37.未来の王妃(ジェラルド)
初めてマティルド嬢のユニーク魔術を目の当たりにした時、その信じられない威力に呆然とした。
なんということだ。
マティルド・ルブラン。
この小さな少女は、ソラン王国のパワーバランスをたった一人で覆してしまうかもしれない。
転移魔術を操り、炎の剣を生み出す。しかもユニーク魔術によって生み出された炎の剣は、何度使っても魔力が減らないというオマケつきだ。つまり彼女がいれば、尽きることのない火力を得られるということになる。
信じられない。
憧れの炎の剣を手に、マティルド嬢はにこにこしていた。まだ子どものようにあどけないこの少女が、ソラン王国の行く末を決めるかもしれない。なんとしても味方に引き入れねば。
王宮騎士団も魔術師の塔も、マティルド嬢を手に入れようとやっきになっている。
ルーディガーはただマティルド嬢のユニーク魔術にしか興味はないようだが、サヴィニー伯は王宮騎士団の戦力拡大を狙っているのだろう。
私に気づいたサヴィニー伯は、露骨に嫌な顔をした。
彼は、私がランドールを自分の護衛候補にしたことが気に食わないのだ。
私の護衛候補となれば、ランドールは私と命運を共にすることになる。もし私が第二王子との政争に破れれば、いかにサヴィニー伯が庇おうとランドールにも累が及ぶことは避けられない。
サヴィニー伯は、有望な騎士であるランドールを心配し、まだ学生のうちから彼を手駒にした私を不快に思っているのだろう。
そして、今回も。
今度はマティルド嬢を、王国を二分する争いに巻き込むつもりか、と。そう批判する目で私を見ていた。
たしかに、炎の剣を手に無邪気に喜んでいる姿を見ると、こんな少女を政争に巻き込まねばならない己に忸怩たる思いが沸き上がる。
だが、これほどの逸材をみすみす逃すわけにはいかない。なんとしてでも手に入れなければ。
なりふり構ってなどいられない。私の持つ数少ないカードを使ってでも、マティルド嬢を手に入れる必要がある。
一番手っ取り早いのは、マティルド嬢を私の婚約者にすることだ。
以前はランドールを通じて少しずつこちら側に引き込めばよいと思っていたが、彼女がユニーク魔術の使い手とわかった今、そんな悠長なことはしていられない。第二王子側も動き出すだろう。それに先んじるには、彼女を私の婚約者にするしかない。
私は王宮へ戻り、急いで書類を作成した。まずは父上の許可をとり、すぐルブラン家へ使者を立てる。
マティルド嬢へは明日、どこか二人きりになれる場所で、私との婚約を受け入れてもらえるように説得しよう。彼女は権力や富への関心が薄そうだから、どうなるか不安だ。
私に対する嫌悪などはなさそうだが、好意も感じられない。通常、私を見た貴族令嬢のほとんどは私の容姿に好意を抱くが、マティルド嬢にはあまり効果はない様子だった。これは苦労するかもしれない。
と思っていたが、予想外の展開になった。
翌日、学院でマティルド嬢の姿を探すと、なぜか彼女とケルテス辺境伯家のバカ息子が、ひらひらと妙な踊りを踊っていた。……違う、踊っているのではなく、よけている? ケルテス家のアホがマティルド嬢に暴力を振るおうとし、それをマティルド嬢は軽やかに避けていた。……なぜ逃げない? 彼らは何の目的であんなことを……。
とりあえず声をかけると、マティルド嬢は私に気づき、挨拶をしようとした。が、その隙をついてケルテス家のカスが彼女に殴りかかった。なんという事を。
慌てて止めようとした瞬間だった。
マティルド嬢が、ひゅんっと横っ飛びに飛んだのだ。
えっ。何。魔獣並みの跳躍力じゃないか、これ?
唖然とする私に、
「おはようございます、王太子殿下」
華麗に着地したマティルド嬢が、真面目くさって挨拶した。
それを見た私は、こらえきれずに噴き出してしまった。
何もかもが面白すぎる。こんな貴族令嬢は、他にいない。
ユニーク魔術の使い手というのを差し引いても、彼女が私の婚約者になってくれたら、さぞかし毎日が楽しくなるだろう。
問題は、彼女もそう思ってくれるかだ。
彼女の前にひざまずき、求婚する。
「初めて君に会った時から、私の心は君のものだ」
心からそう告げた。
間違いない、と心の中に確信があった。
これほど心惹きつけられ、目を離せないと思える存在は、今後決して現れない。もし運命の相手がいるとするなら、それは目の前に立つこの小さな少女だ。
マティルド嬢は目を丸くして私を見ていたが、ふいに得心したように満面の笑みを浮かべた。
「ありがとうございます、至らぬところも多かろうと思いますが、精一杯努めさせていただきます!」
元気よく言って、私の手をぎゅっと握る。
なんだか婚約者というより任務を受けた騎士のような返答だと思ったが、それも含めて彼女らしい。
私はすっかり愉快な気持ちになった。自然に笑顔になるのが自分でもわかる。
ああ、こんな晴れやかな心地は久しぶりだ。心がふわふわと浮き立ち、どこかくすぐったいような、こんな気持ちを何と呼ぶのだろう。
マティルド・ルブラン。
この少女が、私の未来の妻。ソラン王国の王妃となるのだ。




