1
初投稿 ゆっくり執筆していきます
忘れられない光景がある。
それはかつて、まだそれほど遠くない過去の繁栄か。
それとも脆く儚く崩れ去った平穏な日々か。
新しい技術形態を既存の技術に取り込みブレイクスルーを起こして四半世紀。
提唱したミカエル・ピリスが魔術と呼んだそれは人々の生活を一変させた。
条件こそあるものの一度満たしてしまえばそれは半永久的に物質やエネルギーを生み出せる代物だった。
人々は条件を満たした空間を「聖域」と呼びそれに移動機能を持たせたものを「ディティ」と呼んだ。
長年のエネルギー問題が解決され人々がこれまでにない豊かな日々を送るさなか、それは起こった。
「ディティ」の暴走。
太平洋の真ん中で人工島を作りそこで生み出した水の「聖域」とそこに寄港していた大型船舶に搭載されていた電の「ディティ」が重なった際に起きたそれは甚大な被害を生み出した。
司る権能が暴走し自身が生み出した大嵐とともに「ディティ」は瞬く間に世界を飲み込み、人類待望の新技術から核を超える人が生み出した脅威へと変わってしまった。
そして人の手を離れてしまった「ディティ」が再制御に至るまで三年の月日を要した。
◆
まどろみの中、窓から差し込む光で否応にも目が冴える。
窓の外の高層ビルの影響で朝日が当たらないこの部屋の構造上おそらく外は昼過ぎだろう。
直射日光により温度が上がりすぎた布団をめくり、ユウト・ワタナベは体を起こす。
「ディティ」奪還作戦から一年が経過してもユウトは夜、うまく寝つけずにいた。
日本において生まれ育ったユウトは暴走事件当時も日本にいた。
島国である日本は当時の影響を多分に受け「ディティ」接近の度に発生する津波や海面上昇による太平洋側国土の半損という甚大な被害を受けた。
一年前の国連軍「ディティ」奪還作戦成功後も、事後処理等でなかなか情勢は落ち着かないままだ。
当時ユウトが予備自衛官として所属していた部隊も奪還作戦に参加し、自身も作戦終盤「ディティ」が日本に最接近した際に尽力した。無尽蔵のエネルギーから引き起こされた被害はユウトから多くの友人を奪い、心に大きな傷を残した。
(もう終わったことなのにな。)
ユウトは胸の動悸を押さえつけて立ち上がった。
流しに向かい一息にあおった水が乾いたのどを潤し身体にこもる熱を冷やす。
今は溜飲を下げてくれるこの水に、人や物が吹き飛ばされ、飲み込まれ、押しつぶされていた過去を脳裏に浮かべてしまう。
どうあっても暗い過去の記憶から逃れられないようだ。
今日はなにをしようか。考えても特に思いつかない。
生きていることに目的や意味を上手く見いだせないまま彼は再び布団に横になる。
瞼を閉じて浮かんでくる悪夢の中でユウトが見たものは一人の少女だった。
奪還作戦の際ユウトの部隊は戦っていた。
最初期こそ後方で支援部隊として活動していたが、多くのものが死んでいく中において
ろくに扱えない武装を頼りに、前線へ立たされることも増えていったのだ。
技術として確立されてはいるものの未だ「聖域」及び「ディティ」には謎が多く、
人の手を離れた「ディティ」の周りには異常な姿をした魚たちが集まっていた。
「ガーディアン」と呼ばれるそれらは中心部に向かうにつれ密度を増し、奪還部隊を蹂躙した。
ユウト達の部隊も「ガーディアン」の襲撃に遭い周囲の残骸とともに荒れ狂う海へ飲み込まれたが、そこにふらりと現れた少女がいた。
周囲の惨状を何でもないことかのように一瞥し手際よくユウトを救いだした彼女は、満身創痍のユウトを負傷者の回収をしていた救命用ホバークラフトに担ぎ込み颯爽とその場を去っていった。
ユウトの意識はその小さな後ろ姿を見送ったのを最後に失われてしまった。
適切な処置を受けユウトが意識を取り戻した時にはすでに一週間が経っていた。
そしてあれだけの惨状だったにもかかわらず奪還作戦は4日前に成功していたのだった。
後にユウトがあの少女は何だったのか調べてみても当時戦場となっていた海域の船及び「ディティ」は壊滅状態だったらしくその痕跡はどこにも見つからないままだった。全ては終わったことでありユウトの記憶でしかない。それでも自分だけが助かってしまった喪失感や受けた恩の返す宛てがないやるせなさが心を蝕む。
そうであれ時間は止まらない。ただ思い耽っていても日は進む。
うまく寝つけなかった不快感を飲み込みユウトはようやく体を起こした。のそのそと外出の準備を進めて行くうちに久しぶりに職場へ顔を出す事に決めた。特に目的こそ無かったが悪夢を見た後の自室に留まっても碌な事にはならない。着替えを終え鞄一つ引っ提げて外に出たユウトは車に乗り込んだ。
夕方というにはまだ少し早い時間帯、帰路の小学生や街を練り歩く若者たちが楽しげに笑いあっている。都市部は既にかつての様相を取り戻しつつあった。自分ひとりが過去に囚われているような虚しさを感じつつ繁華街を抜ける。ユウトはその先にある周囲から少し浮いた様相をした少し古い一軒家のガレージへ車を停めた。
車を降りるとガレージに繋がった裏口から人影が現れた。
小柄で人好きのする顔立ちの男が軽やかな足取りでユウトのもとへやってきた。
「お久しぶりですユウトさん。出社されるなら事前に言ってくださいよ。」
「ああ、シュンか久しぶり。さっき決めたんだ。どうにも手持ち無沙汰でね。」
「暇だから仕事ですか。いいご身分だ。そういえばちょうどリリちゃんが探してましたよ。」
「帰る。どう考えてもろくなことに…」
ならない。そう続けようとして背後の気配に気づいた。
振り返ると背の高い女性が立っていた。
シュンと並べば大人と子供に見える程の体格差だ。
「帰さないわよ。あんたたまにしか出てこないんだから。働きなさい。」
「そのつもりでは来たんだが、ね。」
「心配しなくてもほんとにやばいのはほとんどシュンが解決してくれてるわ。
ま、当然楽ではないけどね。」
「そりゃあいい。それで、詳細は?」
「簡単よ、いつも通り“聖域”内の保守点検。」
渡された資料の情報を頭の中に落とし込む。本当に簡単な内容だった。
「おかしいだろこれ。しばらく離れてたからってリハビリでもさせるつもりか?」
リリは満足そうにうなずくと感覚はなまってなさそうだと一言つぶやいた。
「そう、この程度なら聖域管理機構の奴らの仕事ね。我々が出る幕じゃない。
ただ、この件に関わった管理機構の人員が行方不明になってるの。
ついでにその捜索もお願いするわ。よろしくね。」
凄く嫌な予感がする。
「簡単に言ってくれるが、これ要は…。」
「そう!上もまだ状況を把握できていない案件ってこと!
リハビリもかねて頑張ってね!」
そう言って立去っていくリリ。
しばらくサボっていたこともあり拒否するのもはばかられたユウトは資料を再び読み込むのだった。
良ければコメントや評価などいただけると見てもらえてるんだなと実感できますので、なにとぞ…なにとぞ…。




