31.魔術披露
「では、失礼いたします」
ルーディガー様と向かい合うように立ち、両手をつなぐ。
魔獣の死体と一緒に移動した時は、体のどこかに触れていれば大丈夫だったけど、人間相手だからね、慎重に。
「まるでダンスを踊るようだな!」
ルーディガー様が楽しそうに言う。
初めての、しかも効果が定かではない魔術をかけられるというのに、ぜんぜん緊張している様子はない。
「次は私の番だからね」
ジェラルド様が念を押すように言った。遊具の順番を待つ子どもか。
「行先はどこにする?」
ルーディガー様がわくわくした様子で言う。遊びに行くんじゃないんですけど。
「とりあえず、王都にあるルブラン家のタウンハウスにしようと思います。……失敗してルブラン領に飛んでしまったらすみません……」
「マティルドが謝る必要はない」
ルーディガー様が鷹揚に言った。
「自分が転移魔術を体験できるなど、思いもしなかった。たとえ火山の火口に落とされても文句は言わないから、安心しろ」
「そ、それはないと思いますが……」
たぶんね。
「それでは……」
背筋を伸ばして立って、体内の魔力を練り上げて……。
「『逃走』!」
王都のタウンハウス、王都のタウンハウス!
ぎゅっとルーディガー様の手を握ると、強い力で握り返された。やっぱりルーディガー様も不安なんだろうか。
見上げると、ルーディガー様は、それはそれは嬉しそうな笑みを浮かべていた。赤い瞳が宝石のようにキラキラ輝いている。まるで子どもみたい。
途端、視界が歪んで体を圧迫される感覚がした。魔術が発動したんだ……、今回は魔術師団長も一緒なんだから、気を失わないように!
次の瞬間、
「おお!」
耳元で叫ばれた、と思ったら、
「ぅえっ!?」
高々と体を持ち上げられ、くるくる回される。
「すごい! すごいぞ、マティルド! 転移した! 転移したのだ!」
「……いや、あの……、下ろして……」
この魔術を使った直後って、ただでさえ頭がくらくらするのに、体を持ち上げられてぐるぐる回されて酔いそうだ。
「ああ、すまない」
ルーディガー様はわたしをそっと床に下ろすと、顔を覗き込んだ。
「つい興奮してしまった。……気分は?」
心配そうな表情で見つめられ、ちょっとドキドキしてしまった。ルーディガー様って顔だけはいいんだよねえ。
「もう平気です。……ここは……、王都の、ルブラン家のタウンハウスですね」
間違いない、ここはタウンハウスの玄関ホールだ。ちょっと日に焼けたタペストリーや花の飾られていない花瓶(来客の予定がなければ生花など買えない)を見て、わたしはほっと胸を撫で下ろした。
よかった。成功したんだ!
すると、
「まあ! マティルド、いつ戻ったの?」
「グレース伯母様」
声に気づいたのか、グレース伯母様が階段を下りて玄関ホールに現れた。
わたしが説明するより先に、ルーディガー様が一歩踏み出し、グレース伯母様にさっと一礼した。
「失礼、私は魔術師の塔で師団長を務めるルーディガー・ミレーと言う。先ほどマティルド嬢に頼み、ユニーク魔術を使ってこちらに転移した」
グレース伯母様は両手で口を覆い、よろよろと一歩下がった。
「転移……、師団長……」
「さて、それでは塔に戻るか。マティルド、頼む」
「あの、グレース伯母様、心配しないで。後で説明しますから」
真っ青なグレース伯母様が心配だが、魔術師の塔に王太子殿下を待たせたままだからね。いったん、戻らないと。
ルーディガー様の手を握って、
「『逃走』」
魔術師の塔、ルーディガー様の執務室へ!
心の中で念じながら、魔力を声に乗せる。ふたたび世界がねじれるが、今度はさっきより圧迫感がない。
「はっ」
「……どうだ? 少しは楽になったか?」
耳元の声に顔を上げると、そこはルーディガー様の執務室だった。ちゃんと指定どおりの場所に移動できた!
ってことは……、これはもう、転移魔術だ。大魔術師ドミニク様の魔術と同じ! あの転移魔術!
おおお、自分が転移魔術を使えるようになろうとは!
感動に震えていると、咳払いが聞こえた。ナタリー様が王太子殿下と一緒にこっちを見ている。わたし達がルブラン家のタウンハウスにいる間に、ナタリー様が執務室に来たんだな。
それはともかく、
「師団長様、いま何か、術をかけてくださったのですか? いつもより楽に移動できたのですが」
「ああ、魔術の副作用を軽減した。気分は?」
「元気です!」
力いっぱい答えると、プッと噴き出す声が聞こえた。
「……失礼した、マティルド嬢。しかし、転移魔術には副作用があるのか……」
考え込むジェラルド様に、わたしは慌てて言った。
「いえ、別に寝込むような副作用ではありませんから、平気です! ちょっとクラッとするだけで」
「だが、ユニーク魔術にはいまだ解明されていない事も多い。マティルド嬢も、体への負荷がどの程度のものなのかわかるまでは、あまり頻繁にその転移魔術を使わないほうがいいかもしれないね」
別にそこまで深刻に考えなくても、と思ったのだが、
「殿下のおっしゃるとおりですわ。マティルド嬢は希少なユニーク魔術の使い手なのですから、皆様、もう少し気を配っていただきませんと」
ナタリー様がルーディガー様を睨みながら言う。
「ちゃんと気を配ったぞ。だから二度目は楽だったと、マティルドもそう言っているではないか」
「師団長! マティルド嬢は王宮騎士団からも勧誘を受けているのですよ!」
「へえ」
ジェラルド様が顎に手を当て、わたしをしげしげと眺めた。
「王宮騎士団……というと、サヴィニー伯爵が動いているという話は本当なのか」
値踏みされるような視線が、ちょっと怖い。
ジェラルド様って理不尽なことはしないけど、部下の能力の見極めとかすごくシビアだった記憶がある。
なんとかして王太子殿下側の陣営に加えてほしいけど、わたしはジェラルド様のお眼鏡に適うだろうか。




