港のご飯
祖父が10畳の畳を作り上げた。僕はそれらを一枚ずつ運んで軽トラの荷台に載せていった。ボード製の畳だから軽いのだが、二枚同時に運ぶのは僕にはきつかった。「ちんちょ結びするから見とけよ」と祖父が言い結び方を教えてくれるのだが、僕は何度試してもできるようにはならなかった。
軽トラを走らせ客の家に到着した。そこは僕が生まれたころに開発されたニュータウンの一画で、見晴らしのいい高台にある家だった。「やっぱりええところやね、こんなとこ住みたいわ」と祖父が客に言った。客は男性だ。年齢は祖父よりも10歳ほど若いくらいだろうか。
養生シートを玄関に敷き、その上に畳を置いていく。「北マ持ってきて」と祖父が言い、僕は裏に北マと書かれた畳を探して運ぶ。数枚畳を敷いた後、ボードの上に置かれた箪笥を僕が片方ずつ持ち上げ、その間に祖父が滑りを入れ込ませる。そしてゆっくりと左右に揺さぶりながら元の配置に戻していく。その後残りの畳を全て敷いた。祖父が一匹の蚊が畳の上に止まっているのを見つけた。祖父がその蚊を潰すと、どうやら既に血を吸った後だったらしく血が畳に着いた。客はその様子を無言で眺めていた。祖父も無言でその場を離れた。気まずい空気の中僕と客は取り残された。それも束の間、祖父が濡れた雑巾を持ってきてその血を拭いた。「もしこんな風に汚れてしまったらこんな風にちょっと雑巾濡らして拭いてもらったらええからよ。」と祖父は客に言った。「ええよ、ええよ、自分でやっとくよ。」と客は言った。
帰りにお墓に寄ることになった。祖父は毎日花の水を変えに来るらしい。蚊が多そうだったので僕はパーカーを着て車を降りた。常備されているスチール製のバケツに水を汲み目当ての墓まで歩いた。祖父の母の墓だ。花筒を取り出し水を捨てる。臭いがきつい。カラスが鳴いている。涼しい風が吹いた。木の葉の揺れる音がする。
「ここにも新しい家たっちゃあるの、おまえ知らなんだやろ。」帰り道、祖父が僕に言った。「いや、知ってたよ、、、あれ、そうか、新しい道ができたのは知ってたけど、家は立ってなかったか。」と僕は言った。「そやろ。1か月前くらいに立ったんやで。」と祖父は言った。「こんなところに家立つの意外やな。」と僕は言った。
後日、祖父と僕は漁船が並ぶ港に来ていた。「だいぶペンキ剥がれてきちゃあるな。」と祖父が漁船を見ながら言った。たしかに内の鉄の部分が見えてしまっている。「じいちゃんも昔はこんな船持ってたんやで。」と祖父が言った。「聞いたことあるよ。」と僕は言った。「じいちゃん今でも免許持ってるから、じいちゃんと一緒に船に乗ったらタカシが運転できるんやで。」と祖父は言った。「そうなんや。」僕は驚いて言った。波が静かに船を揺らしている。
坂下さんの車が到着した。祖父の友達のペンキ屋だ。奥さんも一緒に乗っていた。恐らく二人とも70代だ。僕は二人に挨拶した。「ごめんやで、待たせてもうて。」と坂下さんが祖父に言った。「海見てたから大丈夫。わい、海見るの好きなんや。」と祖父が坂下さんに言った。「ほんまかえ。」と坂下さんが言った。僕たちは目の前にあるカラオケ付きの定食屋に入った。坂下さんが誘ってくれたのだ。定食もご馳走してくれる。初めてのことではない。この店の看板メニューはエビフライ定食だ。採れたてのエビを使っているらしく、スーパーで売ってあるエビフライの1.5倍ほどの大きさになっている。いつもおばさんが一人で切り盛りしているらしい。お婆さんと呼ぶには失礼にあたりそうだ。それくらいの年齢に見える。僕たちのほかに客はいなかった。坂下さんの奥さんは店主のおばさんと談笑しているらしく、僕と祖父と坂下さんはカラオケルームでエビフライ定食を黙食した。
僕が一足先に食べ終わった。「タカシ君、歌ってよ。」と坂下さんは僕に言った。僕は竹原ピストルの僕は限りない~One for the show~を歌った。「おじいちゃんも上手いけど、やっぱりタカシ君も上手いな。」と坂下さんは僕に言った。自分では上手いと思わないが、年寄りの耳は騙しやすくて良いなと僕は思った。いや、お世辞を言われただけかもしれない。次に坂下さんが三橋美智也のおんな船頭唄を歌った。続いて祖父が森進一の昭和・平成・令和を生きるを歌った。「この曲はわいの人生と一緒なんや。」歌い終わった祖父が坂下さんに言った。坂下さんはカラオケルームを出た。そして店主のおばさんを連れて戻ってきた。「歌ってよ。」と坂下さんはおばさんに言った。おばさんは神野美伽の恋唄流しを歌った。歌い終わるとすぐ退出していった。僕は2曲目に森山直太朗の若者たちを歌った。「いやー、良い歌やな。」坂下さんが歌い終わった僕に向かってそう言ってきた。僕は渡された紙に「森山直太朗 若者たち」と書いて坂下さんに返した。「この歌は元々森山直太朗の歌じゃないんです。森山直太朗がカバーしたんです。」と僕は坂下さんに言った。坂下さんはよく分かっていなさそうだ。
そこにもう一人、お婆さんが入ってきた。「ごめんよ。歌わせてよ。」とそのお婆さんは言った。そして彼女は石原裕次郎の歌を歌った。「私、昔から石原裕次郎大好きなん。昔は東京で友達と遊んでたんやけど、私だけ売れ残ってこんな田舎に来てしまったん。」お婆さんは僕の方を見ながらそう言った。
帰り際に僕は、祖父が用意した缶コーヒーの箱を坂下さんに渡した。これもいつものことだった。




