22.二つの選択肢(三つ目はない)
「マティルド嬢、魔術師の塔は福利厚生がしっかりしておりますのよ。定年まで勤めあげれば悠々自適の老後が過ごせる年金制度もあります! 危険な魔獣討伐や戦争に駆り出されることは少なく、あっても年に一回程度で、もちろん危険手当がつきます。基本的に戦うのは騎士の役目で、魔術師は後方支援が主な任務ですからね」
「マティルド嬢、王宮騎士団の騎士は王都の花と呼ばれる存在なんだよ、知っているだろう? 吟遊詩人もその活躍を歌い、王都の劇場では騎士を主役にした物語がたいそうな人気を誇っている。王宮騎士団のマントを翻して都を闊歩すれば、誰もかれもが笑顔で我らを讃えてくれるよ。何より、騎士は国を守るという誇りある職業だからね。確かに危険なこともあるが、ソラン王国の王宮騎士団は、大陸一との呼び声も高い精鋭集団だ。命を落とすようなことは滅多にないし、マティルド嬢、君のことは私が命を懸けて守ると誓うよ」
王都からいらした次の日、ナタリー様とサヴィニー伯爵のお二人が、朝からずーっとわたしにつきまとっている。
いや、つきまとうって言い方は不敬かもしれない。熱心に勧誘してくださっている、と言うべきか。
今も応接間でお茶をいただきながら、お二人に詰め寄られ……、いや、さかんに話しかけられている。
ちなみに王立学院の副学院長は、応接間に現れると一言「マティルド君のオリエンテーション期間は延長措置がとられていますから、安心してください。王都に戻ってから一週間後までに、履修登録書を提出していただければ結構です」と告げるとさっさと部屋に戻ってしまった。
……たぶん、サヴィニー伯爵とナタリー様の仲裁がめんどくさくなったんだろうなあ。履修登録の延長措置はありがたいけれども。
「あの、お二方とも、わたしはたしかにユニーク魔術らしきものが使えますが、それがどれほど役に立つものか、わたし自身、よくわからないんです。しかも今のところ、使える魔術はたった一つですし……」
「マティルド嬢、王都から一瞬にしてこの北部ルブラン領に転移するなど、大魔術師ドミニク様以外、誰もなしえなかったことです。しかもルブラン伯爵に伺ったところ、三度目は自分の希望する場所に移動できたとか」
ナタリー様が熱心に言う。
「それに君は、剣術の腕もたしかなようだ。先ほど君の叔父上のマクシム卿に話を聞いたのだが、彼は君ならば卒業までに王宮騎士団にふさわしいレベルにまで成長するだろう、と断言したよ。ランドールとマクシム卿、二人とも太鼓判を押しているのだ。君の実力は間違いない。マクシム卿とは学生時代、武芸大会で何度も戦ったが、苦戦させられた記憶がある。それに彼は、いい加減なことを言うようなヤツではないからね」
サヴィニー伯爵がニコニコしながら言った。
おお、マクシム叔父様はサヴィニー伯爵の好敵手だったのか! 多少のリップサービスはあるかもしれないけど、身内が褒められるのは嬉しいなあ。
「マティルド嬢、王都に戻られたら一度、魔術師の塔へいらっしゃいませんか? 学院では公開されていない魔術について教えてさしあげることもできますよ」
ナタリー様がサヴィニー伯爵を押し退けるようにして言う。すると、サヴィニー伯爵が負けじと言った。
「王宮騎士団に遊びにきてくれたら、私が稽古をつけてあげるよ。……そうだ、私は魔法騎士として戦う際、剣に炎効果を付与するんだけど、その方法を教えてあげよう」
「「えっ!?」」
応接間で壁と一体化して気配を消していたお父様と、わたしの声が重なった。
「剣に炎効果って……、アレですよね、剣が炎に包まれるやつ! 北部の勇者様が使っていたっていう」
「吟遊詩人の歌にもなってるアレですか!? 燃え上がる我が心~、我が剣~、のアレ!」
興奮するわたしとお父様に、サヴィニー伯爵がにっこり笑って頷いた。
「ええ、アレです」
おお! とわたしとお父様は椅子から立ち上がって騒いだ。
「すごい! 本当ですか!? えっ、いいんですか!?」
「いいなあ、マティルド! できるようになったら、わたしにも見せてくれないか!?」
サヴィニー伯爵はにこにこしながら言った。
「もちろん、将来は王宮騎士団に所属する大切な騎士のためなら、それくらいお安い御用です」
「エドガー! 卑怯ですよ!」
ナタリー様が叫んだ。
「何がだい? 将来有望な騎士に、持てる技術を伝授することの何がいけない?」
「マティルド嬢! こんな騎士の風上にも置けない、卑怯なヤツに教えてもらう必要などありません! 剣に炎効果を付与する方法なら、魔術師だって教えられます! 我が魔術師の塔の誇る魔術師団長ルーディガー様から、直々に指導を受けられるよう、このわたくしが取り計らいましょう!」
わたしとお父様はナタリー様の剣幕に押され、お、おう……と椅子に座り直した。
お二方とも、王宮騎士団と魔術師の塔に勧誘してくださるのはすごくありがたいんだけど、でも……、ここまで熱心すぎると、なんだか片方を断った後が怖くなってくるなあ……。
「リヴィエール侯爵は、引き続きマティルドにコレット様の学友を続けてほしいそうですよ」
それまでずっと黙っていたお母様が、リヴィエール侯爵家の紋章入りの手紙に目を落としたまま、静かに言った。
「どちらも選べないなら、当初の予定どおりコレット様の侍女になればいいのです」
それだけは無理です! 三つ目の選択肢はありません、お母様!




