5.ジェラルド王太子殿下の思惑
入学式には、グレース伯母様が馬車で王立学院の門まで一緒に来てくれた。というか、貴族令嬢は一人で外出などできない。付き添い必須の世界なのだ。
「わたし一人でも大丈夫なのに」
「何を言うの、マティルド」
グレース伯母様が目を吊り上げた。
「貴族令嬢が供の一人も連れずに外出するなんて! 帰りも迎えに来ますからね、門から出ずに待っていなさい」
考えていたよりずっと、貴族令嬢って面倒くさそうだ。
王立学院の地図は頭に入っている。石積みのアーチ型の門をくぐり、わたしは講堂に向かった。
王立学院は基本的に貴族のための学校だが、豪商の子弟や奨学金を得た優秀な平民も入学している。構内を歩いている生徒たちを見ても、制服を着用しているので誰が貴族で誰が平民なのか、ぱっと見では判断できない。
と言っても、平民は名字を持たないから名乗ればすぐにわかるけど。
講堂は天井の高いレンガ造りの建屋で、贅沢にも窓はすべてステンドグラスが嵌め込まれていた。よく見るとソラン王国の初代国王、ハラルド様の建国神話を描いている。圧政を布く領主に反旗を翻した場面、グリフォンを召喚した場面、聖女と婚礼を挙げた場面など。正面にはソラン王国の国旗が掲げられ、現国王レイモンド様と王妃クラリス様の肖像画が飾られていた。
ずらりと並べられた木製の椅子に新入生たちが着席しているが、講堂は広くすべての席の三分の一も埋まっていない。わたしも適当に腰を下ろすと、
「マティルド、ここにいたのね」
「コレット様」
コレット様があらわれ、不満そうにわたしを見下ろした。
「どうして門でわたしを待っていなかったのよ」
「まあ、失礼いたしました」
わたしは立ち上がり、コレット様に一礼した。
「てっきりコレット様は、シモン様にエスコートされて講堂にいらっしゃるものとばかり思っておりましたの。……わたしの勘違いでしたのね、申し訳ありません」
するとコレット様は、むっとした表情で黙ってわたしの隣に腰を下ろした。
この様子だと、たぶんコレット様はシモン様にエスコートを断られたんだろうな。
シモン様は、婚約者であるコレット様を軽んじている。『ソランの薔薇』では、「由緒あるケルテス辺境伯家の血を継ぐ僕が、なんでメイドの娘なんかと結婚しなきゃならないんだ」って文句を言っていたし。
今さらだが、コレット様はシモン様のどこがいいんだろう。
シモン様は、貴族令嬢にとって理想的な婚約相手だとは思えない。婚約者であるコレット様にもまともな対応をせず、学院在学中は見目のいい女生徒にちょっかいをかけていた。
たしかに辺境伯家の嫡男という地位を持っているけど、そもそもその『辺境伯家の嫡男』っていう肩書だって詐欺なんだし。
現ケルテス辺境伯と同じ金髪に薄い茶色の瞳という色合いも、薬で変えたものだ。
本当のシモン様は、暗褐色の髪と瞳をしている。なまじ赤子の頃、髪色が薄くて金髪っぽかったから、マデリーン様も魔が差してしまったのかも……、いや、それはないな。ケルテス家との縁談が持ち上がった時点で、髪の染粉と瞳の色を変える薬を用意してたんだから、確信犯だ。
講堂に集まった生徒たちが、コレット様を見てひそひそと何かささやきかわしている。リヴィエールの……、という言葉が聞こえた。
コレット様の正式なお披露目はまだだから、貴族たちも噂でしかコレット様の存在を知らないのだろう。ふわふわのピンクブロンドに榛色の瞳という目立つ美少女であるコレット様に、男子生徒も浮足立っている。
学院長の式辞の後は、在校生代表としてわたしたちより四つ年上の王太子殿下からご挨拶があった。
この方がジェラルド王太子殿下か……。金髪碧眼、マンガそのままの美々しい王子様だ。周囲の女生徒は、壇上の王太子にうっとりと見惚れている。
だがコレット様は、扇で口元を隠し、わたしにささやきかけた。
「マティルド、知ってる? 王太子殿下は、シモン様の学生会入りを拒否されたんですって。……おかしいと思わない? ランドールのことは強引に学生会に入れておきながら、シモン様の入会は許さないだなんて」
コレット様は不満なんだろうけど、これは原作通りだ。
ジェラルド様は、剣術系のスキルもないのに(実際は『剣聖』という伝説級のスキル持ちだが)腕が立ち、誠実な人柄のランドール様を気に入られ、会長権限で強引にランドール様を学生会に入会させている。
それだけだと甘やかされた王子様のわがままのように聞こえるが、実のところ、ジェラルド様は卒業してからの自身の勢力、使える手駒を在学中に着々と増やしているのだ。
ジェラルド様の母君が亡くなられ、母君の兄であるオランド公爵が政治的に失脚してから、ジェラルド様の政治的基盤はかなり弱体化している。第二王子側が勢いを増す中、お飾りの王である父親を頼らずに自力で反撃しようと考えるあたり、ジェラルド様はかなりガッツある王子様だと思う。
『ソランの薔薇』でジェラルド様は、母君が亡くなられた原因を第二王子側による毒殺ではないかと疑っていた。
父親であるレイモンド陛下はジェラルド様に優しいが、側妃ミリア様とその取り巻きに頭が上がらず、頼りにはならない。そのためジェラルド様は、まだ学生の頃から味方集めはもちろん情報収集やら状況分析やら、何もかもすべて一人でやらざるを得なかった。
そう考えると、まだ十六歳なのに色々と可哀そうな気がする。ジェラルド様は主人公だけあって有能だし人望もあったから成功したけど、本当はこれ全部、父親であるレイモンド陛下がやるべき事なんでは。
「ランドール様は昔から剣術に秀でていらっしゃいましたもの。王太子殿下はランドール様を護衛として取り立てようとお考えなのかもしれませんわ」
「馬鹿ね、何言ってるの、マティルド」
コレット様に鼻で笑われた。
「ランドールは将来、平民になるのよ? どうして王太子殿下の護衛になんてなれるって言うの。……王太子殿下の護衛なら、シモン様のほうがずっとふさわしいわ」
「シモン様は、あまり荒事を好まれないと思いますが」
というより、はっきり言ってシモン様は、王太子殿下の護衛としては剣術レベルが低すぎる。シモン様なら、まだわたしのほうがましだ。
しかし、
「王太子殿下の護衛になるのに、剣の腕なんて関係ないわ」
コレット様は身も蓋もないことを言った。
「シモン様はケルテス辺境伯家のご嫡男だし、それに『召喚』という素晴らしいスキルをお持ちだもの」
ケルテス辺境伯家に代々伝わるユニークスキル、『召喚』。
主に絶対服従する聖獣を呼び出すことができるというスキルで、たしかにこのスキルの持ち主なら剣など持てなくても問題ないかもしれない。
しかし、シモン様の『召喚』は闇術師によって刻まれた偽のスキルだ。今の時点でジェラルド様がそれに気づいているとは思えないが、それでもシモン様ではなくランドール様を選ぶあたり、ジェラルド様はかなり人を見る目がありそうだ。
もちろん、そんなことはコレット様には言えないが。
「王太子殿下のような、雲の上の御方がお考えになることなんて、わたしにはわかりかねますわ」
無難にお茶を濁して微笑み、話を切り上げた。
コレット様は不満そうだけど、さすがに王族についてそれ以上突っ込んだ文句も言えないようだ。黙り込んだコレット様を横目に、わたしは小さくため息をついた。
コレット様は、とにかくシモン様を盲目的に慕っている。
シモン様の本当の出自がバレた後も、葛藤を抱えながら、それでもシモン様の味方でいつづけた。色々と問題はあるが、コレット様は一途な女の子なのだ。
でも、相手が悪すぎるんだよねえ。シモン様は、コレット様がどんなに尽くしても、それに誠意をもって応えてくれるような人じゃないからなあ……。




