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8.まさかの勧誘

 神様、わたしが何をしたというのでしょう。

 前世、わたしはそんなに悪いことをしたのでしょうか。

 ストーリー序盤で殺されるという過酷な運命にとどまらず、なぜこのような試練を……。


 王立学院の食堂を訪れたわたしは、心の中で盛大に泣き言を言っていた。


 ジェラルド王太子殿下が現れると、混雑していた食堂は一瞬にして静まり返り、さーっと人波が割れた。わあ、モーゼ状態だあ……、あああ……、視線が突き刺さるう……。

 リヴィエールの……、とか、もう一人は誰だ? とか聞きたくもないささやき声が耳に入る。

 うん……、ランドール様は三年生になる頃にはもう、その飛び抜けた剣の腕で名前を知られているし、コレット様はその出自と美貌で噂が流れているのだろう。

 たぶん、というか間違いなく「もう一人は誰」ってのはわたしのことだろうな……。すみません、モブ令嬢が図々しく『ソランの薔薇』の主役様たちとご一緒して……。決してわたしの本意ではありませんので何とぞご容赦を……。


 わたしが心の中で全方位に向けて謝罪をしていると、

「リヴィエール侯爵令嬢もルブラン伯爵令嬢も、食堂は初めてだろう? 使い方を教えるよ」

 ジェラルド王太子がにこにこしながら食堂のシステムを説明してくれた。食堂の入り口に掲げられたメニュー表を見て、受付の人に名前(貴族は家名)を告げ、食べたいものを頼むと、席まで食事を運んできてくれるのだそうだ。そして月末になると、請求書が生徒の家に届けられるらしい。


「私は王立学院で、初めて自分の食べたいものを、自分で選んで食べたんだ。もちろん王宮の料理人の作る食事は素晴らしいものだが、こういう形式の食事も楽しいものだと思ったよ。……さて、ご令嬢がたは何をお望みだろうか?」

 愛想よく話しかける王子様に、コレット様はぶすっとしたまま言った。

「結構ですわ。食欲がありませんので、わたしはお茶だけをいただきます」

 おう……、すごい度胸だ、コレット様。ていうか、これマナー教育が中途半端なまま王立学院に入っちゃったからだろうなあ。リヴィエール家に引き取られてまだ半年だし。でなければ王太子殿下に対して、侯爵令嬢がこの態度ってありえない。

 その辺りも含めて学友であるわたしがフォローすることを期待されているのかもしれないが、ちょっとわたしには荷が重すぎる。


 ジェラルド様とランドール様が本日のおすすめを選んだので、わたしもそれにした。正直、毒でなければ何でもいい。

 食堂はちょっと広めのレストランのようだった。大きな丸テーブルがいくつも置かれ、そのすべてに糊のきいた真っ白なリネンのテーブルクロスが掛けられている。贅沢だなあ、という感想が浮かぶ。うん、ルブラン家のテーブルクロスは、漂白されていない茶色っぽいリネンだったからね……。


 周囲の生徒たちから突き刺さるような視線を感じながら、窓際のテーブルにつく。ほどなくして食事が運ばれてきた。

 本日のおすすめメニューは、一角ウサギのソテー、雷ウナギのゼリー寄せにパン、果実水、それにイチジクなど果物の盛り合わせだった。お肉は塩漬けされたものではなく、ウナギも腐っていなかった(内陸で出される魚は高確率で腐っている)。

 果実水もシナモンなどの香料で味付けされ、たっぷり蜂蜜が加えられていて甘かった。果物は種類が多く、イチジクやリンゴ、ナツメなどが山盛りにされている。


 そして、パンの色が白い! こんなに柔らかく色の白いパンなんて、ルブラン家ではめったにお目にかかれない。というか、ルブラン家の食卓には、通常、パンすら出ない。王都の貴族には信じられないかもしれないが、ルブラン家ではパンの代わりに穀粉を煮たお粥が出る。まあその分、お肉の種類は豊富だけど。魔獣が種々とりどり、たくさんいるからね!

 ルブラン家が貧乏なのを差し引いても、昼食としては大分豪華なメニューだと思う。本当に王立学院ってお金持ちのための学校なんだなあ。


 コレット様のところには給仕人がつき、うやうやしくカップにお茶を注いでいた。茶葉によっては、わたしの食事よりも高価かもしれない。真っ白い砂糖も陶器のシュガーポットに山盛り入っているし。まあリヴィエール家は資産家だから、わたしが心配する必要はないだろうけど。


「新入生は明日から一週間、オリエンテーションがある。それで履修科目を決めるのだから、慎重にね」

 ジェラルド様の言葉に、真剣に頷く。もとよりわたしの命がかかっているのだから、誰よりも慎重に臨むつもりだ。


「二年目に進む専門課程を念頭に履修登録したほうがいい」

 隣に座ったランドール様が重々しく言った。

「一年目からある程度、進みたい課程に関わる授業を重点的に受けたほうが二年生になってから有利だ」

 なるほどー。


「ランドール様はどの専門課程に進まれましたの?」

 わたしは素知らぬふりで尋ねた。

「騎士コースだ」

 ですよねー。今年の武芸大会では、上級生をなぎ倒して優勝するんですよねー。マンガで読みました。今から楽しみです。

「ランドールの剣の腕前は大したものだよ。今すぐでも騎士団で通用するだろうと、王宮騎士団の団長が太鼓判を押すくらいだからね」

 ジェラルド様がにこやかに言う。

「そうなのですか。ランドール様は昔からお強かったですものね」

 しかし、コレット様がひと言もしゃべらないんですけど。さすがに不敬だと王太子殿下が怒ったらどうしよう、と心配していると、


「マティルドも騎士にならないか?」

 ランドール様がいきなり言った。


 わたしは驚きのあまり、「ひょっ!?」と令嬢にあるまじき声を上げてしまった。

 そう言えばランドール様、昔から真面目な顔で突拍子もないことを言ったりしてたっけ。王宮騎士団に入ったら『氷の騎士様』なんて呼ばれるようになるのに、意外と天然さんなんだよねえ。……しかし、まさか王太子殿下の前でボケをかまされるとは思わなかったよ。


「なぜ騎士に? わたしはランドール様のように特別剣術に秀でているわけではありませんが」

「そんなことはない」

 ランドール様は大真面目に言った。


「幼い頃、マティルドが剣を振るうのを一度だけ見たが、あれには度肝を抜かれた。修練すれば、王宮騎士団にも入団できるだろう」

「「「えっ!?」」」

 わたしとジェラルド様、それにコレット様まで驚きの声を上げた。


「あ、あの、わたしが剣を振るった、って……、あの時のことですよね。シモン様と、その……」

「ああ」

 ランドール様は頷き、わたしと目を合わせた。

「あの時のことは、よく覚えている。マティルドが勝つだろうとは思っていたが、それでも一撃でとはさすがに予想していなかった。……恐らくマティルドは『俊敏』のスキルを持っているのではないか?」

「そのとおりです」


 『俊敏』とは名前のとおり素早さを上げてくれるスキルで、初めて戦う相手や力自慢だが動きの遅い相手には大変有効である。

 しかし、わたしの剣筋を知る人や、ランドール様のようなレベチの剣豪相手には意味のないスキルだ。と思ったのだが、

「『俊敏』は、騎士であれば垂涎もののスキルだ。戦うにあたって、素早さは力と同じかそれ以上に重要だからな。女性の騎士は数が少ないが、王族の姫君を護衛する騎士として需要も高い。……どうだろうか、マティルド」

 どうと言われても。


「何言ってるの!? マティルドはわたしの侍女になるのよ!」

 コレット様に怒鳴られても、ランドール様は動じた様子もなく言った。

「それは伺っているが、マティルド……嬢には、侍女よりも騎士のほうが向いていると思う」

「ランドール様、それ本当ですか? 本当に、わたしは騎士になれるでしょうか?」

「マティルド! あなたまで何を言い出すの!?」

 コレット様に睨まれたが、これはわたしの将来、ひいては命に関わる問題なのだ。


「ああ。マティルドなら、きっとなれる」

「ありがとうございます!」

 重々しく告げるランドール様に、わたしは勢いよく頭を下げた。


 騎士か! 考えたこともなかった。

 就職先の第一志望は魔術師の塔だけど、騎士団も悪くないかも。魔術師の塔と違い、騎士団は政治的な思惑に振り回されそうだからそこがネックだけど、とりあえずコレット様の侍女ではなくなる訳だしね。

 前向きに検討してみよう、うん。


 上機嫌なわたしを、なぜかジェラルド様が面白そうに見ていた。


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