44.婚約の行方
「マティルド、王宮から知らせが届きました」
帰りの馬車に乗り込むなり、中にいたグレース伯母様が言った。
「落ち着いて聞いてちょうだい。……王太子殿下が、あなたを婚約者に望まれているそうなの。何かの間違いではないかと思ったのだけど……」
「あっ、朝、王太子殿下から伺ったので間違いじゃないです! 婚約を申し込まれました!」
「なんですって」
グレース伯母様は驚愕の眼差しをわたしに向けた。
「朝? 朝というと……、学院で王太子殿下から、婚約について説明されたのですか?」
「説明というか、求婚されました」
わたしは伯母様にかいつまんで事情を説明した。
シモン様と揉めているところに王太子殿下があらわれて……、思い返すと、すごくロマンチックな成り行きだったなあ。王子様にひざまずかれて「婚約者になってほしい」って手にキスされるなんて。
もうあんな経験、一生できないだろうなあ。せっかくだから、もう少し楽しんでおけばよかった。あの時は驚いてそれどころじゃなかったんだけど、今思えばもったいないことをしたかもしれない。
「マティルド……、それは……」
ぼうっと回想に浸るわたしとは対照的に、グレース伯母様は真っ青になった。
「それは……、その、もちろんお受けしたのでしょうね? まさかとは思いますが、殿下の求婚を断ったりなんて、そんな失礼は働いていないでしょうね?」
「いくらわたしでもそれくらいの常識はありますよ。承諾しました」
よかった……、とグレース伯母様が胸を撫で下ろした。どんだけ無礼者と思われてたの、わたし。
わたしの非難がましい視線に気づいたのか、伯母様が慌てたように言った。
「いえ、もちろん大丈夫だと思っていましたよ。でも最近、あなたは婚約の件で神経質になっていたでしょう。……あなたはとても素直で良い子だけれど、なんていうかほら、気を遣わなきゃならない相手との試合であっても、一撃で相手を叩きのめしてしまうような、ちょっと困ったところがあるし」
「シモン様との試合は、あれは事故のようなものです! 別に最初から叩きのめしてやろうとか、そんなつもりじゃなかったんです!」
一度失った信頼を取り戻すのは難しい。二年前のやらかしを、いつまで言われなきゃならないんだろう。辛い。
「これからは王家とルブラン家との話し合いになりますが……、マティルド、いくら殿下が望まれても、最終的にあなたと殿下が結婚するのは難しいかもしれません」
そりゃそうだ。ていうか、結婚できたら困る。
「わかっています。わたしが王太子妃なんて無理ですしね」
肩をすくめるわたしに、伯母様が「あら」と拍子抜けしたように言った。
「あなた、王太子殿下と結婚したいとは思わないの?」
「いや、だって王太子殿下と結婚したら、将来は王妃じゃないですか。わたしが王妃なんて、伯母様は無理だと思わないんですか?」
「……あら……、それは……」
伯母様は言葉につまって馬車の窓に目を向けた。そういう言葉にしない気遣いって、逆に相手を傷つけるんですよ伯母様!
「……ともかく、王太子殿下があなたとの婚約を望んでいることについては、いずれあなたのお父様からご指示があるでしょう。それまでは王太子殿下が望まれるなら、一緒に行動してもかまいません。もちろん二人きりはいけませんが」
「それは大丈夫だと思います。殿下はいつもランドール様と行動を共にされているようですから。今日もお二方と一緒にお昼をとりました」
そこまで言って、わたしは気がかりな事を思い出した。
「グレース伯母様、今日はコレット様の姿を学院で見かけませんでした。……何かご存じではありませんか?」
「ああ……、それについてもあなたに言わなければなりません」
伯母様はため息をついた。
「どうやらリヴィエール侯爵家に、ケルテス辺境伯家から申し入れがあったようよ」
「……申し入れというと……」
「決まっているでしょう。シモン様とコレット様の婚約解消です」
なんだって!?
「どどどうしてですか!?」
「ケルテス辺境伯家は、マティルド、あなたとシモン様を再度婚約させたいと思っていますからね。最初はリヴィエール侯爵家には内密に動いて、あなたに婚約を承諾させようとしたでしょう。けれどそれではうまくいかないと見て、リヴィエール侯爵家と揉めることを覚悟で本腰を入れてきた、ということかしらね」
「そんな」
困るよ!
コレット様に恋敵認定されたら、わたしの死期が早まってしまう!




