漆:魔王視点
勇者の体に入って、実感したことがある。
誰も彼もが目を見て会話をしてくれ、間違ったことを言えば正してくれる。それがとても幸福だということだ。
「……木材の手配、ありがとうございます、勇者殿」
搬入についての打ち合わせを終えたところで、イーダが感謝の言葉を口にした。
彼女だって、魔王の私とは目を合わそうともしなかったのに、勇者の身体に入っている今はしっかり目を見て答えてくれる。
「いや、そもそも壊したのは私……いや、俺たちだからな」
「……それと、魔王様と対等に接してくださりありがとうございます」
「うん?」
思いがけない言葉に思わず目を瞬く。
彼女は少しだか目を伏せ、はにかむように笑った。
「魔王様は、その強さ故にとても孤独な方でした。私は命を捧げる忠誠を誓っておりますが、私などでは到底足元にも及ばず、並び立つなど許されませんでした……そんな中、貴方は魔王様と対等にしてくださいました。あんなに楽しそうな魔王様は初めてです。心からお礼を言わせてください」
む、イーダはそんなことを考えていたのか。
それは予想外だ。
「……誰が並び立つことを許さなかったんだ?」
「私自身です。魔王様の隣に立つならば、相応の力がなければなりません……私は魔王様をお慕いしておりますが、どうしても力不足ですから……」
それは衝撃の告白だ。
てっきり、イーダは私のことを畏れているのだとばかり思っていた。
「魔王が怖いんじゃないのか?」
「怖いなんて! 尊敬こそすれ恐怖を感じたことはありませんよ」
イーダはそう言って笑う。彼女の笑った顔は、初めて見た。
「……そう思うなら、魔王の前でももっと笑ったら良いだろう」
「そんな……私なんかが笑っても魔王様が不愉快な思いをなさるだけです」
「そんなことはない!」
思わず声を上げでしまい、イーダが目を瞠る。
「……すまない。だが、わ、俺が保証する。魔王はそんなことで気分を害したりしない」
「……そう、ですかね……」
「ああ」
頷いたが、なんだか妙な空気になってしまった。
気まずくなった私は、適当に切り上げてその場を離れることにした。
よもや、イーダがあんな風に思っているとは、考えもしなかった。
もし魔王の体に戻れたら、彼女との接し方を改めて見ても良いかもしれない。
そんなことを考えていると、つい癖で自分の執務室に戻ってしまった。
扉を開けて、椅子に座り込んで頭を抱えていたレオンハルトの姿が目に飛び込み、思わず駆け寄る。
「っ! どうしたっ? どこか痛むのかっ?」
私の顔を見たレオンハルトは、今にも泣きそうな顔をした。
自分の泣きそうな顔を客観的に見るというのはとても複雑な気持ちになるんだな、と他人事のように思ってしまう。
「ヴェンデルぅぅぅ!」
「ど、どうしたんだ?」
あわあわと慌てる私に、レオンハルトは先ほど私が部屋を出てから、フィーネと何があったのかを話してくれた。
「……そうだったのか……フィーネは私のような見た目の男が好きだった、と……」
そう呟くと、その言葉が鋭利な刃物となって突き刺さったかのようにレオンハルトは胸を押さえた。
「……くそ、なんで、よりにもよって魔王なんだよ……今から目指してなれるものじゃないじゃないかっ」
メソメソと、私の姿で泣き出すレオンハルト。
自分の姿をしている彼が泣いているのを目の当たりにして、私も胸が痛んだ。
と、その時だった。
「……ん?」
妙な違和感。
身体の中から、勝手に魔力が湧き上がってくるような感覚。
しかし、それだけだ。魔力が暴走した訳でもない。
不思議に思いながらも、私はレオンハルトを励ますために手を差し出した。
「ほら、とにかく立て。魔国の王が、そのような顔をしていては示しがつかんぞ」
私の言葉を受けたレオンハルトが、私の顔で下手くそに笑う。
「はは、そうだな……今は俺が魔王だもんな」
何か思い切ったのか、レオンハルトは私の手を掴んだ。
その、刹那。
私の中の魔力が、突然大きく膨れ上がった。
同時に、本来の私の身体からも、魔力が噴き出したのを感じる。
「えっ! 何だこれ! どうなってんだっ?」
戸惑うレオンハルトと顔を見合わせた直後、ばちんと何かが弾けて目が眩んだ。
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