57.プレゼントを作ろう
「わたしはシモン様のイニシャルにするわ。わたしの瞳の色で刺繍したいけど……、榛色ってあるかしら?」
コレット様と一緒に、教室の一番前のテーブルに並べられた刺繍糸を見に行く。
「ほら、これマティルドの瞳の色だわ。これで刺繍しなさいよ」
「あ、はい……」
艶々した紫色の刺繍糸を渡される。これでルーディガー様のイニシャルを……、Rかあ。ちょっと難しそう。
「コレット様はいいですねえ」
「何が」
「だってシモン様ってイニシャルSじゃないですか。Rより絶対縫いやすいですよ」
コレット様はプッと噴き出した。
「何言ってるのよ。馬鹿じゃない、マティルドったら」
なんだか楽しそうに刺繍糸を探すコレット様。ご機嫌で何よりです。
「この色はどうですか?」
「ちょっと茶が強くないかしら? もう少し黄色が入っているものがいいわ」
ああでもない、こうでもない、と刺繍糸をためつすがめつし、ようやくコレット様の刺繍糸も決まった。何種類もの糸を手に、席に戻る。
まずは図案を布に写す。図案といってもイニシャルひと文字だけだから、ここまでは簡単。問題はその後だ。
コレット様は刺繍が得意なようだ。わたしが刺繍枠を何度もセットし直している横で、手慣れた様子できれいに布をセットしている。
一応、家政学の教科書の被服ページに刺繍の種類も載っているけど、その解説がぜんぜん親切じゃない。ステッチの名称とその仕上がりが書いてあるだけだ。これじゃやり方がわからないよ!
「マティルド、何してるのよ」
どうしたらいいかわからず固まるわたしに、コレット様が呆れたように言った。
「まさかあなた、基本のステッチも知らないの?」
「アウトラインステッチとサテンステッチなら何とか……」
うう、マティルドの記憶を探っても、二つの超基本ステッチ以外、何も出てこない。その代わり、お母様に裁縫の出来を怒られて森に逃げ込み、魔獣退治をした思い出がよみがえる。あああ、これじゃ刺繍の内職でお金を稼ぐのは無理だ……。
「しかたないわね。とりあえず、下絵をアウトラインステッチで刺しなさい。幅を出したい場所は二列縫って。その隙間をチェーンステッチで埋めるといいわ」
「はいっ。……あ、でも、チェーンステッチが出来ません……」
「後で教えてあげるわ。まずはアウトラインステッチを縫い終えなさい」
コレット先生に従い、黙々と縫っていく。
ああああ、なんでRってこんなに曲がってるの? 曲線って縫うの難しい! あーもう、こんなの無理だよ!
ちらっとコレット様の手元を見ると、目にも止まらぬ速さで針が動き、あっという間にアウトラインステッチを刺し終えてしまった。えええ……、コレット様って天才じゃない?
「何見てるのよ。手を動かしなさい」
「はいっ」
コレット様は縫い終えたSの曲線に装飾を加えはじめた。すごい、黄色と緑のグラデーションで花と葉の飾りを入れている! えっ、これもうプロの技では?
「コレット様、すごい!」
「そう? ……あなた、全然進んでないじゃない。見てないで縫いなさいよ」
そう言われても、Rは難しいんだよ……。あ、指刺した。痛いよう……。
なんとかアウトラインステッチを終え、机につっぷしたわたしにコレット様が容赦なく言った。
「早く! チェーンステッチを教えてあげるから、それを寄こしなさい!」
二本のアウトラインステッチの隙間を、コレット様がすっ、すっと軽やかに埋める。
「ほら、こうするの。同じ穴に針を入れて、一目先に出して……、簡単でしょ?」
出た! 出来る人がおっしゃる「簡単でしょ?」‼
それはね、出来る人だから簡単なのであって、出来ない人は出来ないんだよ‼ どこもかしこも簡単なところなんかないんだよ‼
と言いたかったが、コレット様に逆らうことは死を意味する。わたしは半泣きでチェーンステッチに取り掛かった。
「ちょっと! 糸を針に引っかけなきゃ駄目でしょう!」
「だってこれ、難しいんですよ……」
「基本のステッチよ、難しくなんかないわ」
それはコレット様が上手だから言えることなんだよ!
指を血だらけにし、コレット様に叱咤され、わたしは泣きながらなんとか時間内にイニシャルを刺繍し終えた。
やった……、やったよ! 頑張った! わたし偉い!
ロベルタ先生は、わたしたちの力作を見て言った。
「コレットさん、素晴らしいわ。この刺繍はA+です。マティルドさんのは……、まあ、基本のステッチはできているわね。一応仕上げてますし、おまけしてBをあげましょう」
いいんだ、落第じゃなければそれでいいんだ……。




