56.普通の友達?
「たぶん、わたしとコレット様は、好きなタイプが違うんだと思います」
わたしは確信を持って言った。
間違いない。さっきまでの話を総合するに、コレット様とわたしの萌えポイントはまったく違う。以前からなんでシモン様にそこまで執着するんだろうと謎だったけど、ここまで趣味が違うんなら、そりゃ理解できないはずだよ。
「わたしは、シモン様のような自己ちゅ……、自信に満ちて頼りがいのある方は苦手なのです。その点、ルーディガー様はまるで昔からの友人のように気楽に接してくださいますから。魔術について語るルーディガー様は、少年のようでとーっても素敵なんです」
「わたしだったらあまり年上の方は嫌だし、それに魔術の話なんかされても退屈してしまうわ。……わたしたちって、本当に好みが違うのね」
安心したようにつぶやくコレット様に、わたしはここぞとばかりに言った。
「ええ! ですからコレット様は安心なさってください! 天地がひっくり返っても、わたしがシモン様と婚約するなんてありえませんので!」
「そうなのね。……でも……」
なんだ。まだ問題があるのか。
「でも、ケルテス辺境伯はお父様に、わたしとシモン様の婚約解消を正式に申し込んだのよ。……あなたがシモン様と婚約しなくても、どのみちわたしでは駄目なのかもしれないわ……」
シモン様よりいい男なんて星の数ほどいるよ、と思うけど。
でも、コレット様は一途だし、そんなこと言っても聞く耳を持たないだろうなあ。
「リヴィエール侯爵は、もう婚約解消の申し入れを承諾されたんですか?」
「いいえ、まだよ。こちらに明確な瑕疵もなく、いきなり婚約解消などと言われても受け入れられない、ってお父様はすごく怒っているわ」
「それなら大丈夫です」
ケルテス辺境伯家は、わたしと王太子殿下の話が白紙になる時期を見計らい、再度婚約を持ちかけようと思っているはずだ。
しかし、その前にルーディガー様がわたしに求婚してくださるからね! ケルテス辺境伯家の思惑どおりにはならない! フハハ!
「先ほども申し上げたとおり、来週、ルーディガー様がわたしに求婚してくださいます。陛下も観覧される軍事訓練ですから、王都の主要貴族も数多くいらっしゃるでしょう。そこで求婚されれば、話はあっという間に広まりますわ。……そうすればケルテス辺境伯家は、わたしへ婚約を強要することはできなくなります。そんなことをすれば、ルーディガー様へケンカを売ることになりますからね」
実際のところ、ルーディガー様はわたしが誰に求婚されようが魔術の研究に支障がなければ何も気にしないと思うが、それは黙っておく。
「わたしに婚約を強要できないとなれば……、ケルテス辺境伯は、やはりコレット様をシモン様の婚約者に、と思われるのではないでしょうか? 現在、シモン様と年齢と家格の釣り合う未婚のご令嬢は限られていますから」
さらに言えば、政治派閥まで考えると相手はコレット様しかいなくなる。
ラクロワ公爵令嬢はまだ婚約者が決まっていないし年齢的にもシモン様と釣り合いがとれるが、ラクロワ公爵家は建国の昔から生粋の国王派、しかも現在は王太子支持を旗幟鮮明にしている。ケルテス辺境伯家にそれは受け入れられないだろう。
「大丈夫です、コレット様! 来週の軍事訓練が終われば、ケルテス辺境伯がころっと態度を変えて婚約解消の話を取り下げますから!」
コレット様を安心させるように、わたしは力強く言い切った。
「そう……、かしら? そうならいいけど……」
「大丈夫ですよ!」
コレット様はしばらくうつむいていたが、学院の門が見えてくると顔を上げた。
「わかったわ。……ありがとう、マティルド」
微かな笑みを浮かべるコレット様に、わたしは胸を撫で下ろした。
よかった! ていうかコレット様にお礼を言われたのなんて初めてかも。普通の友達みたいでちょっとくすぐったい。
このまま本当に仲良くなれたらいいなあ、と夢見るわたしに、コレット様が言った。
「来週の軍事訓練はお父様も見学するっておっしゃってたから、わたしもお願いして同行させてもらうわ。本当にソレル魔法伯があなたに求婚するかどうか、この目でちゃんと確かめるから……、裏切らないでね、マティルド」
コレット様は微笑んでいるが、目の奥が笑っていなかった。まだ完全には信用されていない感じだ……、怖いよ!
学院に着いた頃には、もう精魂尽き果てていた。
まだ何の授業も受けていないけど、グレース伯母様と一緒にタウンハウスに帰りたい……。
「今日は一限目からマティルドと一緒の授業ね」
「はい……」
コレット様は心配事がなくなったせいか、元気よく学舎に入っていった。とぼとぼとその後に続く。
今日の一限目は家政学だ。栄養学や被服学、住環境学など全般を学ぶんだよね。
前世はあまり家政方面が得意じゃなかったけど、今世はどうだろう。現時点では剣術や馬術、体術、そして魔術に興味が集中しているからなあ……。
不安しかないけど、せめて落第しないように頑張ろう。
「今日は皆さんに簡単な刺繍を刺してもらいます」
家政学の先生はロベルタ・フィーノという隣国タルーアン出身の方だった。
タルーアン国は大陸の文化の華として名高い。ロベルタ先生も一見地味なネイビーのドレスを着用しているが、凝った髪型やおしゃれなベルト留めに美意識の高さがうかがえる。
家政学の受講生徒は全員女子だった。
……このクラスでも視線の集中砲火を浴びている気がする……。けど、わたしだけではなくコレット様も注目されているようだ。その美貌や出自など、いろいろ噂の種にされているんだろうなあ。
ロベルタ先生は全員に同じリネンの布と刺繍枠、針などを配った。
「刺繍糸はここに用意したので、刺したい色を選んで持っていきなさい。どんな意匠を縫ってもかまいません。ですが、時間内に仕上げること。それでは始めなさい」
パンパンと手を叩き、ロベルタ先生が言った。
貴族令嬢は嗜みとして刺繍を習うから、先生はわたしたちが刺繍を出来る前提で言ってる気がする。教えるというより、現時点のレベルを見極めて出来栄えを評価し、今後の指導につなげていく、みたいな。
魔術や馬術もそうだったし、剣術にいたってはいきなりトーナメント戦だったから、学院といっても前世の学校とはちょっと違う感じだなあ。
とにかく、時間内というと九十分で何かを刺繍し、仕上げないといけないってことか。あまり凝ったものは縫えないな。何にしよう。
悩んでいると、コレット様に「刺繍糸を取りに行くわよ。早く」と急かされた。
「まだ何を刺繍するか決めていないんです」
「そんなの決まってるでしょ」
コレット様は呆れたように言った。
「ソレル魔法伯のイニシャルを縫えばいいじゃない。週末に渡しなさいよ」




