エレナが死んだ夜
私がまだ少女だった頃、少年だった彼とお忍びでブライヤー伯爵領の祭りに出かけたことがありました。
祭りの会場は沢山の人出で賑わっていました。駆け出す私たち、ゆったりと歩く大人たち。高らかに唄う私たち、低く語らう大人たち。品のいい邸内では出会うことのできない、危うくも楽しげな喧騒に私たちはどうしようもなく興奮しました。
「エレナ」
彼が私に左手を差し出します。
「手をつなごう。はぐれてはいけないから」
「はい」
私はおずおずと差し伸べられた手を取りました。貴族とはいえお忍び、貴族とはいえ少年少女。近すぎる距離を見咎める人はいませんでした。私はつながる指先から伝わる熱に鼓動が速くなるのを感覚しながら、曲芸や楽隊、出店などの見慣れぬ娯楽を大いに楽しみました。
「──俺の気持ちだ。受け取ってくれる?」
祭りの最後、彼は二輪の薔薇をくれました。この領地には男性が女性に薔薇を贈り愛を乞う風習があるのだそうです。生き生きと輝く花弁は私の大好きな色をしていて、彼が私を想って選んでくれたのだと伝わります。
「ありがとうございます」
嬉しくて涙が今にも溢れそうでした。それでもぐっと堪えて、一輪を彼のシャツの胸元に、もう一輪を自分の髪に飾りました。
「お慕いしております」
「俺も君が大好きだよ」
彼は私に微笑みかけ、頬にささやかな口づけをくれました。慎ましく触れるだけでも、私の心を浮き立たせるには十分でした。
「エレナ、これからもずっと一緒にいてくれる?」
「勿論です。貴方が私を望む限り、死が二人を分かつまで」
「ありがとう……とても嬉しい」
私が典雅な表現で頷くと、彼は笑いました。嬉しいよりもほっとしたような、そんな表情でした。
「──棘に血液、薔薇に魂。塵に帰れど心は消えず。薔薇が真紅に染まる限り、我らが魂は一なり」
彼は私の手を取り、伯爵家に伝わるという誓約の言葉を私に捧げてくれました。嬉しくて、幸せで、目の前のすべてがきらきらして見えました。今日一日の思い出を反芻するだけで、この先起こるあらゆる辛いことに耐えられる気さえしました。
「エレナ、今日のことは俺たちだけの秘密だよ」
「はい。誰にも言いませんわ……だって勿体ないですもの」
「そうだな」
私たちは微笑み合いました。
過ぎ去りしあの日、私たちは幼くも確かに永世を誓ったのです。
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或る花曇りの日、ブライヤー伯爵邸の礼拝堂に慟哭が響いていました。室内の中心に安置された硝子の棺には若い女性が横たえられています。
「ああ……っ、エレナ、エレナ!!!」
その棺に男性が取りすがって泣いています。彼は若きブライヤー伯爵であるサイラス=ブライヤー。棺に眠るのはエレナ──昨日サイラスの妻になったばかりの女性です。
「せっかく愛を誓ったのに……これからだったのに」
サイラスは血の通わないエレナの手を取り、躊躇いなく自身の頬に宛てがいます。彼の目から熱い涙が流れ落ち、エレナの冷たい手を濡らしました。
「ああ……だが、これは今生の別れなどではない。次こそ……次こそ一緒に幸せになろう」
サイラスは狂気じみた微笑みを浮かべました。細められた目の奥で、琥珀の瞳が仄暗い光を宿しています。白皙の美貌と相まって凄烈な雰囲気です。
「また今晩ここに来るよ」
サイラスは薔薇を二輪エレナの胸元に乗せました。花弁の色はサイラスの瞳と同じ色をしていました。
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その夜、エレナは死んでからはじめての夜を棺の中で味わっていました。礼拝堂には沢山のろうそくが灯され、エレナの死んだ身体をやさしく照らし出します。年若い女性の逝去を悼むような、淡く優しい光でした。
ところで今日、この部屋を訪れたのはサイラスただ一人でした。前夜式は身内だけで死を悼むことが通例とはいえ、前伯爵夫妻もエレナの両親も姿を現さないのはいささか不自然です。
エレナの両親が治めるスウィートリベンジ領はブライヤー領に接しており、馬を飛ばせば十分にたどり着ける距離です。ましてやサイラスの両親であるブライヤー前伯爵夫妻は領内で暮らしているのです。彼らが住まう別邸から本邸まではそう大した距離ではありません。
それでは何故──
かつん。
石畳に踵がぶつかる音がしました。
「エレナ」
サイラスがエレナを呼びます。
「エレナ」
サイラスが再びエレナを呼びます。
その声は悲壮で、一脈の狂気を思わせます。
かつん、かつん。
音の感覚が狭まり、徐々に大きくなります。
サイラスはエレナの棺に向かっているようです。
「僕の愛しいエレナ」
棺に辿り着いたサイラスは、エレナに再度呼びかけました。とはいえエレナは既に屍。応えることはできません。
「君が……君がいけないんだ。兄さんばかり見て、僕の差し出した手を取らない君が……」
サイラスが、死者の指先を愛おしげに、それでいて折らんばかりの力で握りしめます。
「でももう大丈夫だ。今から行う儀式で君は生き返る。僕は寛大だから君の今際の暴言だって赦そう。だから、兄さんのことなんて忘れて僕に愛を捧げて欲しい」
サイラスが悍ましい言葉をエレナに投げかけます。歪んだ、独り善がりな愛という名の妄執を。
「ああ、それから……クズ野郎だなんて汚い言葉はもう使わないで。それに兄殺しだなんて心外だ。エレナは聡明だから、生き返ったらもう口にしないと約束できるよね? 確かにあの日馬車を襲わせたのは僕だけど、僕と君が結ばれるためには必要だったんだ。仕方がないだろう?」
サイラスは反吐が出るような表情でうっそりと笑いました。その時、エレナ──そう、エレナとは私です──の身内に憎悪と怒りが蘇りました。嗚呼、忘れようとしていたのに! ヴァレリウス様だけを思って眠るつもりだったのに! ああ、ああ! この男を貴公子と呼んだ見る目のない者たちに最低最悪なこの男の顔を見せてやりたい。屍となった私がそのような手段を持ち合わせていない今が悔しい、悔しい、悔しい!
私は元々、サイラスの兄であるヴァレリウス様の婚約者でした。忘れることなんてできない、かけがえのない人でした。
それでも結婚は貴族の務め。婚約者がサイラスに代わっても、昨日まではブライヤー伯爵家に尽くそうと思っていました。
事は昨晩、ブライヤー伯爵邸の初夜の床。
興奮した様子のサイラスが口を滑らせて、ヴァレリウス様が事故ではなくサイラスの謀略により殺されたことを私に語ったことですべてが覆ったのです。
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ヴァレリウス様が無言の帰宅をなさったのは、小糠雨が降り注ぐひんやりとした日でした。
ブライヤー伯爵邸の礼拝堂は、石造りの荘厳さも相まって重苦しい悲しみに支配されていました。
「ヴァレリウス様」
呼びかけてはみたものの、棺の中に眠る人がヴァレリウス様──私の婚約者だと結びつけることはできませんでした。ヴァレリウス様の乗る馬車が襲われた。ヴァレリウス様は亡くなった。意味はわかります、理解もできます。でも、現実として呑み込めるかは別なのです。
棺の中に横たえられた人は、確かに私の愛した人の姿をしています。けれど瞼は下ろされて、蕩けるような蒼い瞳が私を見つめ返してくれることはありません。大きな手のひらが私の手を包んでくれることも、私を抱きしめてくれることも。
胸の空洞は哀しみで満たされているのに、何故か涙は出ませんでした。彼の両親が身も世もなく涙を流す隣で、私までもそうなっては収拾がつかないだろうという自制が働いたのかも知れません。
(どうして……どうして私を置いていってしまったの)
棺の前で立ち竦む私の隣に影が差しました。こうべを巡らせると、ヴァレリウス様の弟であるサイラスが立っていました。
「義姉上」
「サイラス様……」
サイラスは私に微笑みかけましたが、穏やかな貴公子然とした顔は窶れ覇気を失っていました。その顔を見たとき、奇妙なことに私は同族意識のようなものを感じました。この人もヴァレリウス様を深く想っていたのだ、これから喪失と闘わなければいけないのは私だけではないのだ、と思えたからです。
「夜も更けたので、僕と両親はそろそろ退室します。義姉上も身体に障るといけませんから──」
「っ、いいえ!」
思わず声を荒げてしまった私に、サイラスは驚いたように目を見開きました。両親と義両親が息を呑む気配が背中に刺さります。私は棺の傍に腰を下ろし、冷たくなったヴァレリウス様の手を握り締めました。
「申し訳ありません。でも、今日だけはどうかお許しください……私は……私の居場所はここなのです」
彼と家族になりたかった。領地をふたりで盛り立てたかった。ヴァレリウス様との思い出がひとつまたひとつと蘇り、私の両目からは堰を切ったように涙が溢れました。止めようにも止まらず、大好きだった彼の手をしとどに濡らします。
「……そうですね」
サイラスが自分の上着を脱ぎ、静かに私の肩に掛けてくれました。
「では、僕もここにいます。せっかくだから一緒に兄の思い出話でもしましょうか」
サイラスは祭壇脇に腰を下ろし、私に微笑みかけました。その笑顔にヴァレリウス様の面影を見出して、私はまた胸が締め付けられてしまいました。
「本当に……本当にありがとうございます」
「いえ。礼を言われるようなことは何もしていませんよ」
私が礼を述べると、サイラスは何でもないことのように微笑んでいました。その後は彼と私に同調した両家両親も気を遣ってくれて、夜更けまでヴァレリウス様の話を沢山することができました。泣いたり笑ったり、やっぱり泣いたり。この日のサイラスは私の感情に踏み込み過ぎず、そっと哀しみに寄り添ってくれました。
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サイラスはその後も私を気遣ってくれました。無理に立ち直れとは言わず、ヴァレリウス様を喪った苦しみへの純然たる共感だけを示し続けてくれました。
サイラスと共にヴァレリウス様を偲ぶ安らかな時間は、少しずつ哀しみの時間を優しい追憶の時間へ変えてくれました。
そしてヴァレリウス様が亡くなってから半年が経ち、両家の合意のもと私とサイラスの婚約が結ばれました。ヴァレリウス様の喪が明ける半年後に結婚式を挙げることも決まりました。
私たちが結婚次第、サイラスが伯爵位を継ぐこともこの日知らされました。義両親は領政から距離を置き、早すぎたヴァレリウス様の逝去を悼みながら静かに暮らしたいのだそうです。
「ヴェノム伯爵令嬢エレナ様。ブライヤー伯爵夫人として、僕と一緒に伯爵領を盛り立ててもらえませんか? 貴女が幸せであるよう生涯をかけて力を尽くします」
深々と頭を下げるサイラスを見て、私は複雑な心境に陥りました。ヴァレリウス様を恋い慕う気持ちは未だ私の中に風化せず残っていたからです。また、サイラスにも想う女性がいるなら申し訳ないという引け目もありました。
「サイラス様は、私で宜しいのですか? 私は今も……」
「はい。貴女が兄を愛しているからこそ、僕は貴女を望みます」
私は息を詰めました。彼の言葉はヴァレリウス様への愛を捨てられない私を肯定してくれるものでした。思えば彼はこの半年間、誠実さだけを私に示し続けてくれました。
(彼の信頼に応えよう)
私は意を決して顔を上げました。
「承知しました。貴方が望んで下さるのなら、私の力及ぶ限り貴方を──ブライヤー次期伯爵サイラス卿と領地をお支えします」
目の前にいるのは義弟ではなく未来の伯爵。覚悟を決めた私は、矜持あるひとりの貴族令嬢としてサイラスに向き合いました。
「私の心にはずっとヴァレリウス様がいます。それでも……いいえ、だからこそ私は貴方と生きたいと思います。自身も兄君を喪ってなお失意の私を励まし、あまつさえヴァレリウス様への忘れ得ぬ愛を肯定してくださった貴方と共に」
「ありがとうございます。僕の心にも兄がいます。きっと、これからもずっと」
サイラスは私に微笑みかけました。私も彼に笑顔を返します。関係性は違えど、彼は同じ人を思い続ける同志なのだと改めて感じられたからです。
「義姉上……いえ、エレナ嬢。改めてよろしくお願いします」
「家族になるのですから、私のことはエレナで構いません。敬語も不要です」
「勿論だ。嬉しいよ、エレナ」
サイラスの笑顔を見つめながら、私はきっとこの人とよき家族になれるだろうと思いました。恋焦がれるような思いはなくても、信頼を預けることはできるはずだと。
(少しずつ、ゆっくり家族になれたらいいわ)
この時の私は心からそう思っていました。
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婚約が調ってから半年かけて、私とサイラスと心の距離は少しずつ縮まりました。ヴァレリウス様を喪ったことで生じた心の空洞は、サイラスと語る優しい追憶とまだ見ぬ未来で埋められていきました。
それでも一つだけ、拭いきれぬ違和感を覚えることがありました。サイラスに誘われ、ブライヤー伯爵領の祭り──かつてヴァレリウス様と過ごした思い出の場へ出向いた日のことでした。
「サイラス様、今日はお誘いありがとうございます」
「いや。たまには新鮮でいいだろう?」
「ええ。初めてなので新鮮です」
お忍びの衣装に身を包み、記憶にある賑わいを縫い歩きながら私はサイラスと祭りを楽しんでいました。本当は一度訪れたことがありますが、そこは心の底にしまい込んでおくことにしました。ヴァレリウス様の弟であるサイラスになら伝えても問題ない気もしましたが、ヴァレリウス様との最初で最後の約束──二人だけの秘密を守ろうと思ったのです。
私は或る露天の前で足を止めました。そこには色とりどりの薔薇が、我こそはと美を競うように並んでいました。鮮やかな赤、清浄なる白、品のある紫。それぞれが夕暮れの光を浴びて宝石のように煌めいています。
ヴァレリウス様に貰った薔薇を懐かしく思い出しながら、私はサイラスに目を転じました。
(……え)
私は恐ろしさに呼吸を奪われそうになりました。予想に反しサイラスの表情はいつもの柔らかさが微塵もなく、殺気立った目でこちら見ていたからです。
「──兄から薔薇を貰ったことはある?」
問い詰めるような口調に私は息を呑みました。ヴァレリウス様が薔薇をくれたことは何度かあります。一番の思い出であるこの祭りの日もそこには含まれています。
「はい。お茶会の時に花束を持ってきて下さったことがあったかと」
何となく恐ろしくて、私は祭りのことは伏せて答えました。あくまで一般的な贈り物の範囲でしかないと、取るに足らないことであると言いたげな表情を意図的に作りました。
「そうか」
サイラスの表情が露骨に和らぎました。どうやら私の対応は正解だったようです。
「黄色をあるだけ全て包んでくれ」
サイラスは花売りへ指示をしました。店主は戸惑いながらも、慣れた手つきで薔薇を包みます。作業を待つ間、サイラスは陶然と黄色い花弁を見つめていました。
「これを君に」
「まあ……ありがとうございます」
大きな花束を受け取り、私はどうにか微笑みました。瑞々しい花弁とむせ返るような香りに包まれた私の胸にあるのは、喜びよりも戸惑いでした。
「僕の気持ちだ。受け取ってくれる?」
「はい」
花束に隠れるよう顔を俯けながら、私は頷きました。
不安を塗りつぶすように、目を逸らすように。
帰りの馬車の中は静かでした。薔薇売りの露店に立ち寄るまでは確かにあったはずの、浮き立つような気持ちはすっかり霧消していました。車内に響く土を蹴る蹄の音や車輪が回る音さえ、どこか遠くの出来事のようでした。
「ところで」
重苦しい沈黙を破ったのはサイラスでした。
「僕たちの共通の話題は兄上だったけれど、少しずつ減らしていかないといけないね」
私は衝撃を受けました。今更どうして──問い返そうとしたとこれで、はっと口を噤みます。
「……ええ、そうですね。私もこれまで迂闊でした。申し訳ありません」
私は誠心誠意、心からサイラスに詫びました。気安さもありついヴァレリウス様の話をしてしまうこともありましたが、私が輿入れするのはサイラスなのです。
「もっと早くそうすべきでした。つい、サイラス様の優しさに甘えてしまいましたね」
「いや、いいんだ。それはお互い様だろう」
互いに謝罪し合うと、馬車の空気はようやく軽くなりました。作物の獲れ高や灌漑工事の進捗、夜会で聞いた他家の噂。私たちは貴族らしい話題を広げ合って過ごしました。互いが互いの、祭りの気まずさを塗りつぶすように。
「本日はありがとうございました」
「こちらこそ。歩き回って疲れただろう? ゆっくり休んでくれ」
「はい。サイラス様も」
伯爵邸に戻り、私はサイラスへ謝辞を伝えました。彼の表情はいつも通り柔和で、薔薇の露店で見た彼は幻なのだと思えました。
彼は私室へ、私は客室へ。それぞれ足を向けようとしたとき、サイラスが口を開きました。
「結婚したら、枯れない薔薇を君にあげる」
「……え?」
「あんな薔薇よりずっと素晴らしいから、楽しみにしていて」
サイラスは私の肩に手を置き、耳元に唇を寄せました。ささやく声が耳朶に触れ、私は身を強張らせます。優しい提案のはずなのに、私は恐怖に近い感情を抱きました。
「おやすみ」
「おやすみなさい……」
サイラスが去った後も、私は廊下にしばらく立ちつくしていました。脅された訳ではない、喧嘩をした訳でもない。それなのにどうして胸底がざらつくのか。貴族としての理性とは別の何かが、私を不安で揺さぶります。
(こんな思い……早く忘れなきゃ)
その晩ベッドに入った私は必死に自分に言い聞かせました。気にしすぎだわ。疲れているのよ。サイラス様はずっと貴族らしい振る舞いだったもの、何を不安に思うことがあるの──
なかなか寝付けず、それでもどうにか微睡みに落ちたときには空が明るくなり始めていました。優しい黎明は、愛した人の瞳の色に似ていました。
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忙しない日々に呑まれ、祭りの違和感は少しずつ風化していきました。領地経営のいろは、家政のいろは、婚姻準備。若き伯爵夫妻となる私たちには課題が山積みでした。
忙しい日々の間隙を縫って、私たちは互いに会話と時間を重ねていきました。話題は結婚と領のことばかりでしたが、様々な違和感や不安から目を逸らすにはちょうど良かったのかも知れません。
或る花曇りの日、とうとうサイラスと私は結婚式を挙げました。両家親族のみが参加する慎ましい式でしたが、良い式だったと思います。胸底に澱のような違和感があった私としても、小規模なそれはありがたいものでした。
(妙なことを考えないようにしなくては。サイラス様と夫婦になるのだから)
この時私は、まだ婚姻に対し前向きでした。
血みどろなサイラスの心の裡を知らなかったからです。
その夜、私はブライヤー伯爵邸の主寝室でサイラスを待っていました。身支度をしてくれた侍女が早々に退室し、部屋に一人きりになると、不安がじわじわと胸裡を侵食してきます。
(本当に私、サイラスと夫婦になれるのかしら)
伯爵夫人として務めようという前向きさが塗りつぶされ、サイラスと夫婦になる覚悟もぐらぐらと揺らぎ始めました。
それでも時間は待ってくれません。扉を叩く無情な音が部屋に響きました。
「エレナ」
振り返ると、サイラスが微笑みを浮かべて立っていました。
「ようやく二人きりだ」
サイラスの言葉は特段おかしなものではありませんでした。しかし、私は恐怖のあまり呼吸を奪われそうでした。彼の瞳が狂気じみた光でぎらついていたからです。私は思い出しました。遠いあの日、領の祭りで見たあの目、あの瞳──
「っ、はは……っ、はははははは!!!」
サイラスはせきを切ったように笑い出しました。けたたましく狂気じみたそれに、私は怖気立ちます。
「ああ、実に気分がいい……誰も来ない! 両親も侍女も侍従も! 新婚だからね、三日は別邸に近づかないように言いつけてあるんだ……ふふ……エレナ、君はもう逃げられないね?」
「逃げられない……?」
「君はずっと兄さんに夢中だっただろう? 僕との結婚だって兄さんの名前があったから頷いたのはさすがにわかっているさ。屈辱だったが……」
彼は私の顎を掬い上げ、無理やり視線を合わせます。
「それでも、君は僕のものになった」
怯える私の視線の先にあったのは、ヴァレリウス様を悼む同志の顔でも優しき義弟の顔でもなく、獲物を追い詰めた捕食者の貌でした。
「ねえエレナ、教えてあげようか。君が泣いたあの日に起きた真実」
彼は悪辣で驕慢な態度を隠そうともしません。それでも私は、彼の言葉を聞かざるを得ませんでした。
「兄さんの馬車を破落戸に襲わせたのは僕だよ」
私は愕然としました。全身の血液がひといきに引いて、心臓が早鐘を打って、歯の根が噛み合わなくて。真実を知った衝撃と拒否感が全身を包みました。
「な、んで」
「何故って? 兄さんが生きている限り君は僕を『弟』としてしか見てくれないんだから、消えてもらうしかないだろう?」
信じたくない。悍ましい。嘘だと言ってほしい。
「………っ、どうして? あれは嘘だったの? あなたが一緒にヴァレリウス様を偲ぼうと言ってくれたから、だから私は、」
「あああッッ! 煩い五月蝿いうるさいッ!!!」
「っ、ぁ゙ッ、ぐ」
サイラスは激昂し、私を寝台に押し付け首を絞めました。骨が軋み、喉が塞がれる苦しさに私は顔を顰めます。
「ああ、いけない……ごめんね? でも、聞き分けのない君もいけないよ」
我に返ったサイラスが喉から手を離し、私はどうにか呼吸を取り戻しました。喉を抑えて咳き込む私をよそに、サイラスは窓辺へ歩を進めながら歪んだ過去を語り続けます。
「可哀想な君は今以て尚気づいていないけれど、僕は君との運命を初めて会ったあの日に気づいていたよ……花が綻ぶような笑顔で挨拶してくれたよね、秘めたる愛を籠めた瞳で。そして君が意図した通り、僕は見事に君に魅せられた──堕ちたと言ったほうがいいかな? だから兄さんには君がくれた天啓に従い眠りについて貰った」
「そんな……っ」
そんなものはただの挨拶です。義理とはいえ家族になる人ですから礼を尽くすのは当たり前です。恋愛感情など抱くものか。天啓などあるものか。私は叫びだしたかったですが、既のところで口を噤みました。逆上したサイラスに息の根を止められては敵わないからです。
「でも、今晩さすがの君も思い出すはずだ。何といっても褥を共にするのだから……これから君に僕の愛を嫌というほどわからせてあげる。ああ、月が綺麗な夜で良かった!」
サイラスは窓外から私へと再び目を転じました。欲にまみれた薄汚い視線に晒され、私は血の気がたちまち引いていくのを感じました。サイラス。兄殺しの屑。歪んだ欲望を私に向ける屑。最愛の人をこの世から消し去ったごみくず。
(……こんな人間にこれから純潔を奪われるの?)
恐怖はふつふつと怒りに取って代わります。やがて燃え盛り、強い覚悟へと変化します。絶対に、絶対に奪わせてなるものか。私の矜持を、尊厳を、心に秘めた愛を!
「……ふざけないで」
私は懐から守り刀を取り出します。嫁入り道具にと持たされたものでしたが、こんなに早く出番が来るとは母も思わなかったでしょう。
「この身も心もヴァレリウス様のもの。お前のような兄殺しのクズ野郎には渡さない」
己の喉に刃先を突き付け、私はサイラスを睨みつけました。私が自決に及ぶことが予想外だったのか、愕然とこちらを見ています。私は笑みを禁じ得ません。ああ良かった──自分に酔いしれたあの男が寝台に駆け寄った時には私は事切れているでしょう。
「さようなら」
「エレナ!! 待っ、」
「地獄に落ちろ」
ヴァレリウス様のいない世界なんていらない。私は何一つためらわずに己の喉笛を搔き切りました。吹き出す血潮の向こう側にサイラスの慌てふためく顔が見えます。
(ふふ、ざまあみなさい)
私は安らかな気持ちで目を閉じました。自ら命を手放したことに後悔はありません。ヴァレリウスと同じ場所には行けなくても、サイラスの側に侍るよりはずっとましでした。
このようにして、私は私を死に追いやったのです。
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全てを思い出した私は今、屈辱に歯噛みしながらサイラスと死んだ私の身体を見つめています。死して尚辱められるなんて思いませんでした。こんなことなら魂ごと霧散してしまえば良かったのに。天命を待てなかった罰だとしてもあんまりではないでしょうか。
「エレナ、これを君に」
サイラスが私の髪に黄色い薔薇を挿します。サイラスの瞳と同じ、大嫌いな色の花を。
「もう一輪は僕に」
サイラスは迷いもなく私の冷たい手を取ります。死から一晩過ぎた私の指先は固く握り込まれていますが、意に介した様子はありません。みしみしと私の指をこじ開け、棘だらけの茎を手のひらに押し付け、硬直した指を折り畳んで。無理やり黄色い薔薇を握らされた私の拳は血が滲んでいます。
(やめて……!)
サイラスは私の手を無理やり動かし、血で汚れた薔薇を己の胸元に飾りました。絹のクラバットも黄色い花弁も血に汚れているというのに、随分と満足げな顔をしています。
そして彼は、私が最も聞きたくなかった言葉を紡ぎ始めました。
「──棘に血液、薔薇に魂。塵に帰れど心は消えず」
幼いあの日、ヴァレリウス様が捧げてくれた言葉をサイラスがなぞります。サイラスを殴り倒したい衝動に駆られましたが、意識だけになってしまった私に何かできるはずもありません。どんなに魂が叫んでも指一本さえ動かすことができません。ああ、どうして私は意識だけ引き戻されてしまったのか。嘆き悲しんでも涙も流せないのです。
(やめてよ!! これ以上ヴァレリウス様との思い出を汚さないで!!)
私の嘆きを知る由もないサイラスは頬を紅潮させ、うっすらと微笑みを浮かべてさえいます。どうしよう、これ以上はもう聞きたくない──私は耳を塞げないもどかしさにこの上ない痛苦を覚えました。
しかし、私は福音を聞いたのです。
『──薔薇が真紅に染まる限り、我らが魂は一なり』
もう二度と聞けないと思っていた、愛しいあの人の声。
幻聴なんかじゃない。忘れることなんてできない。
ああ、これは──
「っがあッ!?」
夥しい光が礼拝堂に溢れ、サイラスが苦しみ始めます。一方の私は期待を込めて光を見つめました。やがて光の中に風が逆巻き、薔薇の花弁が舞い始めました。
花弁の色は青、大好きなあの人の色。
ああ、ああ! やはり──
「……随分好き勝手してくれたな」
光の中から現れたのは一人の男性でした。
精悍な顔立ち、艷やかな黒髪、澄んだ空を思わせる蒼い瞳。
私の目の前には、ヴァレリウス様が嘗てのお姿のまま立っていました。
「っ、に、兄さん?! なんで……っ、」
「何故かって? 誓約が務めを果たした、それだけのことだ」
「務め……?」
ヴァレリウス様は床をのたうち回るサイラスを冷たく睥睨します。
「ブライヤー伯爵家の誓約について、お前はどう認識している?」
「どうって……行使すれば愛する人と添い遂げられる魔法だと」
「違う」
「ち、違う……?」
ヴァレリウス様がため息とともに即答すると、サイラスはあからさまに狼狽しました。
「──これは愛し合う者同士が生涯添い遂げるための魔法だ」
「何が違う? 同じだろう? まして兄さんは死んだんだから何の意味も、」
「違う。俺とエレナの誓約は成立した。お前との誓約は成立しなかった。だから俺は生き返った」
「な……っ、」
「この魔法はブライヤー家の血統に誓うんだよ。双方向の想いが釣り合ってはじめて誓約が成立する。その正統性はブライヤーの血統が保証する」
サイラスは言葉を失い、わなわなと唇を震わせます。
ヴァレリウス様は侮蔑の視線をサイラスに向けます。
「ようやく気づいたか? エレナはお前を愛していない」
「っ、うるさいッ!! そんなはずは……ッ、」
「そんなはずない?」
ヴァレリウス様の視線が私の──魂だけの私のそれと交わりました。
優しく懐かしい瞳に胸が高鳴ります。
「エレナ、」
『……はい』
「おいで」
『……っ、はい!』
私が頷くと、先ほどと同じ目も眩むような光が礼拝堂に溢れます。思わず目を瞑り、再び目を開けば、果たして私は棺の中から天井を見ていました。ああ、ああ、私は生き返ったのです! ヴァレリウス様と同じ世に!
「……ヴァレリウス様!!」
私は身体を起こし、勢いよく棺から飛び出しました。向かう先はもちろん、大好きなヴァレリウス様です。
「エレナ……独りにしてすまなかった」
「うう……っ、ヴァレリウスさま……」
私は淑女らしさをかなぐり捨て、ヴァレリウス様の胸に取り縋って泣きました。ずっと、ずっとお会いしたかった。こうして共にあれたらと思っていた。もう叶わないことと諦めてさえいたのに、こうして抱きしめ合うことができるなんて夢のようです。胸潰れるほど愛しい相手が腕の中にあることを噛み締めながら、私たちは強く抱き合いました。
「ふざけるな……ッ、認めない、僕は認めない!」
「至極真面目だしお前の許可は不要だ。認めるのはブライヤー家の血族だと言っただろう?」
「は……?」
呆然としたサイラスを放置し、ヴァレリウス様は不敵に笑います。
「──静寂の底、棺に眠る我らが先人! ブライヤーの誇りを抱きし荊棘の祖霊よ!」
ヴァレリウス様が天に向かって手を掲げると、礼拝堂のろうそくが一斉に燃え上がりました。床の石畳に、幾重もの薔薇の影が浮かび上がっています。
「誓約を冒涜した愚者に不滅の裁定を! 正統なる誓いを掲げる我が呼び声に応じ、冥界の帳を破りて現世に集い給え!」
ヴァレリウス様は語り続けます。言葉の端々に先祖への深い敬意と、サイラスへの怒り──裁定を望む強い意志が感じられます。
「さあ顕現し給え、誇り高きブライヤーの者たちよ! 我らが真実の愛を立証せしむるために!」
ヴァレリウス様の叫びに呼応するように、礼拝堂の空間が歪みました。石畳から無数の蔦が生え、様々な色の薔薇の花弁が礼拝堂に逆巻きます。やがて風がおさまると、漆黒の衣を纏い、同色の傘を携えた数多の紳士淑女──かつてブライヤー伯爵家を盛り立て、死してなおこの地に眠る御歴々の姿が現れました。
荘厳で、冷徹で、溢れんばかりの威圧感。
気高い姿ですが、青白すぎる肌と真っ黒に塗りつぶされた眼窩が、彼らがこの世の人ではないことを示しています。
亡きブライヤー一族の瞳は、一斉に床で怯えるサイラスへと向けられました。
「ひっ……! あ、あぁぁッ……!?」
サイラスは情けない声を上げ、ガタガタと震えながら後退ります。
冥界からの審判が今まさに下されようとしていました。
『──これよりブライヤー伯爵家次男、サイラスへの判決を言い渡す』
先頭に立つ紳士が厳かに告げます。
『第一の罪状。同血の兄にして家督を継ぐべき嫡男ヴァレリウスを謀殺し、真実の愛を誓いし二人の魂を引き裂いた咎』
紳士の重厚な声が、礼拝堂に静かに響き渡ります。
『第二の罪状。己が歪んだ妄執によってヴェノム伯爵令嬢エレナを死の淵へと追いやり、その遺体を弄び偽りの誓言を強いた、魂に対する冒涜の咎』
「ひッ……違う、僕はただ……エレナを僕だけのものにしたかっただけで……ッ!」
サイラスの浅ましい弁明など、血族たちの冷徹な眼光の前では塵芥に過ぎません。紳士は携えた漆黒の傘の先を、静かに石畳へと叩きつけます。
『──主文。被告人サイラス=ブライヤーを、生者の理より永劫に抹消する』
紳士が傘を持ち上げると、一族も一斉に傘を持ち上げます。ぱん、と黒い傘が開かれる音が響き渡りました。
『己が犯した罪の重さを噛み締めよ。心より悔い改めるその時まで、我ら「荊棘の祖霊」とともに冥界にて果てなき舞を踊り続けること』
紳士が傘をひとまわしすると、礼拝堂の底から華麗にして壮麗な楽団の音が鳴り始めます。くるくると傘を回し踊り始めた人々の間から、漆黒の棺を抱えた紳士淑女がまっすぐサイラスに向かってきます。
「ひッ、」
石畳の影から伸びた薔薇の蔦がサイラスの手足を捉え、まるで糸に繰られる傀儡のように強制的に彼を立ち上がらせます。
「なッ、何を……嫌だ、いやだ、離せ! 僕を誰だと思っている、離してくれッ!!」
サイラスの喚く声など意に介さず、蔦はサイラスを棺に押し込めます。
「嫌だッ! 降ろせ、降ろしてくれェ!!」
サイラスの懇願などどこ吹く風で、蔦で雁字搦めの棺は礼拝堂の扉を目指して進みます。高らかな音楽は一層盛り上がり、傘はくるくると廻ります。彼らの目指す扉の前には真っ暗な裂け目があり、現世ではないことを示しています。
『罪深きサイラスよ。歪んだ情念が潰え、真の反省の涙で魂が洗われるまで我らと踊り明かそう』
「あぁ゙ぁ゙ッ! 兄さん! エレナ! 助けてくれ、僕が悪かった、ごめんなさい、許してくれ、許してくれぇぇッ!!」
サイラスの悲鳴も虚しく、彼を閉じ込めた棺は裂け目の向こうへ吸い込まれていきました。くるくると回る傘と美しい旋律はさながら音楽劇のようで、どこか美しくさえ感じられるものでした。
「──さよならだ」
「さようなら、永遠に」
ヴァレリウス様と私が告げると同時に、サイラスは裂け目の向こうへ消えていきました。旋律が小さくなり、祖霊の皆様とのお別れが近づいています。
『──幸せに。我が孫よ』
裁決を下した紳士が、裂け目の手前で告げました。はっとした私たちが目を転じると、ヴァレリウス様のお祖父様──先々代のブライヤー伯爵が生前のお姿そのままに微笑み、ひらひらと手を振って冥界へと帰還なさいました。
再び風が逆巻いて、蔦も茨も花びらもすべて消え去っていきました。あとに残されたのは静寂と、抱き合い温もりを確かめ合う私とヴァレリウス様の二人だけでした。
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ブライヤー伯爵家の一人息子であるヴァレリウス様とヴェノム伯爵令嬢である私エレナは、或る晴れた初夏に結婚式を挙げました。長年婚約者として良好な関係を築いてきた私たちを、両家親族のみならずブライヤー伯爵領の領民にも祝福してくれました。
「それにしても、あの日の誓約があんなに重いものだなんて」
「……黙っていてすまない」
初夜の主寝室で、私とヴァレリウス様はあの夜を──ヴァレリウス様と私が蘇生した日を思い出していました。
少女だった頃に軽い気持ちで誓ったそれが共に添い遂げるための魔法だったなんて、あの日まで思いもよりませんでした。
ヴァレリウス様が話してくれた誓約の詳細はこうです。
一、誓約は双方の愛の重さが釣り合えば成立する。
二、不慮の死で分かたれた時、亡くなった者は相手を冥界に連れてくることができる。
三、他者の悪意により訪れた死は審判にかけることができる。
四、不貞は審判にかけることができる。
「……俺の想いばかり重くて、誓約が成立しなかった時に格好悪いと思ったんだ」
「ふふ、いらない心配をなさってたのね」
私はばつの悪そうなヴァレリウス様に微笑みかけます。
「だって私、貴方がサイラスに殺されたと知った時に現世と躊躇いなくお別れできるくらいには重たい女ですのよ」
「……そうか」
ヴァレリウス様は目許を和らげました。
「それにしても……どうして亡くなった時、私をすぐ冥界に呼んで下さらなかったの?」
「君が生きることに前向きなら、それを妨げたくなかったからだ。天命を待って迎えに行こうと思っていた。死んですぐは破落戸がサイラスの差し金だとも思っていなかったから。気づいてからはずっと歯噛みしていた。君を無理やり冥界に連れ去ろうと何度も思ったよ」
「……そうでしたの」
私は微笑みました。ヴァレリウス様の気持ちは重いですが、こうして私を尊重してくれるのです。いつも、きっとこれからも。
そういう彼だったからこそ、誓約は成立したのでしょう。
「……エレナ」
「はい」
ヴァレリウス様の手が私の肩に触れます。口付けを受けた私は、この先に何が待っているか知らぬほど幼くはありません。きっと一晩かけて、彼は新しい愛を私に証明してくれるつもりなのでしょう。
「エレナ、」
耳元で囁かれた言葉を噛み締めながら、私は喜びのまま彼の背に腕を回しました。
お読み頂きありがとうございました。
この後サイラスは自分の何がいけなかったのかしばらく理解できず、ようやく悟った頃にはダンスがめちゃくちゃ上手くなっていると思います。
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