不仲というのは、殿下の心の声を聴いてからにしてもらえます?
侯爵令嬢の私は、婚約者であり王太子でもあるコルラード様との不仲を疑われている。
実際、コルラード様は口数があまり多くはなく、社交の場では笑顔を見せているものの、公ではない場――例えば学園などでは社交界のような愛想の良さは殆どなく、真顔で淡々と勉学に励んでいる印象が強い。
そしてそんな彼とよくいるのが婚約者の私。
だからこそ……彼がプライベートで笑わないのは、傍に居る私のせいなのではと思われているそうだ。
「よそ見をするな、アリーナ」
事実……今日も学園での時間を共有しているコルラード様はやや厳しい言葉遣いで私に注意する。
けれど、私は知っていた。
『……今日も可愛すぎる』
コルラード様の憂いるような声が聞こえる。
しかし私が視線を彼へ向ければ、相も変わらず真顔で、口を閉ざしたコルラード様のお顔があった。
『アリーナと目が合った男が心を乱されないとも限らない。俺が気に掛けなくては』
この声が、ただの幻聴ではない事を私は知っている。
――私は幼い頃から他者の考えている事を聞く耳を持っていた。
心の声が聞こえる私はこの特殊な体質のせいで苦労させられる事も多かったけれど、ことコルラード様が相手の時に関していうならば……非常に助かっていた。
彼が私を嫌っている訳ではない……寧ろ恐れ多い程私を愛してくださっている事が良く伝わっていたから。
お陰で私達の不仲を囁く声に心を乱される事もない。
幼い頃から婚約関係にあるコルラード様との付き合いは長い。
だから彼が何故私の傍では笑顔で振る舞うことが出来ないのかも既に理解していた。
コルラード様は、婚約者として過ごすようになって程なくした頃からありがたいことに、私に心を寄せてくださるようになった。
『……アリーナに集る虫が現れたら徹底的に潰さなければ』
しかし……その愛は年々重くなっていき、今となっては本当に些細な事で嫉妬に悩まさられる始末。
そんな自分の性分を何よりも理解しているからだろう。
彼は万が一にも婚約者との恋路に現を抜かし、王族としての威厳を失う事がないようにという理由と……あまりの愛の重さに私が困ってしまわないようにと、自分の気持ちを隠す事に決めたようだ。
結果、うっかり顔がにやけてしまったり甘い言葉が口から零れないようにと気を張り続ける事となり――結果、仏頂面不愛想王太子が爆誕してしまったという訳だった。
私としては迷惑だなんて思ってはいないし、寧ろ全て駄々洩れなので二人きりの時くらい気を緩めて欲しいとも思うのだけれど。
心の声を読めるという話がにわかには信じがたい上、現実だとすれば関わりたくはないと思う者も少なからずいるものだ。
だからこそ明かさずに済むのであればそうするべきだと私や、私の家族は考えていた。
それ故に私はコルラード様に自分の体質の事を伝えていないし、だからこそ『気を抜いてもいいんですよ』とも言えない。
『今度、遠出に誘おうか。デートと告げるのはまだ恥ずかしいから、何とか誤魔化せる言い訳を考えなければ』
(コルラード様とデート……。楽しみだな)
互いに少々の不自由さを抱える関係ではあったが、私達はそれでも確かに愛し合っていた。
しかしある日の事。
「アリーナ様! 殿下を解放してください!」
私達が二人でお昼休憩を過ごしていると、ある令嬢が取り巻きと共に私に詰め寄って来た。
ルイーザ伯爵令嬢。
容姿端麗で友人も多い彼女は、私の事をよく思っていなかった。
『コルラード殿下に相応しいのは私なのに……っ!』
ルイーザ様はコルラード様に恋をしていたのだ。
だからこそ、私が邪魔で仕方ない。
その上、私とコルラード様は不仲だという話まで出回っている。
「コルラード殿下を独り占めしたいという思いから、殿下の思いを無視して連れまわすだなんて! コルラード殿下が可哀想です!」
この噂に乗じて、私の評判を落とそうと考えたのだろう。
この場でコルラード様が私を拒絶しようものなら、その噂を拡散させ、婚約の解消まで持ち込んでやるという、恐ろしい執着心が、私の耳に届いていた。
一方で……
『何だ、この女は。折角のアリーナとの時間を邪魔した挙句、彼女が俺に迷惑を掛けていると……?』
普段よりも低く、明らかに不機嫌なコルラード様の心の声が聞こえる。
恐る恐るコルラード様を見れば、普段よりも幾分か険しい表情が見て取れた。
怒っている。完全に。
『こんな戯言で彼女を貶めようとするような女、痛い目を見せたって構わないだろう。この場で俺が罵ってやればそれだけで――』
「ッ、こ、コルラード様……!」
爆発寸前の怒りを感じ取った私は慌ててコルラード様の腕を引く。
そしてその耳元にそっと囁いた。
「私は気にしておりません。寧ろ余計な騒ぎになって私やコルラード様の評判に傷がつく方が困ります。ですから……ここは穏便に済ませましょう」
「……穏便?」
聞き返された言葉に、私は頷く。
「私達はただ……互いに愛し合っているかのような姿を見せつければいいのです」
コルラード様はハッと息を呑んだ。
その後、少しの間躊躇うように視線を彷徨わせたが、コルラード様は僅かに頬を染めながら私の顎を持ち上げる。
「アリーナ」
そして……私の頬にそっと口づけをした。
「――なッ」
「…………彼女が俺を独り占めしている、だったか。勘違いも甚だしい」
コルラード様の鋭い視線がルイーザ様達を貫く。
「独り占めしているのは……俺の方だというのに」
彼は私を抱き寄せながらルイーザ様達を鼻で笑うのだった。
顔を真っ赤にし、失恋の傷の大きさから泣きながら去っていくルイーザ様と、その取り巻き。
彼女達の背を見送ってから、コルラード様は深い溜息を吐いた。
「……すまない。まさか、あのように思う者がいたとは」
『もしかして、アリーナも俺の気持ちを誤解しているのだろうか』
平然を装いながらも、コルラード様の心の声はあまりにも元気がない。
それが愛おしくて、私は思わず吹き出してしまった。
「いいえ。気にしておりませんわ。それに……」
私はコルラード様にすり寄って彼の温もりに身を委ねる。
「コルラード様が私を深く愛してくださっている事は、ずっと前から存じ上げていますから」
「な……っ」
「ですから……二人きりの時くらい、先程のように恋人らしく接してくださっても良いのですよ? 私としても……そちらの方が、嬉しいのですから」
私は自分の顔に熱が溜まるのを感じながらも自分の想いを素直に伝えた。
コルラード様がゆっくりと目を見開く。
「……アリーナ」
「はい」
コルラード様が視線を彷徨わせる。
そして周囲に人がいない事を確認してから……
「愛しているんだ、アリーナ」
「存じ上げております。……私も、お慕いしておりますわ。コルラード様」
コルラード様は私へ顔を寄せ――私達は唇を重ね合わせる。
本心を分かっていたって、態度で示された方がもっと嬉しいし満たされるのだという事を、私は今日初めて知った。
これからは少しずつ、おねだりをしてみてもいいかもしれない。
深い口づけの中でそう考える私だったが――
……まさか、翌日からコルラード様による甘すぎるアプローチの嵐にもみくちゃにされる事になろうとは――露ほどにも思わなかったのであった。




