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6.入学早々の災難

 入学式の後、事前に知らされていたクラスへと移動したのだが、思っていたとおりわたしとコレット様は、伯爵家以上の子弟ばかりが集められたクラスへ振り分けられていた。

 一応、王立学院の生徒は身分にとらわれない平等な立場で学ぶということになっているが、それが不可能であることはみな承知している。


 ジェラルド様は学生会会長としてかなり能力本位な人選をしているが、それでも平民を学生会に入れるようなことはしていない。ランドール様だってケルテス辺境伯家の子弟であるからこそ入会が可能だったのだろう。


 そこまで考えてわたしはふと、王太子殿下が将来、平民出の聖女様と結婚することを思い出した。

 金髪碧眼の美貌の王子様と黒髪青い瞳のクールビューティー聖女様の組み合わせは、本当に眼福だった。あのツーショットを見た時は、『ソランの薔薇』がフルカラーWEBマンガでよかった~、と喜んだっけ。


 しかし、貴族の常識を得た今となっては、いかに聖女とはいえ平民出の女性と王太子殿下が結婚するというのは、かなり思い切った政治的判断だということがわかる。

 王太子殿下は色恋沙汰で結婚を決めるような方ではないから、それだけ神殿の後ろ盾が必要だった、ということなんだろう。


 教室は講堂ほどの広さはなかったがそれでも十分広く、前世の記憶にある大学の大教室のようなすり鉢状になっていて、演壇をぐるりと囲むように長机と長椅子が並べられていた。天井からは鉄製のシャンデリアがいくつも吊り下げられ、蝋燭のかわりに魔石の明かりが煌々と輝いている。なんという贅沢。

「マティルド、誰か知っている人はいる?」

 隣の席に座ったコレット様にささやかれたが、わたしは首を横に振った。

「いいえ、わたしは北部から出たことがありませんので」


 これは半分嘘だ。たしかにマティルドが知っているのは北部のルブラン領とそこに隣接するケルテス領やドゥニ領に住む貴族くらいだが、前世のマンガの知識のおかげで、このクラスの何人かは誰であるか見当がついている。


 窓際の一角に陣取る令嬢たち、その中心にいる金髪の令嬢はおそらくラクロワ公爵令嬢のデルフィーヌ様だろう。このクラスで一番地位が高く、国王派に属しているから敵に回さないようにしなければ。

 それから廊下側の一番後ろの席に座っている黒髪の男子、あの方はミレー伯爵家の嫡男、ガブリエル様だろう。こちらも国王派だが、マンガでガブリエル様は卒業後、魔術師の塔に入っていた。わたしが魔術師の塔を目指すなら、ライバルということになる。


 考え込んでいると、学院の紋章を黒いローブに付けた男性が教室に入ってきて、演壇に立った。

「皆そろっているようだな。わたしがここのクラスを受け持つジュスト・カルダンだ。一年間は一般教養を学ぶ。二年目から専門課程に進むから、一年の内に自分の適性を見極められるようしっかり授業を受けなさい」


 一般教養科目は、数学、国語、第二外国語、地理、歴史、芸術、家政学、薬草学、経営学、法学、行政学、宗教、錬金術、魔術、体術、馬術、剣術と多岐に渡る。

 一年生は取得単位数に余裕があるが、わたしはなるべく多く授業を受けるつもりだ。それによって将来の就職の幅も広がるだろう。進路はわたしにとって命にかかわる問題だから、頑張らなければ。


 しかし、やる気に満ちあふれているのはわたし一人のようだ。

 隣に座ったコレット様は、退屈そうに髪をくるくると指に巻きつけている。周囲の生徒たちも隣同士で小声でしゃべったりして、カルダン先生の話を真面目に聞いている様子はない。

 カルダン先生も気にした様子はなく「明日から一週間は、履修登録のためのオリエンテーションとなる。日程表と資料はそれぞれの家に送付済みだが、届いていない、もしくは紛失したというなら一階の窓口で再交付してもらうように」とだけ告げると、教室を出ていってしまった。


 とたん、コレット様が言った。

「マティルド、シモン様の教室に行くわよ」

「え?」

「なに驚いてるのよ。もうじきお昼休みだわ。早くシモン様の教室に行って、お昼をご一緒にとお誘いしなくちゃ」

 冗談ではない。入学早々、シモン様に関わるなんてごめんだ。

「申し訳ありませんが、屋敷から迎えが来る予定ですので……」

「そんなの門番に言伝すればいいだけでしょう」

 行くわよ、とコレット様に腕をつかまれ、わたしは半ば引きずられるように教室を後にした。


 入学初日からシモン様に会うなんて最悪だ。


 コレット様は意気揚々と三年生の学舎に入り、一階にある大教室の前までわたしを連れてきた。

「ちゃんと調べてあるの。月曜日のこの時間、シモン様は歴史の授業を受けているはずだから、ここの教室で間違いないわ」

 あああ、こんなところでストーカーの用意周到さを発揮しないでくれ。

「マティルド、シモン様を呼んできて」

 嫌だよ! と断れたらどんなにいいか。

 タイミング悪く、授業の終わりを知らせる鐘が鳴った。教師や生徒たちがぞろぞろと教室から出てくる。

「早く!」

 コレット様に急かされ、わたしはなるべく人目につかないよう、体を小さくして教室に入った。


 シモン様を見つけたくなどないが、このまま戻ったところでコレット様に怒られるだけだ。

 三年生にじろじろ見られながら、わたしは半泣きでシモン様の姿を探した。その時、


「マティルド?」


 聞き覚えのある声に、わたしは振り返った。


 背の高い男の人が立っていた。

 肩につくくらいの銀髪に吊り気味の灰色の瞳。冷たい印象を与える瞳は、今は驚いたように見開かれている。この方は……。

「ランドール様」

 記憶にあるよりもだいぶ背が高く、そしてさらにカッコよくなっていたが、そこに立っていたのは間違いなくランドール様だった。


「どうしたんだ? 何故ここに」

「お久しぶりです、ランドール様」

 ランドール様は無遠慮な視線を向ける三年生から隠すように、わたしを壁際に連れていった。


 助かった! ランドール様も歴史の授業をとっていたのか。

 とりあえず、わたしはランドール様に事情を説明した。


「そうか、そういえば今日は入学式だったな。……せっかく探しに来たのに申し訳ないが、兄上はこの時間、教室にはいないことが多い」

「え? シモン様は歴史の授業を取っていないのですか?」

 あのストーカーの鑑のようなコレット様の情報が誤りだったとは! と驚いていると、

「……いや、そういうわけではないのだが……。とにかく、いつもこの時間は……、たぶん音楽室の近くにいると思うのだが、マティルドは行かないほうがいい」


 言いづらそうなランドール様の様子に、ピンときた。

 というか、音楽室の隣の部屋って、アレですよね。上級生がいかがわしいことをするために使う部屋ですよね。マンガで知ってますよ。

 シモン様……。まだ十四歳なのに何をやってるんだ。

 たしかにシモン様も顔面だけは整っているし辺境伯家の嫡男だから、マンガでも一部の女生徒には人気があった。しかしシモン様には、コレット様というれっきとした婚約者がいるというのに。


 まあ、シモン様は最初からコレット様との婚約には乗り気ではなかったけど。でも、色々問題はあっても、コレット様はシモン様一筋だというのに! なんて奴だ!


 ……ていうか、この事実をコレット様になんと伝えれば? 怒ったコレット様に八つ当たりされる未来しか見えないんですけど!?


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