29.魔術師団長
週末、朝イチでナタリー様がタウンハウスに迎えに来てくださった。
「おはようございます、素晴らしい朝ですわね! いえ、お構いなく、すぐ魔術師の塔へ向かいますから」
飲み物を運ばせようとメイドに指示を出しかけたグレース伯母様を止め、ナタリー様はわたしににっこりと笑いかけた。
「あの、ナタリー様、何か必要なものはありますか? あと服装は、学院の制服でもかまいませんか?」
「何も必要ありませんし、魔術師の塔にドレスコードはありません。気を楽にしてください、マティルド嬢」
わたしの手を取ると、ナタリー様はさっさと玄関脇に待たせてあった馬車に乗り込んだ。
「こちらのタウンハウスに戻るまで、わたくしが付き添いますからご心配なく。……それでは早く出発しましょう。馬車を出してちょうだい!」
ナタリー様の声掛けで、御者が馬車を出発させた。
あれよあれよという間に連れ出され、わたしが目を白黒させていると、
「急かしてごめんなさいね。……ただ、のんびりしているとどんな邪魔が入るかわかりませんからね」
それってサヴィニー伯爵のことでしょうか。
魔術師の塔は、王宮の敷地内に建てられてはいるが、結界に守られた門楼があり、塔というよりは城といったほうがふさわしい見た目だった。
ナタリー様とわたしは門前で馬車を降りた。門に兵士の姿はない。
ナタリー様は、閉じられた門の中央にある真鍮製のドアノッカーに触れて、
「『開け』」
魔力を乗せた声に、門が反応して自動で開いた。
「まあ」
わたしが驚くと、ナタリー様が誇らしげに言った。
「魔術師の塔には、あらゆる場所に魔術がかかっています。ここはソラン王国の魔術の粋を集めた場所なのですよ」
魔術師の塔の一階は、天井の高い大きな広間になっていた。奥に螺旋階段がある。
「ここは受付です」
ナタリー様が説明してくれたけど、受付には誰もいない。
「受付は基本的に無人です。ほら、ここに書いてあるでしょう」
ナタリー様の指し示す先に、大きな丸テーブルがあった。テーブルの上には透明な半円の球体がいくつも埋め込まれた細長い金属のプレートが置かれている。
プレート前に置かれた紙に「御用の方は各課の魔石に魔力を流してください」と書かれている。……これって魔力を持っていない人は門前払いってことなんだろうか。
「師団長に連絡したい時は、こちらです」
ナタリー様は一番右端の半円球をポン、と叩いた。それはいいんだけど、右端の半円球の前には課名ではなく「触るな。呼び出し厳禁」と書かれた紙が貼ってあるんですが……。
「大丈夫ですよ。師団長はマティルド嬢の来訪を大変楽しみにされていましたから」
ナタリー様はにこにこしているが、わたしは余計なことを思い出してしまった。
魔術師の塔の師団長、ルーディガー・ミレー様。名だたる魔術師を輩出してきたミレー伯爵家にあって、過去最高と称されるほどの魔術の使い手であり、大陸戦争の英雄だ。
ガブリエル様の叔父(サヴィニー伯爵は母方、ルーディガー様は父方)である彼は、マンガでガブリエル様に魔術指南をおこなっていた。
魔術の天才であることは間違いないのだが、ただ、その……なんていうか、ルーディガー様はガブリエル様に輪をかけた魔術オタクだったような……。
「おい、そこの!」
突然、上から大声が聞こえ、わたしはぎょっとして声がしたほうを見上げた。
なんか黒いローブを着た人が、上階から飛んできたんですけど!?
「おまえが転移魔術の使い手か!」
「ええ!?」
「師団長、お待たせいたしました」
驚いているのはわたしだけで、ナタリー様はフツーに挨拶している。
師団長? は、ふわっと黒いローブをひるがえして着地した。風圧で、ゆるやかにうねる長い黒髪が肩に乱れかかる。
長い手足、見上げるほど高い背、炯炯と輝く赤い瞳。……間違いない、マンガで見たそのままの容姿をしてる。魔術師団長ルーディガー・ミレー様だ!
「は、初めまして、ルブラン伯爵家の長女、マティルド・ルブランと申します」
慌てて挨拶すると、ルーディガー様はうるさそうに片手を振った。
「そういうのはいいから、早く転移魔術を見せろ」
「えっ」
「バベットの目をごまかしたとは思えんが、転移魔術の使い手など見るのは初めてだからな」
ルーディガー様はずいっと顔を近づけ、わたしの目を覗き込んだ。
「ふーん、紫色の目か。北部の色だな。……たしかに向こうには珍しい固有スキルがあるが……」
「師団長」
ナタリー様がコホンと咳払いした。
「ここで立ち話もなんですから、師団長の執務室に場を移しましょう」
「そうか。じゃおまえ、マティルドと言ったか。掴まれ、上まで飛ぶぞ」
ルーディガー様にぐいっと腰を引き寄せられた。
……飛ぶ? 飛ぶってまさか。
「どぅわっ!」
体がふわっと浮かび上がったと思ったら、すーっと後ろへ移動する。ルーディガー様の腕が腰に回され、まるで荷物のように抱えられているんだけど、それはともかく足が! 足が地面に着いてない!
「暴れるな。落ちるぞ」
次の瞬間、グンッと体に圧がかかったと思ったら、螺旋階段にそって一直線に上へと昇っていった。わたしは悲鳴を上げないよう唇を噛みしめ、ルーディガー様の腕をきつく掴んだ。
「……着いたぞ。そろそろ手を放せ。マティルドは力が強いな、痣になりそうだ」
顔をしかめるルーディガー様に、わたしはやっとの思いで答えた。
「……死ぬかと思いましたわ」
「この私が落とすとでも思ったのか? どちらにせよマティルドは転移魔術の使い手なのだから、落ちたところで問題ないだろう」
大問題だよ!
「師団長!」
ナタリー様が下から叫んだ。
「マティルド嬢はご無事ですか?」
ルーディガー様は肩をすくめた。
「どいつもこいつも、私を誰だと思っている。この私が客人に怪我なんてさせるわけないだろうが」
なあ? と同意を求められたが、わたしは黙っていた。
マンガのとおり、ルーディガー様にはだいぶ一般常識が欠けているようだ。




