24.巻き添え
「久しぶりね、マティルド」
翌日、学院へ行くと、なぜか門のところでコレット様が待っていた。
「お久しぶりです。コレット様もお変わりなく、お元気そうで何よりです」
無難に挨拶をして頭を下げる。
「今日は何の授業を受けるの?」
「ええと、数学と魔術と剣術と……」
一つもコレット様とはかぶらない時間割を告げると、コレット様の眉間に皺が寄った。
「魔術はわかるけど、どうして剣術の授業なんか受けるのよ。それに、数学なんか学んで何になるっていうの」
それは数学を学ぶすべての人に対してケンカを売っているのでは。
と思ったが、言わぬが花だ。
「申し訳ありません、わたしにとってはすべて必要な授業なんです」
引きつり笑いを浮かべ、なんとか踏ん張る。
耐えろ! ここでコレット様の圧に負けて時間割を変更したら、ずるずるコレット様の侍女コースへ引きずりこまれてしまう。そうしたら、待っているのは惨殺エンドだ!
「……しかたないわね」
しかしコレット様はあっさりと引き下がってくれた。よかった。が、
「その代わり、昼食は一緒に摂るのよ」
「えっ……」
「あなたはわたしの学友なんだから、それくらい当然でしょ?」
おっしゃるとおりです。
まあしかたない、昼食は仕事と思って乗り切ろう。
「マティルド嬢! 戻ったのだな!」
一限目の数学の後、魔術の教室に入ると、ガブリエル様が大喜びでわたしを手招きした。
「ガブリエル様、お久しぶりです。魔術の授業はどこまで進んだか、教えていただけますか?」
どうせガブリエル様に付きまとわれるなら、仲良くなったほうがいい。長い付き合いになる、ってガブリエル様が予知されてるんだし。
「大して進んでいない。みな魔術を習い始めたばかりだから、小さな術一つ、制御できずにいる。これでは先が思いやられるな」
おっと。なかなか手厳しいご意見ですね。
まあガブリエル様は魔術の天才だから、できない人の気持ちとかわからないんだろうなー。
そう思っていたら、
「まあ、ミレー伯爵家のご令息は、わたくしたちなどと一緒に授業を受けるのがご不満のようね」
険のある言い方に振り返ると、艶やかな金髪に緑の瞳の、大人っぽい美少女が取り巻きを引き連れて立っていた。
あああ、ラクロワ公爵家のデルフィーヌ様だ! マズい、デルフィーヌ様とガブリエル様はマンガで仲が悪かった。ここでケンカが始まったらどうしよう。下手な対応をしたら、ルブラン家なんて吹っ飛んでしまう。
しかし、ガブリエル様は落ち着いていた。
「ラクロワ公爵令嬢、何か気に障っただろうか? 間違ったことは何も言っていないと思うが」
ガブリエル様! 真実であっても、言っていいことと悪いことがあるんだよ! わたしが言っても説得力がないけど!
「なんですって」
思ったとおり、デルフィーヌ様はさっと顔色を変えた。
「まあ、ミレー伯爵令息は礼儀をわきまえていらっしゃらないのかしら」
「公爵令嬢になんてことをおっしゃるのでしょう」
取り巻きも聞えよがしに悪口を言う。しかし、ガブリエル様は首をかしげた。
「僕は何も無礼なことは口にしていないと思うが。この魔術クラスの……、もちろんマティルド嬢は別だが、それ以外の生徒のレベルがとても低く、お粗末なのは明らかな事実ではないか?」
おお……、すごいよガブリエル様。その天使のような可愛らしい顔で、猛烈な毒を吐いている。
いや、これは無自覚なんだろうな。魔術に関してガブリエル様はこだわりが強いから辛辣になってしまうだけで、悪意はないんだろう。たぶん。
しかし、悪意がなければ何を言ってもいい訳ではない。
デルフィーヌ様は真っ青な顔でぶるぶる唇を震わせていたが、何も言い返さなかった。ただ、凄まじい目つきでガブリエル様とわたしを睨みつけると、踵を返し、わたしたちから一番遠く離れた席に座った。取り巻き連中も、慌ててデルフィーヌ様の後を追う。
……え……、なんでわたしまで睨まれるんですか。わたしは何も言ってないじゃないですか!
「説明が途中になってしまったな。まあそんな訳で、マティルド嬢が心配する必要はまったくない。そもそも、王都からルブラン領に一瞬で転移できるような魔術は、バベット先生だって使えないのだからな。本当にあの魔術は素晴らしかったよ」
ありがとう。でも、褒めてもらったのに、ぜんぜん嬉しくないのは何故なんだろうね。
あ、そういえば。
「ガブリエル様は、剣に炎の効果を付与する魔術は使えますか?」
「剣に炎……、魔法騎士か! マティルド嬢は魔法騎士になるのか!?」
ガブリエル様、声が大きい! 魔法騎士という言葉に反応して、男子全員がこっちを見てるよ!
「いえ、まだわかりません! ……ただ、なれたらいいなあ、と……」
「マティルド嬢ならなれるさ」
なぜか自信満々に言い切るガブリエル様。その根拠はどこにあるんですか。
「炎の効果付与はできるが、……マティルド嬢に僕のやり方を教えても同じようにはできないと思う」
えっ、なんで。
「僕は火属性の魔術を使えるが、マティルド嬢は違うだろう。マティルド嬢が使えるのは、ユニーク魔術だ。ある意味、ユニーク魔術は万能だから剣に炎の効果付与もできるはずだが、僕のやり方では出来ないと思う」
うーん、確かに。火属性の魔術を使おうと思っても、わたしにはできない……、そりゃそうだ。でも、そうか、やり方を変えればできるかもしれないんだ。考え方次第ってことか。
「ありがとうございます、少し考えてみますわ」
「僕もユニーク魔術に関しては何も知らないと言っていい。魔術師の塔なら、適切な助言をいただけると思うのだが」
「それなら、週末に魔術師の塔にお邪魔する予定ですから、ちょっとお聞きしてみます」
そう言うと、一気にクラスが騒がしくなった。「魔術師の塔に!?」「まあ、ユニーク魔術の使い手だし」「だからってラクロワ公爵令嬢を差し置いて」
うっ……、そうだった、デルフィーヌ様も魔術師の塔に入ることを希望されてたんだっけ。たしか在学中から何度も、姉のナタリー様に魔術師の塔を訪れたいとお願いしたにもかかわらず、一度も許可してもらえなかったような。しかもマンガでは、デルフィーヌ様は魔力量が足りず、入塔試験すら受けられなかったんだよね。現実でもそうなんだろうか……。
デルフィーヌ様の射抜くような視線を感じる。
あああ、マンガではデルフィーヌ様に嫉妬されるのはガブリエル様だけだったのに。わたしまで巻き添えになっているよ!




