表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/6

しにたがりやなあんさつしゃと、ころさずのそうぎやさん に

※多少なりとも、話によっては流血表現がある場合もあります。

 そういった話が苦手な方は、閲覧を控えられる事をお勧めします。

「……昔の夢か」

 鳥の囀ずり。穏やかな日の光。

 先程見ていた悪夢の片鱗など一欠片もない、麗らかな朝。周りをゆっくり見回せば、そこは相棒――フネラルと共に泊まった宿の部屋だった。

 暗く、血と肉塊と死の臭いが立ち込めるあの研究所では、ない。

「……久し振りだな」

 あの夢を見るのはと、乱れた髪を掻き、モルテは身体を伸ばす。

 自分が、あの地獄から救い出されたあの日――フネラルと出逢ったばかりの頃は、良く昔の夢を見たものだ。乱世の一角、最強の兵士を造る為だけに造られた、あの研究所での日々を。時には既に葬った者を、時には見知らぬ者を殺め、時にはこうして、フネラルと出逢った日の事を。

 だが、それも一年程過ぎると頻度が減り、今朝のように稀にしか見ない悪夢へと変じた。

(……そう言えば)

 隣のベッドに目をやり、小さく首を傾げた。

 寝る前は、確かにあった膨らみ。その形成源だったフネラルが、いないのだ。

 そして、自分のベッドには不自然な膨らみが一つ。

「………………」

 べりっ!! と掛け布団を引き剥がす。そこから現れた膨らみの主は、やはり爆睡したフネラルだった。

 枕を抱き、助平な寝顔。口を動かし、時に唇を蛸のようにする事から、また娼婦と遊ぶ淫夢でも見ているのだろう。

「…………」

 呆れたように、モルテが溜め息一つ。そして――。




 何かが落下する音と、フネラルの潰れた悲鳴が聞こえるまであと少し……。




 ◆◇◆




「あだだ……まだ首痛いし……」


 街角の、テラス付きのカフェ。その一角で、しきりに痛む首を擦るフネラル。その姿に小さく鼻を鳴らし、モルテは頼んだミルクティーを楽しんだ。まるで、自業自得だと言わんばかりの眼差し付きで。実際、そうなのだが。

 その視線に気付いたのか、フネラルが唇を尖らせた。

「仕方がないでしょうよモルテちゃーん。最近ご無沙汰なんだから」

「……なら、娼館でも行って処理をしてこいこの助平男」

「いやだってさー、愛しのモルテちゃんが一人で『寂しいわ』って泣いてるかと思うと……俺っちのムスコも泣いでででででで!!」

 ギブギブ!! と頬をつねる手を外そうともがく。涙目で懇願され、やれやれと息を吐きながら手を離した。

「あーいてぇ……暴力はんたーいっ!! パワハラで訴えてやるっ!!」

「ならばこちらはセクハラで訴えるぞ」

「うっ……。セ、セクハラとか助平とか、何処でそんな言葉覚えたのっ!! 母さんそんな子に育てた覚えは有りませんよっ!!」

「お前に育てられた覚えもお前が母親だという覚えもない」

「うー、ああ言えばこう言う……」

「お互い様だ」

 ぶーと唇を尖らせ、テーブルに突っ伏すフネラル。これが、自分をあの地獄から救い出してくれた恩人かと思うと、正直信じたくなくなる瞬間がある。自分を支配し、そして用済みになったが故に消そうとしていた研究所の人間に啖呵を切った、あの勇ましい姿は幻では無かったのかと。

 チクリ。何故か胸が小さく痛む。だが、『人間』としての感情を殆ど亡くしたモルテには、その理由がわからなかった。

「んでだ」

 フネラルの声で、我に返る。

「なぁんか、こう待ってるだけってのは退屈だねぇ。そう思わない? モルテちゃーん」

「……別に、嫌なら娼館にでも行けばいいだろう」

 冷たく言い放てば、またぶーと文句を垂れる。まだ夜這いかけた事根に持ってるの? と告げる言葉を華麗に無視し、モルテは周囲を見回した。

 街を行く人々は、誰も彼も笑顔。

 幼子は母の手を引き、早く早くと駆けていく。

 市場の商人は陽気に声を上げ、幾人もの客を引き寄せていた。

 道端の大道芸人達は、ハラハラさせる芸で人々を魅了する。

(平和……とはこの事を言うのか…………)

 それは、日の光の下では当たり前の光景。

 だが、幼少時から研究所以外の世界を――血の赤と死臭で彩られたセカイしか知らないモルテにとっては珍しく、そして眩しすぎる光景。

 すう……、と瞳を閉じる。肌で感じる街のざわめき、吹き抜ける風。フネラルの、何処か慈愛に満ちた視線も感じるが、それは敢えて無視をした。

「……世界とは、こんなに心地が良いものなんだな」

「嗚呼。生き続けるのも、悪くはないだろ?」

「………………」

 その問いには、答えない。確かに、フネラルの言うように悪くはない。だが、それに頷くのは何だか癪。だから、モルテはただ静かに、『日常』である『非日常』を楽しんでいた。

 その、矢先――。

「あ、あの……」

「ん……?」

 届いた、掠れた声。瞳を開けば、襤褸を纏った少女が泣きそうな顔をして立っていた。

 長く、以前は美しかったであろうボサボサの金髪。青い瞳は生気を失い淀んでいる。ここまでの石畳を歩いてきただろう足は何も纏わず、裸足。手に提げたバスケットからは、そんな少女に似つかわしくない美しい花々が顔を覗かせていた。

 所謂、物乞い。フネラルが、眉間に皺を寄せる。だがそんな彼には目もくれず、少女はバスケットから抜いた花を一輪、モルテに差し出した。

「お花……買ってくれませんか……?」

「………………」

「これ……全部売らないと…………お父さんに叱られちゃうんです……っ」

「…………」

「お願いです……一輪、一輪だけでもいいから……っ」

 お願いします、お願いしますと何度も少女は懇願する。その汚ならしい姿に眉をしかめ、先程まで賑わっていたカフェはモルテ達以外の客は勿論、通行人すら避けて通る始末。

(……人間とは、薄情なものだな)

 一つ溜め息。だが、皮肉にもその方が仕事がやり易くて済むのも、また事実。

 ちらり、フネラルに目配せする。小さく頷く姿に、やれやれと溜め息を吐いた。

「……あの変態男の許可が出た。だから、その籠の花全て買おう」

「ちょ、変態男は失礼」

「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!!」

 ぱぁ、と輝く少女の顔。そして、花の束を抜こうと手を伸ばし――、




 その奥に隠されたナイフを振りかざした手を、押さえ込んだ。




 花が舞い散る中、驚愕に染まる少女と僅かな取り巻きの悲鳴。予想出来ていたが故に、モルテもフネラルも、眉一つ動かしはしなかったが。

「なっ!? は、離せ馬鹿者っ!! 人殺しッ!!」

 先ほどとは打って変わり、懸命にもがいて勝手な言い分を投げる。そんな姿に深く溜め息。

「……自分の父親の事を棚に上げて、よくそんな暴言が吐けるな」

「う、煩い煩いっ!! お前が、お前のせいで父様は死んだんだっ!! お前のせいで私はこんな惨めな思いをしてるんだっ!! 死で償え化物っ!!」

「……化物、ねぇ」

 呟いたフネラルの言葉は、手の拘束を振り解こうと躍起になる少女には届かない。離せ、死ね化物!! と幾度も喚き暴れる姿に、彼が深い溜め息。そして、

「……チェック」

「承知した」

 短い返事。刹那、まるで少女が自分に斬りかかるかのように手を導き――。

「が……っ!?」

 少女の腹に、ナイフが深く刺さる。彼女と揉み合いの最中、間違って刺さってしまったかのように、自演して……。

 更に上がる悲鳴。警察を、警察をと喚く外野をモルテは一瞥し、最後にフネラルを見た。

 小さく頷く、彼。よくやったと伝える眼差しに、何度目かの溜め息を吐く。そして、地面に倒れ恨みがましい視線を向ける死に逝く少女に告げた。

「……お前の父に殺された者達も、きっと同じ目をしただろうさ……」




 ◆◇◆




 今回の標的は、以前とある村を支配していた、元金持ちの娘。

 重い年貢を取り立て、逆らえば女子供を誘拐し、時には村人に手をかけていた、典型的な地主の娘、それが彼女。

 彼女の父は、フリーの殺し屋を生業としていたモルテ達の手によって、葬られた。我慢の限界に達していた、村人達に依頼されて。その時、娘だけは外出していて難を逃れていたのだ。

 その事を知った村人達は、再び怒りの炎を灯す。悪の種子は全て根絶やしにしなければ。また、地獄が訪れるかもしれない、その前にと。彼女達を再び雇い、遺族たる娘を始末させたのだ。




「……と、完成♪」

 額に浮かんだ汗を拭い、フネラルはポンポンと盛り上がった土を叩いた。

 町外れの、墓地の傍ら。掘り返され、また埋められたそれは、あの名も知らぬ少女の墓。身元も知らぬ物乞いだが、余りにも哀れ故に遺体を弔わせて欲しい。そう僧侶のフリをして、駆け付けた警官に彼は懇願したのだ。ただ、己の『埋葬したい』という欲の為だけに。

 その本心を知っているからこそ、隣で傍観していたモルテからの視線は冷ややか。

「……良くもいけしゃあしゃあと嘘が吐けるな」

「ふっふ、世の中、正直な人間が大体馬鹿を見るんだよ」

 現にそうだろ? とフネラル。

「俺が『僧侶だ』って嘘言わなきゃ、今頃まだ取り調べ中だぜ?」

「…………」

 確かに、彼が口添えしてくれたお陰で早々と自分達は駐在所から解放されたのだ。僧侶様の連れならば、と。まあ、誰が見ても――血濡れの道を歩む玄人でない限り――被害者であるモルテと、所詮物乞いの少女が起こした殺傷事件。警察も、早々に切り上げたかったから、というのもあったかも知れないが。

「さってと、あの村に報告しに行く?」

「……ああ」

 墓と言うには、あまりにも質素な土の盛り。それを一瞥し、モルテはいつの間にか先を歩くフネラルの後を、追い掛けた。

(……これで、良かったのだ)

 込み上げる、僅かな嫌悪を。

(所詮、私は死神だ……)

 少女に対する、尽きた筈の罪悪感を。

(……ここしか、私の生きる道はないのだから……)

 寂しげに笑い、死神モルテは不必要な感情に蓋をした――。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ