42.障害物競走
ほう。
女が騎士になれるはずがない、と。
なるほど。そう思っているなら、サヴィニー伯爵がわたしを王宮騎士団に勧誘するのは業腹だろう。
現時点で女騎士は何人もいるが、それを好意的にとらえない人間も多い。女性は家の中にいるべきだとか、剣を振り回すべきではないとか。
しかし、性別を理由に見下されることを、こんなに腹立たしく思うのは、やっぱり前世の記憶がよみがえったからだろうな。二年前、シモン様に「女のくせに」と言われた時は、特にどうとも思わなかったし。
たしかにこの世界で……というか、少なくともソラン王国で女性が独り立ちするのは、すごく難しい。わたしはユニーク魔術を使えるが、それでも学院卒業後ずっと独身でいれば、何のかのと言われるだろう。
本気で魔法騎士を目指すなら、そうした声を実力でねじ伏せていかなきゃならない。ただユニーク魔術を使えるというだけで魔法騎士になったと思われたら、実際に騎士たちと連携して戦う時、うまくいかないのは目に見えている。
よし。とりあえずこのレースで、エルヴィスさまたちに勝つぞ。
「周囲の雑音を気になさる必要はありませんわ」
わたしはエミール様に微笑みかけた。
エミール様は平民ながら王立学院に入学を許可されたくらいだから、そこらの貴族より頭もいいだろうし、カンも良さそうだ。しかし、優しいというか気弱そうに見える。ここでプレッシャーをかけては、気負いすぎて実力を発揮できないかもしれない。
「女だからという理由で、色々なことをおっしゃる方はいらっしゃいます。エミール様も同じでしょう? 平民出身だというだけで、面倒な思いをされたことも多々あったのでは?」
エミール様だけでなく、ジャン様も苦笑した。
「そうした雑音をいちいち気にしても始まりませんわ。気楽にいきましょう」
ね? と微笑みかけると、エミール様も笑ってくれた。
「……それで、俺は何をすればいい?」
ジャン様が声を低めて言った。
「あんたはあの貴族のお坊ちゃまたちに勝ちたいんだろ?」
「では、丁寧に馬を走らせてください。急いで障害を落としたり、強引に生垣を突っ切るようなことをしなければそれで十分です。……あちらが妨害行為を仕掛けても、受け流してください。やり返す必要はありません」
「それで大丈夫なのか?」
「ええ。焦ってタイムを競う必要はありませんわ」
わたしは頷いた。
馬房前の馬場はそれほど広くない。クロスカントリーのように小川などを越えて行われる障害競走とは違うから、タイムより丁寧に走ることが重要だ。
もちろん、速さでも負けるつもりはないが。
二組ずつ競走させるらしく、なぜかわたしたちのチームとエルヴィス様のチームが最初に競争することになった。
ロイド先生が面白そうにわたしたちを見ている。この組み合わせ、絶対わざとだ。
まあ、直接競走したほうがわかりやすくていいか。
よし、気合を入れていくぞ!
「始め!」
先生の合図とともに二頭の馬が走り出す。
エミール様もエルヴィス様の友人も、なかなかの手綱さばきだ。今のところはほぼ互角だな。
だが最初の生垣のところで、エルヴィス様の友人が「ハッ!」と大声を上げて馬を棹立ちにさせた。エミール様が驚いて馬の足を止めると、
「邪魔だ!」
その男子生徒はエミール様を怒鳴りつけ、その勢いのまま、生垣を飛び越えた。
だが馬も急な飛越についていけず、生垣に足がかかって着地が乱れた。その後ろで、エミール様がきれいに生垣を飛び越える。
エルヴィス様の友人は、その後もスピード重視で障害物をいくつか落下させてしまったが、エミール様よりは早く戻ってきた。
エミール様はすべての障害物を落下させず、障害を飛び越えた後もスムーズに馬を走らせていたが、その分、時間がかかったようだ。
「すみません、遅くなってしまって……」
下馬したエミール様が申し訳なさそうに言う。
「いいえ、エミール様が謝る必要などありませんわ。これはスピードのみを競うのではなく、馬とどれだけ一体となれるか、その技術を競っているのですから。エミール様の馬術は素晴らしいですわ」
「あ、ありがとうございます……」
エミール様は恥ずかしそうにお礼を言うと、ジャン様の背中に隠れてしまった。北部の民にはない奥床しさを感じる。
「次は俺だな」
ジャン様が騎乗する。相手はエルヴィス様だった。……ということは、わたしの相手はアレか。「女が軍馬に乗れるもんか」と言ったヤツか。
ジャン様はスピードに優れていたが、エミール様ほど丁寧ではなく、障害を一つ落下させてしまった。しかしエルヴィス様は二つ落下させたし、ジャン様より遅かったから、今回はジャン様の勝ちだな。
エミール様がタイムで負けたことを考えると、わたしの結果でチームの勝敗が決まるだろう。燃えるう!
ジャン様から手綱を受け取ると、
「気を付けたほうがいい」
小さな声で耳打ちされた。
「あいつ、わざと馬に泥を跳ねさせたり進路を妨害したりしてきやがった。教師に見つからないように嫌がらせをしてくるぞ」
「わかってますとも」
わたしは頷いた。
こう言っちゃなんだが、ルブラン領でおこなわれる褒賞のかかったレースでは、もっとえげつない妨害工作もある。それを乗り越えてこその勝利なのだ。
「今のところはどちらも互角……、いや、ちょっとだけマティルド君たちのほうが有利かな。まあ、次で決着がつくだろうね」
ロイド先生の言葉に、わたしを罵った陰口男がこちらを睨んだ。
「始め!」
先生の合図を受け、わたしと陰口男が同時にスタートを切る。陰口男は斜行して馬体を寄せてきた。わたしに大回りをさせたいのだろう、……が!
「ハイッ、ハイッ! 行け!」
わたしは馬の首筋を撫でてなだめながら、逆に陰口男の馬に突っ込んでいった。慌てて陰口男が馬首をめぐらせ、衝突を回避する。
「何をする! 危ないだろう!」
陰口男が怒鳴るが、最初に仕掛けてきたのはそっちだ。
わたしは無視してスピードを上げた。
最初の障害は低い生垣だ。難なく飛び越え、さらにスピードを上げる。
「くそっ、待て!」
後ろで陰口男が叫んでいるが、もちろん待ったりしない。
少し高い位置に設置されたハードルを越え、さらに止まることなく連続して障害を飛んでいく。
「いいぞ、行け!」
「頑張って!」
ジャン様とエミール様の応援が聞こえる。
もっと速く。背を屈め、腰を上げて膝でバランスを取り、馬を制御する。しばらくぶりの障害競走だったけど、案外体は動いてくれた。
何より、久しぶりの乗馬は気持ちいい!
気づけばゴールしていた。両手を振り回し、大喜びするジャン様とエミール様に迎えられる。
「やったな、すげえ!」
「マティルド様、すごい! すごいです! 風みたいでした!」
下馬し、後ろを振り返ると、あの陰口男がようやくゴールしたところだった。
わたしは障害を一つも落とさなかったし、タイムもぶっちぎりだ。ということは、つまり。
「勝ちましたね!」




