捌:魔王視点
眩い光に目を閉じ、再び視界に色が戻った瞬間、視界に飛び込んで来たのは、呆けた勇者の顔だった。
「……レオンハルト?」
「え、ヴェンデルっ?」
お互いの顔を見て、同時に部屋の壁に掛かっていた鏡を振り返る。
「っ! 戻ってる!」
「ああっ! 俺の、俺の身体だっ!」
鏡に歩み寄って己の顔をペタペタと触って確かめるレオンハルト。
「良かった……!」
とりあえず、お互い安堵の息を吐く。
しかし、安心しきることはできない。
「……戻ったことは良かったが、同じ現象が再び起こらないとは限らない。何故入れ替わったのか、何故戻れたのか、引き続き調査は続けよう」
浮かれてばかりはいられない、と再度気を引き締めるために冷静にそう告げると、完全に浮かれていた様子のレオンハルトははっとした。
「そ、そうだな!」
「それと、私に戻った以上、フィーネからの求愛には断固として応えるつもりはない。そこは安心してほしい」
そもそも私はあまり人間の女に対して感情が動かない。
というか、古来より魔王は他者に執着しないとされており、私も生まれてからこの方、恋愛感情というものを抱いたことがない。
だがそんな私でも、レオンハルトに関しては入れ替わったことで愛着が湧いたのか、気に入っていると言える。
そういえば、レオンハルトは玉座の間で初めて対峙した時も、私の目をまっすぐに見据えてきたな。
そのことに気付いた瞬間、自分の心の内に、知らない感情が芽生えたのを自覚する。
その感情の名前がわからず、戸惑いながらレオンハルトを見ると、彼は憂いを帯びた顔で小さく頷いた。
「ああ……でも、結局、フィーネは俺の求婚を断るだろうから、俺はあの王女と結婚させられることになるんだろうなぁ……」
あの傲慢な王女の夫となるのは私でも御免被りたいと思うし、レオンハルトが嫌がるのも頷ける。
あの王女を嫁に迎えたら何かと苦労するのは間違いないだろう。
レオンハルトとこんな関係になったのも何かの縁だ。
どうにか、助けてやれないだろうか。
「他の者と結婚してしまうのが良いのだろうが、私が余計なことをしたばかりに、その道も塞いでしまったな……」
国王の前で求婚した以上、それを断られたからといって他の女性に求婚するのは体裁が悪すぎるだろう。
人間の国の常識はイマイチわからんが、それが筋が通っていないことであるということは流石に理解できる。
「いや、ヴェンデルが報告の場でフィーネに求婚していなければ、間違いなく王女と結婚させられていただろうし、結果は変わらないよ」
それは確かに。あの状況では、フィーネに求婚していなかったら確実に王女と結婚させられていただろう。
では、この状況から、どうしたらレオンハルトがあの王女と結婚せずに済むだろうか。
色々と考えを巡らせて、私はふと妙案を思いついた。
「魔国との友好の証として、魔族から嫁を貰うことにしたらどうだ?」
「え? 魔族から嫁を?」
「ああ、実際に結婚しなくても良い。とにかく、あの王女との結婚を回避するために、一時的にでもそういうことにしてやり過ごすのだ。私がそちらの国王に対して提案してやるぞ。国王も、魔国からの提案ならば無碍にもできまい」
「ええ……でもなぁ……」
「勿論、その気があるなら実際に魔族の女と結婚しても良いだろう。お前の好みの女を探すか?」
良い案だと思ったが、レオンハルトは煮え切らない様子だ。
何だかんだお人好しであるレオンハルトのことだ。おそらく相手の魔族のことを慮っているのだろう。
建前で結婚することにして、後で取り消すことになれば相手には婚約破棄か離婚歴が付いてしまうからな。
ならば、それが気にならないような相手を探すか。
「……ああ! それなら私と結婚することにすればいいではないか!」
これぞ名案。
人間は男と女という組み合わせでしか結婚しないそうだが、魔族と人間ではそもそもの概念から異なる。
「……は?」
魔族側の概念など知る由もないレオンハルトは、当然であるがぽかんと間の抜けた顔をする。
「お前は、偽装結婚となった場合、相手の魔族の女のことを考えているのだろう? 私なら問題あるまい。別に婚約破棄になろうが離婚歴がつこうが、私は気にしないぞ」
「いやいやいや、何言ってんだよ! お前男だろう!」
「知らんのか、魔王スキルを有する者は、性別という概念に縛られん」
「……は?」
数秒前と全く同じ顔で目を瞬くレオンハルトに、私はぴっと指を立てた。
「よいか? 魔王という存在は魔族にとって唯一無二。完全無欠でなければならん」
「はぁ……?」
「そのため、雌雄同体というか、どちらにもなれるのだよ」
「……ん?」
怪訝そうな顔をするレオンハルトに、見せた方が早いと判断して、私はぱちんと指を鳴らした。
もしよろしければ、ページ下部のクリック評価や、ブックマーク追加、いいねで応援いただけると励みになります!感想も大歓迎です!