36.二人の求婚者
「この……っ、よくもこの僕に……!」
シモン様が真っ赤になって怒鳴りちらす。
ふーんだ。ぜんぜん怖くなんてありませんよーだ! 断ってもいいって許可をもらってるし、万が一シモン様に暴力を振るわれたって、わたしのほうが強いもんね!
……いや、暴力を振るわれても暴力で返しちゃいけないんだった。どうしよう、逃げたほうがいいかな?
「無礼な女め!」
シモン様がつかみかかってくる。ひょいっとよけると、「よけるな!」と怒鳴られた。
わたしだってよけずに投げ飛ばしたいけど、それはダメって言われてるからしかたないんだよ!
それから何回もひょいひょいとシモン様の攻撃をよけていると、
「……何をしているのかな、マティルド嬢?」
背後から声をかけられ、振り返った。
「王太子殿下……!」
ジェラルド様が何とも言い難い表情を浮かべて立っていた。
相変わらず朝から輝いている。シャンプー何使ってるんだろう。シモン様もわたしも似たような金髪なのに、ジェラルド様とは輝きが違うんだよね。
思わず見惚れていたら、シモン様に殴られそうになった。慌てて横っ飛びに飛ぶ。
「おはようございます、王太子殿下」
着地して淑女の礼をするわたしに、ジェラルド様が噴き出した。
「いったい……、っふ、何をやって……」
ジェラルド様が苦しそうにお腹を押さえている。何となくわかってきたけど、ジェラルド様って笑い上戸なんだな。
「お見苦しいところをお見せして、申し訳ありません、殿下」
「いや、見苦しいとかそういう……。ケルテス辺境伯令息、か弱い令嬢に暴力を振るうのはやめたまえ」
か弱い? とわたしとシモン様の声が重なったが、
「……とにかく、学院内での暴力行為は禁じられている。今すぐやめなければ、学院長に申し立てて罰則を科す」
「そんな!」
シモン様が大声を上げた。
「悪いのはこの女です、王太子殿下! 僕はただ、この女に」
「ルブラン伯爵令嬢、だ。この女などと言うのはやめろ」
ジェラルド様が冷たく言った。
「っしかし、このおん……、ルブラン伯爵令嬢は、僕の婚約者です!」
「婚約者?」
ジェラルド様が顔をしかめた。
「そうなのか、マティルド嬢?」
「嘘です!」
ここぞとばかりにわたしは主張した。
「たしかに昔、シモン様と婚約していたこともありましたが、十歳の時に正式に解消されました! 現在のシモン様の婚約者は、リヴィエール侯爵令嬢コレット様です! 正式な婚約解消もなく婚約者を他人にすげ替えるなんて、王国法に反する行為です!」
「きさま! よくもそのような……!」
ジェラルド様がスッとわたしの前に立ち、いきり立つシモン様と対峙した。そして一瞬振り返り、不思議な……、何ともいえない表情でわたしを見た。
「……マティルド嬢の言うとおりだ。貴族の婚約については、王国法で詳しく定められている。それに則れば、ケルテス辺境伯令息の言い分は間違っていると言わざるを得ない」
「王太子殿下!」
「どちらにせよ、マティルド嬢は私の婚約者となるから、君とは婚約できない」
ジェラルド様の言葉に、わたしとシモン様だけでなく、その場にいた生徒全員が動きを止めた。
「……えっ?」
今、私の婚約者、って言った? えっ? どういうこと?
「マティルド嬢」
ジェラルド様はわたしの前にひざまずき、そっとわたしの手を取った。
「初めて君に会った時から、私の心は君のものだ。……どうか私の婚約者になってほしい」
ちゅっと軽く手の甲にキスされ、きゃあああ! と周囲の女生徒が黄色い悲鳴を上げた。
え……? いったい何が起こってるの?
王太子殿下の婚約はもっと後のはずだし、相手は平民の聖女さま……、いや、ちょっと待て!
わたしは突然、天啓を受けたように閃いた。
そうか!
ジェラルド様は、色恋沙汰で婚約を決めるような御方ではない。必要ならば、平民であってもためらうことなく結婚する。そういう政治的判断をくだせる御方だ。
ということは……、ジェラルド様は、わたしにそれだけの価値がある、と判断されたんだ。ここでシモン様を蹴散らし、自分の陣営に加えるためなら、大切な婚約者カードを切ってもいいと、そう考えてくださったんだ!
「ありがとうございます!」
わたしはジェラルド様の手をぎゅっと握り返した。
「至らぬところも多かろうと思いますが、精一杯努めさせていただきます!」
ぎゃあああ! とさっきとは違う怒りの声が女生徒たちから上がった。
でも、わたしの心は高揚していた。
あのシビアなジェラルド様が、わたしを味方にしてもいいって思ってくれたんだ!
しかもそのために、大切な婚約者カードを切ってくれた。
わたしのユニーク魔術を、そこまで評価してくれたなんて!
おおお……、頑張ります! 絶対、後悔はさせません! このご恩に報いるべく、炎の剣でガンガン敵をやっつけます! 危なくなったら『逃走』を使って、御身をお守りいたします!
やる気をみなぎらせるわたしを見て、ジェラルド様がおかしそうに笑った。




