ぎ、また無慈悲にも彼等の命を、モルテは奪っていった。
イスの男性の喉元を切り裂き、
スカーフの女性の腹を掻っ裂き、
老婆の脳天を杖ごと叩き割り、
乳母車ごと、赤子を串刺しにして……。
広がりゆく赤い海に、男の顔が徐々に、恐怖に歪む。
「や……やめ…………」
掠れ、弱々しい声。しかしそれは、彼等にも、モルテにも届かない。
広がる赤に、高さを増す肉塊の山。漂う血臭に怯む事なく人々は我先にと集い、狂ったかのように――実際その姿は狂気染みているのだが――モルテに襲い掛かる。彼女もまた、自らに降り掛かる火の粉を無慈悲に振り払い、屍を次々に作り出した。
「よぉく見とけ、『幸福』さんよ」
狂気に怯える男の耳に、フネラルの声が届いた。
「これが、お前の望んだ事だ」
「ち、違う……」
「なーにが違うんだ? お前の体質上、こうなる事は明白だったろ?」
クスクス、クスクス。地獄絵図の中に、笑い声。それはまるで、悪魔の嘲笑のようだった。
「お前は、最低な人殺しだ」
「ち、ちが……」
「他者に手を汚させて、それで自分はのうのうと生きて。死にたいけど自分じゃ死ねねえから、他人に殺せと来たもんだ」
「ちが、ちがう……っ」
肉が切断され、血の海に沈む水音に、その弱々しい声は掻き消される。だが、フネラルには辛うじて届いたのか、ひくり、と眉が不愉快そうに揺れた。
「……違うなら、一生否定してろ。この自称『幸福』野郎」
その蔑みの言葉は、視線は、彼には届かないであろう。
ただ違う、違うとうわ言のように繰り返すだけの男と、涙を流しながらも、兵器のように殺人を繰り返すモルテ。その二人の姿を、ただフネラルは悲しげに見つめているだけ。
そうして、
周りに屍の山が高く聳え立ち、
動く者がモルテとフネラル、男の三人になった頃……。
「……ごめん、な」
フネラルはただ静かに、涙するモルテを優しく抱き締め、撫でたのであった……。
◆◇◆
「ん…………」
「お、漸く起きたか」
おそようさんと挨拶するフネラルを横目に、ゆっくりとモルテは身を起こした。
周りを、見回す。そこは血の海が広がる街の一角ではなく、何処かの家屋。家具や間取りから見て、宿屋の一室だろう。
「……どうなった」
短く、問う。勿論、あの依頼主や、彼を守ろうと狂ったように集まった住民達の事だ。外が宵闇に包まれていると言う事は、それだけ長い間意識を失っていたと言う事。実際、数多の人間を殺めたモルテの記憶は、途中でブツリと途切れているのだ。
やれやれと、溜め息の後にフネラル。
「まぁた『死神化』しちゃったのよ、モルテちゃんは」
「…………そうか」
小さく、俯く。そうして、唇に刻むのは自嘲の笑み。
『死神化』。それは、殺戮の日々を繰り返してきたモルテが精神防衛の為に、無意識の内に取ってしまう行動。あらゆる感情を遮断し、自我を殺し、機械のようにただ殺戮を繰り返す。その姿は、無慈悲に命を刈り取る死神のように見える事から、名前同様『死神化』と、フネラルに付けられたのだ。
「……やはり、私は何処に行っても死神なのだな」
「…………すまん」
「? 何故お前が謝るのだ?」
珍しく暗いフネラルに、瞬きを数回。謝罪の理由がわからず、小さく首を傾げた。
「確かに、お前の言葉で依頼を受ける事は決定された。だが、本当に嫌であれば、お前に問わず直ぐに断っている。断らない私も悪いのだ、気にするな」
それにと、モルテは口を開きかけ、そして、何かを思案するように口を動かした。
「ふむ……ああいった時は、そうだな……ありがとう、と言うべきなのか?」
「…………はい?」
今度は、フネラルが瞬き。意味がわからない、と言わんばかりの彼に、モルテは小さく笑った。
「……わからぬなら、それでいい」
「ちょ、俺に隠し事!? 母さんそんな子に育てた覚えありませんよっ!?」
「……似たような惚けを繰り返す男が女だった記憶もないがな」
「ひどっ!! そんな冷たい事言って……お父さん泣いちゃうんだからねっ!!」
「父なのか母なのか、しっかり定めろ馬鹿者」
「うー……、モルテちゃん手厳しー……」
ぶー、と唇を尖らせ、とうとう両の人差し指を捏ねて拗ね始めたフネラル。
そんな姿に笑みを刻みながら、再びモルテは、心中のみで礼を紡ぐ。
死神に、優しき手の温もりを送ってくれて、と――。




