60.地道に頑張ろう
「まあ、一角ウサギの毛皮をそんな高額で買い取ってもらえたのですか!」
帰りの馬車で、ちょっと遅くなったことを咎められたけど、一角ウサギの毛皮と角を買い取ってもらったことを話したら、予想通りグレース伯母様の小言が止んだ。
「週に一回程度、学院の森で狩りをすれば、毎日食堂で昼食を摂っても問題なさそうです」
「素晴らしいわ、マティルド!」
グレース伯母様と手を取り合って喜ぶ。
ルブラン家の掟、「なんでも労働で解決する」は、王都でも有効だった。
この調子でガンガンお金を稼げば、食堂代だけじゃなくタウンハウスの絨毯とかタペストリーも新調できるかもしれない。
「それから、週末の軍事訓練にはコレット様もリヴィエール侯爵と一緒に行くとおっしゃっていました」
「そう……」
グレース伯母様は少し考え込んだ。
「侯爵閣下がいらっしゃるなら、ケルテス辺境伯にすぐ話は伝わるでしょう。……ただ、コレット様とご一緒なら、ご嫡男のクリストフ様は欠席されるでしょうね」
あああ、そうだった。リヴィエール侯爵家の嫡男クリストフ様は、婚外子であるコレット様を嫌っているんだっけ。
将来、コレット様がシモン様と一緒に第二王子陣営に入ると、クリストフ様は中道派から王太子派へと鞍替えする。リヴィエール侯爵家に大した軍事力はないが、財力や人脈を考えるとその影響力は過小評価できない。
そう考えると、クリストフ様とコレット様の仲が悪いままのほうが、王太子陣営としてはありがたいのかもしれない……けど、刺繍を教えてくれたコレット様を思い出すと、なんだかモヤモヤする。なんだかんだ言って、コレット様って一途だし面倒見もいいっていうか……。いや、将来わたしを殺す恐怖の死神ではあるんだけど!
でも、よそのお家事情に首を突っ込むわけにもいかないしなあ。
わたしは首を振り、差し迫った問題に意識を切り替えた。
「グレース伯母様も軍事訓練を見にいらっしゃいますよね?」
「あなたの付き添いとして見学に行きますよ。……あなたのお父様もさぞ鼻が高いでしょう。ルブラン家の娘が、建国記念祭の閲兵式に参加できるのですからね」
それは嬉しいけど、わたしよりよっぽどランドール様のほうが参加の資格があるはずなのに、ケチくさい嫌がらせで参加できないことを思うと、なんか悔しい。
ランドール様の本当のスキルを、覚醒させることさえできればなあ!
『召喚』のスキルは、ケルテス辺境伯家の直系以外、発現することはない。
何とかしてランドール様にかけられた呪術を解除できれば、マデリーン様の陰謀もすべて明らかになり、ランドール様は正統な後継者としてケルテス辺境伯の地位を得ることができるのに。
ランドール様の本当のスキルを封印しているのは、南国ピルシュカの呪術師による呪いだ。
ただ通常の呪いとは違い、ソラン王国の魔術に適用した形に改変されているから、見つかりにくかったんだよね。だからマティルドの死という一大イベントが必要だったんだろうけど。
しかしもちろん、わたしが死ぬわけにはいかない! これだけは譲れません!
一番手っ取り早いのは、ガブリエル様がランドール様にかけられた呪術に気づいてくれることなんだけど。
今の段階で第二言語にピルシュカ語を選択していることを考えても、ガブリエル様はピルシュカの呪術に興味を持っているはずだ。そこを上手く突けば何とかならないだろうか。
翌日、わたしは数学の授業でガブリエル様の隣の席に座った。
「おはようございます、ガブリエル様」
挨拶すると、ガブリエル様がにこっと美少女顔負けの可愛らしい笑みを浮かべた。
「マティルド嬢は週末の軍事訓練に参加するらしいな。楽しみにしているよ」
「え、ガブリエル様もいらっしゃるんですか?」
親戚にルーディガー様とサヴィニー伯爵がいるからいくらでも見学の伝手はあるだろうけど、なんでわざわざ?
「うん、去年までは見に行ったことはなかったんだが、今年はマティルド嬢が参加するだろう? 僕の知らないユニーク魔術を使うかもしれないのに、それを見逃す手はないからね!」
「わたしよりルーディガー様の魔術のほうがずっと素晴らしいと思いますけど」
しかしガブリエル様は首を振って言った。
「叔父上の魔術は既存のものだ。もちろん、それをさらに洗練させ、威力を上げてはいらっしゃるが、まったく新しい……、もしくは失われたユニーク魔術を使うことは、いかな叔父上といえど不可能だ。それは君にしかできない」
「今回の軍事訓練で転移魔術を使うことはないと思いますが」
ガブリエル様の琥珀色の瞳がキラリと光った。
「ということは、炎の剣を使うんだな?」
「ルーディガー様の了承が得られれば、そうしたいと思います」
炎の剣は結界のしっかりした場所で使ったほうがいい、って王太子殿下も言ってたし、ルーディガー様に確認してもらったほうがいいよね。
軍事訓練ならルーディガー様も王太子殿下もいらっしゃるから、ちょうどいい機会だろう。
ていうか、いい加減、憧れの炎の剣を使いたいんだよ!
せっかく創り出すことができたのに、まだ一度も炎の剣を振るうことができないなんて、あんまりだ。
ガブリエル様と話していると、数学担当のカルダン先生が教室に入ってきた。
今日は円の面積を求める公式を覚え、その応用問題を解くらしい。よし、これも楽勝だ。
授業の最後に小テストがあったが、今回もたぶん全問正解だ。
前世の知識よ、ありがとう。
「円の面積なんかわかったって何の役に立つんだよ……」と不満の声をもらす生徒がいた。こういうところは前世と一緒だ。
実際のところ、面積の計算は領地はもちろん、製品設計なんかにも関わってくるから、貴族こそわかってなきゃいけない。
ただ、そう思えるのもわたしに前世の記憶があるからなんだろうなあ。
「マティルド嬢、今度一緒に数学を勉強しないか?」
ガブリエル様の言葉にわたしは頷いた。
「ええ、いいですよ。……その代わり、わたしにピルシュカ語を教えていただけませんか?」
「ピルシュカ語を? かまわないが、どうして?」
「わたしは何週間も授業を休んでしまいましたので、数学は大丈夫そうですが、ピルシュカ語は苦労するかもしれませんから」
本当の理由は、もちろん別にある。
ランドール様にかけられた呪術に、気づいてもらうためだ。
「マティルド嬢なら大丈夫だと思うが……。じゃあ今度、僕の屋敷で勉強会をしないか?」
「いいですね! ……ああ、ただわたしは王太子殿下に求婚されている身ですし、二人きりというのはよろしくないでしょう。友達を何人か連れて行ってもかまいませんか?」
「もちろん」
よし!
この勉強会に、なんとかしてランドール様も参加してもらおう。そうすれば『ソランの薔薇』よりだいぶ早く、ランドール様とガブリエル様が出会うことになる。
二人が知り合ったら即、呪術解除! とはならないだろうけど、きっかけは一つでも多いほうがいい。
金策と同じだ。一つずつ、地道に頑張っていこう。




