58.リラックスしよう
放課後、わたしは鬱憤を晴らすべく学院裏手の森へ向かった。
ずっと針を見続けたせいか、なんだか目がシパシパするし肩も痛い。こういう時は、魔獣を狩るのが一番だ!
ログハウスの前で待っていると、ほどなくしてジャン様とエミール様が現れた。
「おう、早いな」
「マティルド様、こんにちは」
二人とも革手袋をはめている以外、特別な装備はしていないようだ。
「とりあえず短剣だけ持ってきたんですけど、学院の森ってどんな魔獣が出るんですか?」
「そんな強い魔獣はいねえよ。でなきゃ学院側も生徒だけで入るのを許可しねえしな。まあそれでも俺たちは森に入る時、魔獣除けの香草を焚くが、今回はあんたが魔獣を狩るっていうから魔獣除けはしねえで行くぞ」
「ここら辺りだと、一番強い魔獣は一角ウサギでしょうか」
なにー!? それなら武器いらないかも。
しかしそう言うと、二人にドン引きされた。
「おまえ一応、貴族令嬢なんだろ……。素手で魔獣を殺すって、正気か……?」
「ジャン、失礼だよ! ほら……、マティルド様は北部の方だし……、ええと、うん……」
お二方とも、家政学で傷ついた心に塩を塗るのはやめてください。
森は結構な広さがあり、一応周囲は柵に囲まれているが、たまに外部の人間が入り込んで薬草を採集したり魔獣を狩ったりしているらしい。
「それって見つかったら処罰されるのでは?」
「まあ禁止はされてるけどよ、乱獲しなければ目こぼししてくれるみてえだな。……薬を買えないような貧民が、盗みを働くかわりに森で薬草を取ってくくらい、いいんじゃねえのってことだ」
なるほど。ルブラン領でも領民に開放されている森があったから、あんな感じかな。
でもルブラン領の森は熊型の魔獣が出るから、ある程度の力量がなければ入るのは無理だった。
王都に比べれば、ルブラン領のほうがローグのようなおいしい魔獣を狩れる確率は高いけど、森の奥で魔獣の集団に襲われたら、死んだり大怪我を負ったりする可能性がある。そう考えると、ルブラン領での狩りはハイリスクハイリターンだったんだな。
学院の森での薬草採集や魔獣狩りは、安心安全! 皆で楽しくハイキング! みたいな感じなのかな?
「ちげーから」
わたしの顔を見て、ジャン様がぼそっと言った。
「ここにだって毒を持つ魔獣がいるし、一角ウサギに突かれたら最悪、死ぬことだってあるだろ」
毒を持った魔獣は噛まれる前に、一角ウサギは突かれる前に倒せばいいのでは?
「だから、ちげーから! 普通はそんな簡単に魔獣を倒せねーから! あんたの基準で考えんなよ!」
何も言ってないのに、なんでわたしの考えてることがわかったんだろう。ジャン様ってすごい。
森の中には歩きやすい小道があった。
「へー! 地面が踏み固められていて、森の中なのに歩きやすくっていいですね!」
「……北部の森は、違うんですか?」
エミール様が恐る恐る、という様子で聞いた。なんでそんなに怯えているんだろう。
「北部っていうか、ルブラン領内の森には、こんな歩きやすい道はないですねー。獣道が見つかればラッキー、くらいな感じです」
わたしはルブラン領の森を思い出した。
気を抜いてたら魔獣に飛びかかられ、締め殺されそうになったあの森。殺しても殺してもキリがなく、まるで湧いて出てるのかってくらい集団で襲いかかってきた魔獣の群れ……、懐かしい!
「あ、一角ウサギ」
思い出に浸っていたせいで気づくのが遅れたが、視界の端の茂みが揺れている。
わたしは張り切って『俊敏』のスキルを発動させた。思い切り地面を蹴り、茂みよりちょっと右後ろ辺りに着地する。
すると狙い通り、一角ウサギがわたしに向かって跳ねたので、素早く首をつかみ、地面にたたきつけた。
「よし、獲れました! 血抜きしたいので川へ移動しましょう!」
一角ウサギは軽いから持ち運びも便利!
この調子でいこう!
「えええ!?」
「おまえ怖すぎんだよ!」
エミール様とジャン様が手を取り合って叫んでいる。
「お二方とも、仲がよろしいのですね」
「そういうことじゃねえから!」
周囲の気配を探っても、エミール様とジャン様が言っていたとおり、強そうな魔獣の存在は感じられない。森の中なのに強い魔獣がいないなんて、なんか不思議な感じ。
こんな風にのんびり森を歩くのも、たまにはいいかも。
わたしは穏やかな午後の木漏れ日の中、両腕を伸ばして深呼吸をした。
あー、リラックス~。ルブラン領とはだいぶ違うけど、やっぱり森はいいね~。




