7.地獄への道行
おろおろするわたしを見かねたのか、ランドール様が言った。
「リヴィエール侯爵令嬢は、兄上の婚約者だったな。……わかった、俺から侯爵令嬢に伝えよう」
「それはありがたいのですが、コレット様は、その……」
コレット様はランドール様を平民の血を引く卑しい存在と見下している。しかも伝える内容が内容なので、間違いなくコレット様に八つ当たりされてしまうだろう。
「大丈夫だ」
わたしの表情に気づいたのか、ランドール様は肩をすくめて言った。
「高位貴族に暴言を吐かれるのには慣れている」
ちょっと、言ってる内容が不憫すぎるんですけど。
ランドール様は、本当はケルテス辺境伯家の一人息子として、下にも置かぬ扱いを受けてしかるべき存在なのに。
うう、ランドール様はわたしが死ぬイベントでスキル覚醒して、シモン様とすり替えられていたことが発覚するんだよね。なんとかしてランドール様のスキルを覚醒させてあげたい。でないと、わたしのせいじゃないとはいえ、罪悪感が半端ないよ。
廊下に出ると、コレット様が顔をしかめてわたしとランドール様を見た。
「マティルド、何してたのよ。シモン様はどこ? なんでこの男と一緒にいるの」
「失礼、リヴィエール侯爵令嬢」
ランドール様がスッとわたしの前に立った。
しかし、
「あなたに用はないわ、ランドール。わたしはシモン様を探しているの」
コレット様はつんと顎を上げ、そっぽを向いた。
「あの、コレット様、すみません」
わたしはランドール様の後ろから顔を出して言った。
「シモン様は今日、歴史の授業を欠席されているようです。お昼をお誘いするのは、明日にしてはいかがでしょう」
「明日も当然お誘いするわよ! そうじゃなくて、今日もご一緒したいの!」
コレット様は地団太を踏まんばかりに怒って言った。
ああー、そうくるか。コレット様のしつこさを舐めていたよ。
「侯爵令嬢、とにかく今日、兄上はここにはいない。明日、また出直してもらえないだろうか」
「うるさいわね! なんでわたしがあなたなんかに指図されなきゃならないのよ!」
大声を出すコレット様に、何事かと廊下を行き交う生徒たちが注目する。どうしよう、と焦っていると、
「これは、何の騒ぎかな」
後ろからかけられた声に、わたしはギクリと振り返った。
そこには、絵にかいたように麗しい金髪碧眼の美男子が立っていた。
まぶしい。そこだけキラキラのエフェクトがかかっているみたいだ。
「王太子殿下」
ランドール様が一礼するのを見て、わたしも慌てて頭を下げた。
「ランドール、どうした?」
ジェラルド王太子は、面白そうにわたしとコレット様を見て言った。
「見たところ新入生のようだが、彼女らは君に会うためにわざわざ三年生の学舎に来たのか?」
「殿下、こちらは兄の婚約者のリヴィエール侯爵令嬢とその学友のルブラン伯爵令嬢です」
ランドール様の言葉に、コレット様は一歩進み出て淑女の礼をとった。
「初めてお目にかかります、王太子殿下。コレット・リヴィエールと申します」
「マティルド・ルブランと申します」
コレット様の陰に隠れるようにして、わたしも再度一礼した。
緊張で胸がバクバクする。さすが『ソランの薔薇』の主役というべきか、王太子殿下はキラキラ感が半端なかった。講堂で鑑賞していた時くらい遠く離れていないと、まぶしすぎて目が潰れそう。
基本的に貴族は美形ぞろいだけれど、王族はまたレベルが違うなあ。
「わざわざ婚約者に会いにきたのか。……ランドール、おまえの兄は婚約者を放り出して、どうしたのだ?」
「……は、兄は本日、授業を欠席しております」
「それは良くないな」
ジェラルド様は顎に手を当て、何事が思案するようにコレット様とわたしを見つめた。うう、目力がすごい。
「こんなに愛らしい婚約者が会いに来てくれたというのに、彼はどこにいるんだ? いったい、何をしている?」
「……は……」
言えないよねえ。自分の兄は、婚約者以外の女性と授業をさぼってけしからんことやってまーす! なんて。
わたしはランドール様に同情した。すると、
「では、私がランドールの兄の代わりを務めよう。ちょうど昼休みだしね。……リヴィエール侯爵令嬢コレット殿、ルブラン伯爵令嬢マティルド殿、よければ一緒に食堂へ参りませんか?」
胸に手を当て、ジェラルド王太子殿下のキラキラ王子様スマイルが炸裂する。
うっ、とコレット様が怯んだのがわかった。その気持ちはわかる。リヴィエール家は中道派だしね。
しかし、王太子殿下の誘いを断るという選択肢はない。
さすがにコレット様もそれは理解しているらしく、
「もったいなき仰せ。喜んでご一緒させていただきます」
頭を下げたまま、コレット様は低い声で応えた。あああ、コレット様、怒ってる。怖いよー。
「ランドール、君も一緒にきてくれ」
「はっ」
ランドール様と一緒、という言葉にコレット様がイヤそうな顔をする。……頼むから表情を作ってくれ! 王太子の前で不機嫌な顔をしないでくれー!
何がどうしてそうなったのか、楽しそうに微笑むキラキラの王子様、無表情なランドール様、眉間に皺を寄せたコレット様と一緒に、王立学院の食堂でランチをとることになってしまった……。地獄だ。




