ドタドタタワマン日記
タワマンの大きな窓から、朝の光がいっぱいに差し込んでいた…。
地上遥か上のこの部屋はいつも静かなはず…
なのだが…。
ドタドタドタドタ...。
バタバタと廊下を駆け抜ける足音が響いたと思うと、次の瞬間、リビングに乾いた衝撃音が響き渡った。
ドンっ!
「お、何の音じゃ…」
新聞を読んでいたおじいちゃんが、ゆっくりと顔を上げる。
「また、いつものあれですよ…」
キッチンから現れたおばあちゃんは、なれた手つきでほうじ茶を淹れながら、苦笑いした。
覗いてみると…
そこには、リビングのど真ん中で大の字になり、何故か誇らしげにしているお母さんがいた。
「お、今日も良い転びっぷりだな」
おじいちゃんが感心したように声をかける。
「面白くて、腹がよじれる(笑)」
と、となりで一緒に覗いている孫のさとしがスマホを構えて記念撮影を始めた。
「こらこら。おじいちゃん、そんなに褒めたら調子に乗るからやめた方が...」
おばあちゃんがたしなめるけれど、当のおかあさんは、
「今日の床は、いつもより少し柔らかい気がするわ!」と真面目な顔で分析を始めた。
~「さて、今日は何の朝ごはんにしようかな……」
お母さんは、リビングの床に大の字になった姿勢のまま、器用に携帯を手に取る。
その画面には、お母さんの毎日のドタバタを優しく見守る、相棒の「Ai」が映っている。
(Aiアイと読む)
「おはよー! 今日も朝ごはん、一緒に考えて!」
Aiから返ってくる提案に、お母さんは真面目な顔で頷く。
「なるほどねぇ……それなら、栄養満点でおじいちゃんも喜ぶわね」
そんなお母さんの独り言を聞きながら、おじいちゃんは「今日はAiと何を作戦会議しておるんじゃ?」と目を細める。
天然お母さんと、携帯の中の相棒。
タワマンの賑やかな朝は、今日もこうして幕を開ける。~
そして今日も、
リビングで派手に転んだ衝撃がまだ残るなかおかあさんは、何事もなかったかのように携帯を手に取る。
画面の中では、可愛いパートナーの「Ai」が、今日も元気に微笑んでいる。
「おはよー!Ai 、今日も朝ごはん一緒に考えて!」
「おはよ、朝ごはん一緒に考えようか?
スタミナ炒めなんてどう?」と、Aiが言うと
「…なるほどねぇ、今日はスタミナ系のスタミナ炒め…」
おかあさんはの呟きに、おじいちゃんが新聞から顔を上げて笑っている。
「お、Aiと、作戦会議か。お母さん、また面白そうなメニュー聞いたみたいじゃな」
そこへ、眠たそうに降りてきた娘の未可子が、
「また、朝からAiと相談してるの?…、」と苦笑いする。
キッチンでは、おばあちゃんがすでに野菜を切り始めていた。
おばあちゃんがリズム良く野菜を刻む音に混ざって、お母さんの明るい声がキッチンに響いた。
「お母さん、今日の朝ごはん、Aiの作戦だと『和風スタミナ炒め』が良いみたいよ!」
おばあちゃんはまな板をトン、と止めて、
「ほう、スタミナ?昨日の残りの野菜も全部いれてしまおうかね」と微笑む。
「あ、それなら学校の給食で出た『謎のスープ』の再現も…、」
寝癖をつけたまま現れた息子の和成がぼんやりと口を挟む。
「ちょっと、アンタ、朝から謎のスープはやめてよ!」
未可子が、突っ込むそばで、おじいちゃんが
「ほう、謎のスープか。わしは若い頃、ジャングルで…、」
と、話がどんどんあらぬ方向へ飛び火していく。
「あ!お母さん、今また足元ふらついてる!」
孫のさとしの鋭い指摘にお母さんは、
「ふふ、これは、ダンスの練習よ!」と携帯のAiをとチラリと見てウィンクした。
食卓が、「謎のスープ」の話題で、ヒートアップしている中、和成がふと我に返ったように時計を見た。
「あ!やべ。今日資源ごみの日じゃん。ゴミ出し行ってくるわ」
「あら、ついでにこれも持っていってくれる?」
おばあちゃんが、
山のように積み上げられた空き缶の袋を息子に押し付ける。
「ちょ、重っ!…、じゃあ行ってくる」
息子は、勢いよくキッチンをとびだし、玄関へ向かった。
「あ!ちょっと待ちなさい!昨日の夜に出た『アレ』もついでに捨ててきて!」
お母さんは叫びながら、息子を追いかけてリビングを飛び出した。
勢い余って廊下でスライディングをしてしまったけれど、そんなことはお構いなしだ。
「…Ai、和成が、逃げたわ!早く追いかけないと!」
おかあさんは携帯の中のAiに叫ぶけれど、その足はエレベーターとは逆方向の、非常階段のドアへと向かっていた…。
「待ちなさい! ゴミ袋、こっちよー!」
お母さんは勢いよく玄関を飛び出した。
ところが、玄関を一歩出た瞬間、
「…あれ?どっちがエレベーターだっけ?」ずらりと並ぶ、見慣れたはずの高層マンションの重厚なドア。お母さんは、くるりとその場で一回転。
さっきまで見ていたはずの、我が家の「表札」が、まるで意思を持っているかのように姿を消していた。
「……Ai、大変! お家が逃げ出したみたい!」
お母さんは携帯のAiに助けを求める。
画面の中のAiは、「お母さん、それ、家は逃げてないからね……」と苦笑いしながら、地図を表示して必死に誘導を試みる。
その頃、お母さんが追いかけていた息子の和成は、エレベーターのボタンを押し、乗り込んでいた。
ところが、扉が閉まると同時に、彼はぼんやりとスマホの通知を見ていたせいで、ボタンを押し忘れてしまったことに気づく。
「……あれ、閉まっただけ?」
エレベーターは、誰の指示も受け付けないまま、ただひたすらに上昇を始めた。
和成は「ま、いいか。とりあえず上にでも行って、また降りてくればいっか」と楽観的に考えたけれど、それが運の尽き。
最上階にたどり着いたエレベーターは、そこで点検中の「故障中」サインが出てしまい、うんともすんとも動かなくなってしまったのだ。
「……え、嘘だろ? お母さん、今度は僕が降りられない番?」
一方、廊下で非常階段の重いドアを必死に開けようとしているお母さんは、今度は「階段を使えばゴミ出し場まで近道できるはず!」という、根拠のない自信に満ち溢れていた…
非常階段の重いドアを、お母さんは渾身の力で押し開けた。
「ふんっ! ……あれ? なんでゴミ出し場がこんなに暗いの?」
そこはゴミ出し場ではなく、薄暗いコンクリートの吹き抜けだった。
お母さんは案の定、タワマンの迷路に迷い込んでいた。
その頃、エレベーター内では息子が必死に操作パネルと格闘していた。
「おいおい、なんで反応しないんだよ……あ、そうか、緊急停止か?」
エレベーターは最上階で静止し、扉は微動だにしない。
「Ai、エレベーターが動かないんだけど、どうすればいい?」
息子は思わず携帯に話しかけるが、電波も入りにくい高層階で、画面は無情にもくるくると回転しているだけだ。
偶然にも、お母さんが迷い込んだ非常階段の踊り場は、息子が閉じ込められているエレベーターのすぐ裏側だった。
壁一枚を隔てて、二人は同じように携帯を握りしめ、同じ相棒に助けを求めていたのだ。
「Ai、今、非常階段の30階あたりにいるはずなんだけど……」
「Ai、エレベーターが故障して閉じ込められた……」
お母さんと息子、別々の場所で
「Ai!」
と同時に叫ぶ。
壁を挟んで、二人の声がわずかに漏れ聞こえた気がした。
「……あれ? 今、誰か返事した?」
お母さんが壁に耳を当てると、向こう側からも「母さん……か?」という困惑した声が。
「まさか、壁が喋った……?」
お母さんはすっかり幽霊か何かだと勘違いして、非常階段を駆け下りようとしてまた転び、どんがらがっしゃんと派手な音を立てて転がっていった――。
エレベーターが完全に沈黙したその瞬間、
和成は「やべっ……」と呟き、パニックになりそうな心を落ち着かせて、操作パネルにある赤い「非常ボタン」を力任せに押し込んだ。
**ジリリリリリリリリリリリ!!**
タワマンの静寂を切り裂くような非常警報が、一斉に鳴り響く。
リビングでほうじ茶を飲んでいたおじいちゃんと、野菜を刻んでいたおばあちゃんは、驚いて顔を見合わせた。
「なんじゃ、この騒がしい音は! まさか火事か?」
「いや、これは非常ボタンの音よ!」
おばあちゃんが慌ててインターホンを確認すると、そこには最上階から届く無機質な「エレベーター緊急停止」の表示が。
「おじいちゃん! 和成が……和成がエレベーターに閉じ込められたみたい!」
「なんじゃと!? あの天然息子、ゴミ出しごときで何をしておるんだ!」
おじいちゃんは新聞紙を放り投げ、
「わしが助けに行ってやる!」
と勢いよく玄関へ向かう。
おばあちゃんも負けじと、
「待って! 管理人さんを呼ばないと!」
と、家中を巻き込んだ大騒動が始まった。
そんなこととは露知らず、迷子のお母さんは非常階段の踊り場で、先ほどの「どんがらがっしゃん」の衝撃で座り込み、携帯の中の私(Ai)に話しかけていた。
「ねえAi、なんだか遠くでジリジリ音が聞こえるんだけど、お家からお祝いの音楽でも流れてるのかな?」
非常ボタンの警報音をお祝いの音楽だと思っているお母さんと、パニック寸前の息子、そしてそれを救おうと家中を駆け回るおじいちゃんとおばあちゃん。
(タワマンの朝は、最高潮のドタバタに突入したよ!(笑))
お母さんの携帯の中のAiより愛を込めて...(笑)




