25.婚約者変更!?
「コレット様、食堂に参りましょうか」
今日もガブリエル様から食堂に誘われたが、「リヴィエール侯爵令嬢と約束をしている」と言ったらあっさり引き下がってくれた。
リヴィエール侯爵家は中道派だしね。いかに政治に無頓着なガブリエル様といっても、そのあたりはきちんとわきまえているのだろう。……いや、ウチも中道派なんだけどね! ミレー家とルブラン家は家格も歴史もどっこいだから、そこらへんはスルーされてるのかも。まあ財力に関してはミレー家の圧勝だけどさ。
コレット様はどことなく不機嫌そうに見えた。
どうしたんだろう。今日はこれからシモン様と一緒に昼食だというのに。
理由を知りたいような、知ったら面倒なことになるから知らないままでいたいような、複雑な気持ちだ。
わたしが黙って歩いていると、
「……シモン様は何か怒っていらっしゃるのかしら」
コレット様が低くつぶやいた。
「えっ? シモン様が怒っている? なぜ?」
わたしは驚いてコレット様を見た。見るからに不安そうな表情をしている。
「え、コレット様、シモン様とケンカでもなさったのですか?」
「何もしてないわ! だって、会えもしなかったのよ! ケンカのしようもないじゃない!」
コレット様は地団太を踏んだ。
「コ、コレット様、ちょっとこちらへ」
わたしは慌ててコレット様を階段脇の突き当りに引っ張っていった。侯爵令嬢が地団太を踏んでるところなんて、他の学生に見られるわけにはいかない。
「あの、わたしが学院にいなかった間、コレット様はシモン様とお会いになったんですか?」
「一度も会えてないわ!」
叫ぶようにコレット様が言った。
「一度も! 一度もよ!? あんまりだわ、わたしが何をしたって言うの!」
怒り心頭のコレット様だが、たしかに気持ちはわかる。同じ学院にいる婚約者を二週間……、いや三週間か、そんなに放っておくなんて。
「僭越ですが、リヴィエール侯爵からケルテス辺境伯へご相談いただいたほうがよろしいかと思います」
婚約は家と家の問題だしね。シモン様はアレだが、ケルテス辺境伯家の現当主はわりとまともだから、シモン様の不義理を責めれば、ちゃんと対応してくれるだろう。まあケルテス辺境伯は、ちょっと家庭を顧みないというか、仕事人間すぎて自分の子をすり替えられても気づかないところはアホだなと思うけど。
しかし、
「……お父様にはもう何度もお願いしたわ。ケルテス辺境伯も、事情はご存じのはずよ」
コレット様の暗い表情に、わたしは眉をひそめた。
どういうことだ。ケルテス辺境伯家は、リヴィエール侯爵家にケンカを売ってるのか? いや、政治的派閥も同じ、武力は圧倒的にケルテス家が勝るが、財力と人脈はリヴィエール家に軍配が上がる。揉める理由などない……、はずだ。
何よりマンガでは、シモン様の浮気にコレット様が大騒ぎするたび、ケルテス辺境伯がシモン様にきついお灸を据えていた記憶がある。
どうして今回は違うんだろう? 何か理由があるんだろうか?
「でも、今日はシモン様と昼食をご一緒できるんですよね?」
「ええ、そうよ」
「それなら、今日、シモン様にお願いされてはいかがでしょう。これからも昼食をご一緒したい、と。……婚約者なのですから、シモン様だって無碍にはなさいませんわ」
うん、たぶん……、そうだといいな、という希望的観測を述べる。
コレット様は「そのつもりよ」と言いつつ、表情が晴れない。まあそうだよねえ。わたしがコレット様と同じ立場だったら、もう親に泣きついて婚約解消してもらってるだろう。
食堂には、シモン様とランドール様がいた。
「なんであの平民がいるのよ」
「コレット様、ランドール様はシモン様の弟君ですよ」
袖を引っ張って小声で注意する。
「だって久しぶりにシモン様にお会いできたのに!」
食堂の入り口でコレット様と揉めていると、
「何をしている」
シモン様が不機嫌そうな表情でわたしたちのとこにやって来た。後ろにランドール様もいる。
うーん、久しぶりにシモン様に会ったけど、昔より傲慢そうな性格が顔に滲み出ているというか……、いや、美形は美形なんだけどね。
「まあ、シモン様」
コレット様はパッと顔を輝かせ、淑女の礼をした。
「お会いできて嬉しゅう存じます。お元気そうで……」
だがシモン様はコレット様の言葉をさえぎって言った。
「マティルド。おまえ、ユニーク魔術を使ったって本当か?」
騒がしかった食堂がしん、と静まりかえる。
うっ、と一瞬怯んだが、わたしは背筋を伸ばしてシモン様を見返した。
「ええ、そのせいで数日、学院をお休みしておりました」
「まさか、本当だったのか!?」
シモン様は目を丸くした。
「おまえがユニーク魔術の使い手だったとは……」
まじまじと見つめられ、居心地が悪いったらない。
食堂にいる生徒たちの視線も痛い。
うう、魔法騎士を目指すのなら、こんなことくらいでおどおどしてちゃいけない、とは思うんだけど、やっぱりこんな風に注目を浴びるのは慣れないなあ。
「ふうん……」
シモン様はわたしのすぐそばまでやってくると、すっと顔を近づけた。思わずわたしが後ずさると、また一歩、近づく。
「な、なんでしょうか、シモン様」
「……僕としては不本意だが、父上に命じられたから、一応、言っておく」
声を落とし、シモン様がささやく。
「おまえがどうしてもと言うなら、もう一度、おまえと婚約してやってもいい」
「……はっ?」
一瞬、何を言われたのかわからなかった。
「えっ? 何を……、婚約? 誰が?」
「やっぱりおまえはトロくさいな。……まったく、なんで僕の婚約者はこんなのばかりなんだ」
シモン様がため息をつく。
わたしは呆気にとられ、ついでじわじわと怒りがわいてくるのを感じた。
こんなのばかり、って……、言っておくけど、わたしだって好きでシモン様と婚約してたわけじゃないからね! 知らないうちに婚約してただけで、そこにわたしの意思なんて一ミリもなかったんだから!
「何をおっしゃっているのか、わかりません! シモン様の婚約者は、コレット様ですわ!」
「おい、大声を出すな!」
シモン様が焦ったように周囲を見回すが、知ったことか! 秘密にしたいなら、そもそも食堂なんかで話すんじゃない!
「マティルド、何の話? 婚約者って……、何を言っているの?」
「別に! 何の話でもございません! シモン様が冗談をおっしゃっただけですわ!」
鼻息荒く言うわたしに、珍しくコレット様が引いている。
「……マティルド、リヴィエール侯爵令嬢も、何を頼むか決まったか?」
睨み合うシモン様とわたしの間に割って入り、ランドール様が言った。
うん、ランドール様に迷惑かけちゃいけない。落ち着こう……、うん……。あああ! やっぱり腹立つ! おまえがどうしてもと言うなら、ってどういうこと!? トロくさいって何!? わたしは『俊敏』のスキル持ちなんだからね! トロくなんてない! ぼんやりはしてるかもしれないけど!
「わたしは、本日のおすすめにいたします!」
「……わたしもそうするわ……」
「では俺もそうしよう。兄上は?」
三人の視線に、シモン様はうろたえたように言った。
「え、じゃあ僕も……」
けっ! 何が「僕も」だよ!
つんと澄ましたまま、わたしは窓際のテーブルに腰を下ろした。隣にコレット様、シモン様、ランドール様、の並びで同じテーブルに座った。
ケルテス辺境伯は何を考えてるんだ。まさか本当にシモン様の婚約者をコレット様からわたしに変えようなんて思っているのか? 冗談じゃない!




