40.馬術の授業
「素晴らしい魔術だった!」
ガブリエル様が興奮さめやらぬ様子でまくしたてた。
「あの炎の威力は素晴らしい! あれほどの威力を持つ魔剣を、少ない魔力消費量で創造できるというのも実に画期的だ! 魔力による効果を付与した魔剣は、その魔力消費量の大きさが課題だからな。現在サヴィニー伯爵しか魔法騎士がいないのもそれが理由だ」
「そういえば魔術師団長様も炎の効果付与ができますが、なぜ魔法騎士を名乗られないのでしょう?」
ルーディガー様ほど強大な魔力の持ち主なら、魔力の消費量なんて気にせずガンガン魔剣を使いたい放題のはずだ。立ち居振る舞いを見ても、ルーディガー様が相当な手練れであるとわかる。
別にわたしを勧誘しなくてもルーディガー様が魔法騎士になれば、魔術師の塔と王宮騎士団の争いも少しは沈静化するんじゃなかろうか。
ガブリエル様は肩をすくめた。
「叔父上は魔術を愛しておられる。剣を振るうより、魔術を使いたいんだ。たしかに叔父上ならば魔法騎士になれるだろうが、本人にその気がないから無理だな」
ああ……、なんとなくわかる気がする。
「ちなみに僕は剣が使えない! 体術も嫌いだ! だから僕も魔法騎士になるのは無理だな!」
なんで胸を張ってそんなこと言えるんですか。
「そうなんですか。……ところで次の授業、わたしは馬術なのですけれどガブリエル様は?」
ガブリエル様は地理学だった。
「将来、他国の要請に応じて魔獣討伐に赴くかもしれないから、地理を学んでおいて損はないと叔父上に言われたんだ」
あー、ルーディガー様はガブリエル様が魔術師の塔へ入ることを前提に指導しているんだな。
しかし、わたしには学院を辞めろとか言っておきながら、甥っ子にはちゃんと役立つアドバイスをしているところがひどい。
廊下を歩いていると、ヒソヒソ囁き声が耳に入る。
王太子殿下と……とか、ラクロワ公爵令嬢を差し置いて、とか。
身分的には、ルブラン伯爵家は王家に嫁げるギリギリの家格だ。といってもラクロワ公爵家とは比べ物にもならない。
しかし、王太子殿下自らの求婚となれば、そもそもわたしに拒否権などない。そこは貴族なら皆承知しているはずだが、やっぱりわたしみたいな貧乏伯爵家の娘が玉の輿に乗るなんて、許せないって思う人が多いんだろうな。
うーん。……まあ、気にしてもしょうがないか。死ぬよりはマシって思っておこう。どうせそのうち、聖女さまが現れたら婚約解消される訳だし。
校舎に隣接する馬房前に行くと、すでに何人か生徒がいた。わかってたけど、全員男子だ。
まあ、馬術をとるのは騎士を目指している生徒だけだし、しかたない。
「ルブラン伯爵令嬢ですね」
男子生徒の一人が進み出て、丁寧な態度で話しかけてきた。同じ一年生だろう。薄茶の短髪に薄茶の瞳をしている。
「私はノーラン子爵家の次男、エルヴィス・ノーランです。父が王宮騎士団に勤務しているのですが、最近はサヴィニー伯爵からルブラン伯爵令嬢のお話をよく伺います」
「マティルド・ルブランです」
挨拶を返したが……、サヴィニー伯爵はいったいどんな話をしたんだ。
ノーラン子爵というと、王都の南にある穀倉地帯を治める貴族か。
「ルブラン伯爵令嬢は将来、サヴィニー伯爵の後継者となる御方だから、失礼のないようにせよ、と」
「後継者!?」
初耳なんですけど!
「魔法騎士は現在、サヴィニー伯爵しかいませんが、ルブラン伯爵令嬢がその後を継げば、そういうことになるでしょう」
ああ、魔法騎士として、ってことか。しかし、
「卒業後、わたしは王宮騎士団と魔術師の塔、どちらに入るのかまだ決めていません」
小さな声で言った。
これは本当に悩みどころだ。
どちらも素晴らしい職場だと思うけど、それだけにどちらにすればいいのか決められないんだよ。一年かけてじっくり考えたい。
だが、エルヴィス様の考えは違うようだ。
「そんなの迷う必要などありませんよ。王宮騎士団に入ればいいじゃありませんか。騎士ほど素晴らしい職業はありません!」
うん、まあ素晴らしい職業だってところには同意するけど。
「王宮騎士団の騎士様は、剣術や体術、馬術など優れた技術をお持ちです。わたしはユニーク魔術を使えますが、その他の面で後れをとるのではないかと心配なのです。卒業まで鍛錬に励み、その上で決めるつもりです」
ああ、とエルヴィス様は軽く頷いた。
「まあルブラン伯爵令嬢は女性ですしね。誰も男性と同じレベルを求めてはいないでしょう。安心してください」
わたしはエルヴィス様を見た。
今この人、わたしは女なんだから、できなくても仕方ないって、そう言った?
男と同じレベルは、誰も期待していないって、そう言った?
たしかにわたしの剣術や体術、馬術などは父上やマクシム叔父様には負ける。王宮騎士団の騎士様たちの足元にも及ばないだろう。
しかし! 同学年の男子生徒相手ならば話は別だ!
北部の貴族は幼い頃から馬術、剣術、体術を叩き込まれる。ある程度の技量がなければ、魔獣の脅威から領民を守るどころか、自分の身すら守れずに死ぬからだ。
エルヴィス様の立ち姿、足運びを見るに、幼少期から戦闘技術を叩き込まれた北部の貴族とはその技量に雲泥の差があることは明白だ。
おのれ……、魔獣の皮を剥いだこともなさそうなお坊ちゃまが、北部の勇と称えられるルブラン一族を侮るとは、いい度胸ではないか。
わたしが闘志をたぎらせていると、騎士服を着た壮年の男性が現れた。
「ああ、君がマティルド君か。サヴィニー伯爵から話は聞いているよ」
サヴィニー伯爵はいったい何を触れ回っているんだ!
「私は馬術の講師を務めるヘンリー・ロイドだ。教え子から二人も魔法騎士が出るなんて名誉なことだね」
ハッハッハと楽しげに笑い、ロイド先生は生徒を見回した。
「それでは今日は、三人一組の障害物レースをしてみよう。三人の合計タイムと障害物をうまく飛び越えられたかを審査し、評価点を与えることとする」




