12.祓いたい悪運
「ルブラン伯爵令嬢、少しいいだろうか?」
数学の時間中、ずっとわたしを見ていたガブリエル様が、授業が終わるなりわたしに声を掛けた。
「かまいませんが、第二外国語の教室に行かなくてはいけませんの」
「僕も次は第二外国語の授業を受けてみようと思っていたのだ。一緒に行こう」
ぐいぐい来るな。弟より華奢で可愛らしい見た目だから、圧はないけど。……というか、何ならガブリエル様、わたしより細い。
北部の人間は骨太なのだ。決してわたしが太っているわけではない!
「……昨日は、王太子殿下と一緒に食堂へ行ったと聞いた」
声を落として言われ、わたしは立ち止まった。その件か!
「よくご存じですのね」
「ケルテス家のご次男も一緒だったろう、彼は目立つ。昨日のことは、皆知っているのではないか」
マジか。貴族の情報収集能力ってどうなってんの。
「あれは殿下がコレット様……、リヴィエール侯爵令嬢をお誘いくださったので、わたしはお供しただけです」
「だがリヴィエール家は、中道派だろう」
「派閥がなんであれ、王太子殿下のお誘いをお断りできる者が、この学院にいるとお思いで?」
何を疑われているのか知らないが、こんなことで政争に巻き込まれるのはごめんだ。
ちょっと語気を強めて言うと、
「怒らないでくれ。ただ確かめたかっただけだ。……知ってのとおり、王太子殿下は今、微妙なお立場でいらっしゃるだろう」
「リヴィエール侯爵家やルブラン伯爵家の忠誠を疑っていらっしゃいますの?」
「そうではない」
ガブリエル様は困ったように頭を掻いた。そんなことをすると、柔らかそうな黒い巻き毛がぐしゃぐしゃになってしまうよ。
「ケルテス家のご次男、……ランドール様は王太子殿下に気に入られている。君とランドール様は幼なじみなんだろう? だから」
わたしはガブリエル様をまじまじと見た。
えええー……。ランドール様のことはともかく、わたしのことまで調べ上げてるの!? ちょっと怖いんですけど。
「他意はない! ルブラン家がどうこうと言うわけでは……、とにかく、君が心配しているようなことではない」
わたしの視線に、ガブリエル様は慌てたように言った。
第二外国語の教室に入ると、中は女子三割、といったところだった。やっぱり女子が少ない。けど、数学よりはマシか。
ここでも廊下側の一番後ろの席に座ると、すかさず隣にガブリエル様が腰を下ろした。
「ミレー伯爵令息、もう授業が始まりますわ」
「わかっている。授業はちゃんと受ける」
言葉どおり、教師が現れるとガブリエル様は大人しくなった。
第二外国語の教師は黒髪に黒い瞳の中年男性だった。ソラン王国には珍しい平坦な顔立ちをしている。いかにも南国ピルシュカの民という感じ。
「第二外国語担当のマシュトラだ。氏族はテラトロルコ。こちら風に名乗るなら、マシュトラ・テラトロルコだな。この中で、ピルシュカ語を話せる者はいるか?」
ガブリエル様が手を上げた。
「叔父が数年、ピルシュカに住んでいましたので、叔父から言葉を教えてもらいました」
言葉を、というか闇術と呼ばれる呪術関係について教えてもらったんですよね。卒業後はその知識を駆使し、ランドール様にかけられた闇術を完全に祓ってあげるんですよね。マンガで読みました。
ガブリエル様は、今の段階ではちょっとウザい伯爵令息って印象しかないけど、マンガの設定を信じるなら、将来は魔術師の塔のトップにまで上り詰める逸材のはずだ。ランドール様のことをよろしくお願いいたします。
マシュトラ先生もミレー伯爵家の事情はご存じなのか、ガブリエル様が名乗りもしないのに「ではガブリエル君、手伝ってくれ」とフツーに名前を呼んでいる。
そうしてクラス全員に配られたのは、前世でも見たことのある人形……、うん、呪いの藁人形だね、これは! 初回の授業からこういうのがくるのか……。第二外国語の授業、どうしよう……。
しかしわたし以外、藁人形にネガティブな感情を持つ生徒はいないようで、みな物珍しげに配られた人形を手にとり、しげしげと眺めている。
ああ、うん……。南国ピルシュカは大国だし、ソラン王国とも経済的な繋がりは強いけど、その文化や伝統は馴染みが薄い。そのせいで藁人形を見ても皆ピンとこないんだろうな。
しかしこの、いかにもな見た目……。わたしがそっと藁人形を机の端に押しやると、ガブリエル様の視線を感じた。なんなんだ、本当に。
「この人形は、ピルシュカでは身代わり人形と呼ばれるものだ。持ち主の悪運を代わりに引き受けてくれると信じられている。例えば頭痛持ちの人は、『頭痛』と書かれた紙をこの人形の頭に埋め込み、燃やして川に流す。そうすると頭痛も一緒に消えるというわけだ」
へー。とすると、呪い用の人形ってわけじゃないのかな? そういえば、前世でも似たような人形……、形代とか言ったっけ? そんなのがあったような気が。
「今からピルシュカ語の辞書を皆に配るから、そこから言葉を調べ、祓いたい悪運と自分の名前をピルシュカ語で紙に書き、人形の中に入れなさい。終わったら人形を提出するように。辞書は机に置いたままでいい。後で回収する」
一人一冊、辞書を貸してくれるのか。太っ腹だなあ。
というか、祓いたい悪運ねえ……。それはもちろん殺される運命だが、さすがにそんなことは書けない。ここは大人しく「貧乏」とでも書いておくか。




