41.嫌われている?
「ルブラン伯爵令嬢、よければ私たちと組みませんか? 馬に不慣れでも私たちがサポートしてあげますよ」
エルヴィス様が愛想よく言った。しかし彼の友人らは不服らしく、「なんで俺らがご令嬢の尻ぬぐいをしなきゃならないんだ」とか「いくらユニーク魔術の使い手だからって、本気で魔法騎士になれると思っているのか?」とか聞えよがしに悪口を言っている。
ふーんだ。最初っからあなたたちなんか頼りにしてませんよーだ。
「お声がけありがとうございます。ですが、わたしは別の方と組ませていただきますわ。どうせ競争するなら、勝ちたいですもの」
そう言うと、エルヴィス様の顔が真っ赤になった。
「私はサヴィニー伯爵から頼まれて、それであなたを助けてあげようと」
「お気持ちだけで十分ですわ。……サヴィニー伯爵は、わたしについて何とおっしゃいましたの? 馬にも乗れぬ令嬢だからあなたの手助けが必要だと、そうおっしゃったのですか?」
ないとは思うがもしそんなことを言っていたなら、絶対に王宮騎士団には入らないぞ。
「それは……いえ、違いますが……」
「なら手助けは無用です。お互い、正々堂々と勝負しようではありませんか」
エルヴィス様の友人たちは、彼の腕を引っ張って言った。
「エルヴィス、行こう。……いくら未来の王太子妃だからって、そこまで面倒見てやることはないよ」
「あんな跳ねっ返り、どうせすぐ婚約破棄されるさ」
言い方は気に食わないが、内容は当たっているから黙っていると、横から声をかけられた。
「……良かったら俺らと組まないか? 一人足りねえんだよ」
見ると、褐色の短髪に黒い瞳の男性が立っていた。馬術クラスの生徒なんだろうけど、どう見ても年上だ。
「言っておくが、俺もこいつも平民だ。……どうする?」
男性の後ろに隠れるようにして少年が立っていた。薄茶の髪に榛色の目をした、大人しそうな少年だ。この二人には見覚えがある。
「以前、あなたたちをお見かけしたことがありますわ。中庭でお昼を食べていらっしゃいましたよね。マティルド・ルブランです。よろしくお願いいたします」
頭を下げると、
「俺はジャン、こいつはエミールだ。……本当にいいのか? 貴族のお坊ちゃまがすごい目でこっちを見てるが」
ジャン様が声を落として言う。
わたしはフッと笑ってみせた。
「魔獣と戦ったこともないようなお坊ちゃまに睨まれたって、痛くもかゆくもありませんわ。それでお二人とも、乗馬のご経験は?」
平民なら、馬に触ったこともないという人もいる。
「俺は荷馬車を扱うから、まあ、なくはねえな。エミールも同じだ」
聞けば、二人は商会を営む一族の従兄弟同士なのだそうだ。
「エミールの出来がいいんで、こりゃ王立学院に入れたほうがいいってことになって、俺はまあ、こいつの付き添いみたいなもんだ」
「ち、違うよ……。ジャンは僕よりずっと賢いもの。ただ学院に入るお金を貯めるために、時間がかかったから」
エミール様が必死になって言う。可愛いなあ。
「お二人とも、仲がよろしいのですね。……さて、レースについてわたしの考えを述べさせていただいてもよろしいでしょうか?」
「よろしいも何も、俺らはお貴族さまの馬術についちゃ素人同然だからな。何か策があるなら教えてくれ」
「馬術に貴族も何もありませんわ。障害競走は、どれだけ馬に負担をかけず、悪路を速く進めるかを競うレースだと思っていただければよろしいでしょう」
わたしは二人をじっと見た。
ジャン様は謙遜していたが、小指の内側の皮が厚くなっているところを見るに、相当手綱を持ち慣れている。エミール様も同じだ。
「お二方とも馬の扱いには慣れていらっしゃるようですわね。障害も低く設定されていますから、落ち着いて馬を御せばレースは問題ないと思いますわ。後は妨害をどうかわすかですけど」
「妨害? お育ちのいいお坊ちゃまたちが、いったいどんな卑怯な真似をしてくるって言うんだ?」
「まあ、それはあまりにもわたしたち貴族を美化したご意見ですわ」
わたしはにっこり笑って言った。
「どこに行っても人と人は諍うものですが、貴族はただ体面を傷つけられたというだけで、報復に人を殺すこともありますのよ」
エミール様の顔色が悪くなり、ジャン様は非難するようにわたしを見た。
「と言っても、さすがに学内で危害を加えられるようなことはない……、はずです。よほどのことがなければ」
ついさっき、シモン様に殴られそうになったことを思い出してしまったが、あれはレアケースだ。うん、たぶん。
「脅かすなよ」
「それぐらいの気構えを持ったほうがいい、という話です。……たぶん順番が後になるにつれ、妨害が激しくなるでしょう。ですので、一番目はエミール様、二番目はジャン様、三番目はわたしの順番でレースをしたいのですが、よろしいでしょうか?」
「俺はかまわねえが……」
「あの、マティルド様はそれで大丈夫なんですか?」
エミール様が心配そうにわたしを見上げる。
なんかブライアンを思い出してしまう。お姉ちゃん頑張るよ!
「大丈夫です、任せてください!」
「すげえ度胸」
ジャン様は呆れたように言ったが、ニヤッと笑った。
「でもまあ、貴族のお坊ちゃまたちに一泡吹かせるのも楽しそうだ。やってやろうじゃねえか」
「またそんなことを言って……」
エミール様は困ったような表情を浮かべたが、
「あの、僕たちと組んでくださってありがとうございます。精一杯頑張りますので、よろしくお願いいたします」
丁寧に頭を下げるエミール様に、わたしは微笑ましい気持ちになった。
なんだろう。同じ年齢なのに、なぜか母性を刺激される。
レースに使用する馬はロイド先生が選んだ。どの馬も大人しそうだが、現役時代は戦争に駆り出されたこともある軍馬だそうだ。
「女が軍馬に乗れるもんか」
「よせよ、サヴィニー伯に泣きつかれたら面倒だ」
エルヴィス様の友人たちがわたしをチラチラ見ながら悪口を言っている。なんなんだあいつらは。わたしに何か恨みでもあるのか?
「あんた何かしたのか? えらく嫌われてるみてえだが」
ジャン様が少し呆れたように言う。
「さあ。……彼らと組むのを断ったからでしょうか?」
エミール様がおずおずと言った。
「あの……、マティルド様は、ユニーク魔術の使い手なんですよね」
うん、そうみたいです。
「王宮騎士団のサヴィニー伯爵が、ユニーク魔術の使い手であるご令嬢を熱心に勧誘しているのを……、その、なんていうか快く思わない生徒がいるみたいで、……あの、彼らと一緒の授業の時に、いろいろ言っているのを聞いたことがあります。女が騎士になれるはずないとか、そういうことを……」




