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11.初めての授業


「まあ、王太子殿下と一緒に昼食を!? 王太子殿下にお誘いいただいたのですか!?」

 なぜ帰りが遅れたのか、グレース伯母様に説明したら、大興奮された。


「お誘いいただいたのはコレット様で、わたしはおまけです」

 コレット様はあの調子だし、ジェラルド様の心証が良かったとはとても思えない。

 だが、

「それでも素晴らしいことです! 我がルブラン家の人間が、王族と同じテーブルについたなんて!」


 ジェラルド様と一緒に食事をするって、そんなに大層なことだったの?

「でもランドール様だって、王太子殿下と食事だけでなく、よく行動を共にされていらっしゃるご様子でしたよ」

 君も一緒に来てくれって王太子に言われて、当然のようにランドール様も同行していた。あれはどう見ても慣れている。

「それは……、ケルテス辺境伯家のご次男が、剣術に秀でていらっしゃるのは有名な話ですからね。王太子殿下には、腕が立って信頼のおける方が必要なのでしょう」

 グレース伯母様が言いづらそうに目を伏せた。

 うん、王太子殿下の身辺が危険なことはもう公然の秘密なんだね。


「本日のことは、あなたのお父様にも詳しく報告しなければなりません。マティルド、あなたからもお手紙を書きなさい」

 そうだね、コレット様の問題行動について、微に入り細を穿って記しておこう。コレット様のフォローはわたしの手に余るということも。


 それより、明日からオリエンテーションが始まる。わたしは授業の時間表を開いて考え込んだ。

 魔術関係の授業を集中して取ろうかと思っていたけど、騎士になるなら剣術、体術、それに馬術も必要だろう。念の為、外国語も……、う~ん、かなり詰め込まなきゃダメな感じだ。芸術とか音楽とかは削ってしまおうかな。あ、どちらかは必須なのか。めんど……、いやいや、貴族としての教養はあったほうがいい。この世界、一芸だけで食べていけるほど優しくはないのだ。


 それと、もう一つの懸念をわたしはグレース伯母様に伝えた。

「王太子殿下とお昼をご一緒してわかったのだけれど、王立学院の食堂のメニューはかなり豪華なものでした。恐らくお値段も……」

 ああ、とグレース伯母様が頷いた。

「大丈夫です。貴族は税収に応じた割合で、学院にかかる費用の減免措置がとられています。ルブラン家は半額が免除されるようですから、一度や二度、食堂を利用したところで問題はないでしょう」


 貧乏貴族にも優しい仕様になっているんだな。助かる。

 といっても、毎日食堂に通っていたらやはり家計に響くだろう。普段は簡単なお弁当を持っていくことにしよう。王都は物価が高いから、何か内職をしたほうがいいかもしれない。今夜から刺繍の練習でもしようかな。


 しかしお父様に入学式であったことを書き、明日からの時間割を決めたところで、睡魔に負けてしまった。この体はまだ十二歳だしね、睡眠が必要なんだよ……。


 翌朝、黒パンにチーズ、香草茶の簡単な朝食を終えた後、同じメニューのお弁当を持って馬車に乗り込む。もちろんグレース伯母様も一緒だ。

「もし今日も王太子殿下のお誘いがあったら、お金のことは気にせず、食堂で食べなさい」

 グレース伯母様が真剣な表情で言ったが、それはないと思う。今日はコレット様と一緒の授業もないだろうし。


 今日、午前中は数学と第二外国語、午後からは魔術、体術、剣術を取るつもりだ。コレット様は数学が大嫌いだし、まだ第二外国語を授業でとれるほど勉強が進んでいない。魔術には興味のかけらもないし、体術や剣術は言うに及ばずだ。

 つまり、今日は一日、コレット様から解放される! 学友としてはどうかと思うが、清々しい気持ちでいっぱいだ!


 ウキウキと数学の教室へ向かう。しかし教室に入った瞬間、わたしは固まった。わたし以外、女子がいない。全員男子だけだ。

「え……」

 なんで。数学は就職に絶対必要なのに。文官になるなら、一般教養以上の数学は必須だ。騎士だって内勤を希望するなら、数字に強いほうがいいだろう。


 どうして!? と思ったところで気がついた。

 そうか……、女子はそもそも、文官や騎士志望がいないんだ。就職するにしても、高位貴族もしくは王族の侍女になるのがほとんどだから、学院でまで数学を習う必要はないんだ。そうだった、忘れていた……。


 周囲からの視線を避けるように、わたしは廊下側の一番後ろの席に座った。ううう……、目立ちたくはないけど、数学を取らないわけにはいかない。生き延びるために! 六年後、コレット様に刺されないために!


 数学の教師はクラス担当のカルダン先生だった。挨拶もそこそこに、いきなり黒板に簡単な掛け算、割り算の問題を五個書き出して言った。

「皆のレベルを確かめたいと思う。さあ、各自答えを石盤に書きなさい」

 生徒たちはおしゃべりをやめ、慌てて石筆を手にした。小学生レベルの問題だし、これは楽勝だ! とわたしは素早く石盤に答えを書き、ちょっと安心して周囲を見回した。


 ミレー伯爵家のガブリエル様がいる。やっぱり魔術師志望なのかな。学力はどの程度なんだろう。考え込んでいると、

「もう出来たのかね? ほう、全問正解か、君は優秀だな!」

 カルダン先生の声に我に返った。

「君、名前は?」

「あ、あの、マティルド・ルブランと申します」

「ルブラン……、北部地方のルブラン伯爵家かね? あそこは武門の家柄だが、君は文官志望なのか?」

 カルダン先生に矢継ぎ早に質問された。クラス中の視線が集中しているような気がする。


「いえ、まだ、志望先は決まっていません……」

 小さくなって答えると、

「そうか。まあ優秀な学生はいつでも歓迎だ」

 カルダン先生はわたしの席から離れ、中央の列の生徒の回答を見始めた。ふう、と息をついて、視線に気づく。


 そっと目を動かし、視線の主を確かめた。

「………………」

 ウエーブのかかった黒髪に淡い琥珀色の目をした、知的な面差しの少年。ミレー伯爵家のガブリエル様が、こちらをガン見していた。


 ガブリエル様って、マンガではミレー家の方針どおり王太子殿下の配下につく魔術オタク、という知識しかないんだけど。……なんでこっち見てるんだろう。



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