陸:勇者視点
そこに現れたのは銀髪に淡い翠の瞳の、俺の想い人である魔法使い、フィーネ・カルディナだった。
「……フィーネ?」
思わず俺の口から名前が零れ出て、慌てて口を押える。
まずい、魔王は彼女をフィーネなんて呼ばないのに。
「ど、どうした? 俺に何か急用だったか?」
取り繕った顔でヴェンデルが尋ねると、フィーネは辺りを見渡し、俺の姿に気付いてぎょっとした。
「えっ! 魔王っ? ここ、魔王城っ?」
「あ、ああ……資材の調達について、直接相談したいと連絡があったからな」
「そ、そうだったの……マリーとアデリナから、レオンがいないって言われて、探していたんだけど……どうりですぐ転移できなかった訳ね……」
「そうか。わざわざすまなかった」
おいおい、ヴェンデル、俺はそんな口調で喋らないぞ。
はらはらしながらやり取りを見守っていると、フィーネは俺を見てすっと一礼した。
「魔王陛下、突然の訪問、大変失礼いたしました」
「い、いや。こちらこそ、突然勇者を呼びつけて悪かった」
俺がそう謝ると、彼女は驚いたような顔をした。
その向こうで、ヴェンデルが不満そうな顔をしている。わかっているが、お前みたいな喋り方は難しいんだよ。
「い、いえ……しかし、レオンハルトは我が国の英雄ですので、今後用がある時はまず私にご連絡ください!」
「……うん? 君に?」
いかん、フィーネのまさかの提案に驚きすぎて、思わず口調が、素になってしまった。
幸いフィーネは疑問に思っていないようで、俺の目を見てしっかり頷いてきた。
「はい! 突然勇者にいなくなられると困りますので! 私にご連絡いただければ、私にできることはまず私が対処いたします!」
妙にハキハキ答えるフィーネに、なんだか胸の奥がざわざわした。
「フィーネ、良いんだ。私……いや、俺が直接魔王と話した方が早い」
ヴェンデルがやんわりと断る。と、フィーネは睨むように俺の姿をしたヴェンデルを一瞥した。
「わ、わかった……何かあったら君に連絡するようにする」
惚れた弱みでそう答えると、彼女は嬉しそうに頷いた。
くそぅ、可愛いな。
「……魔王、俺は魔王城修繕の手伝いのため、しばらく滞在するが構わないか?」
ヴェンデルがそう尋ねてくるが、もはやそれは承諾される前提での問いかけだ。
まぁ俺も、彼がここにいてくれるのは正直ありがたい。
「あ、ああ、是非頼む」
「では私も! お手伝いいたします!」
勢いよく名乗りを上げたフィーネにも滞在の許可を出したところで、ヴェンデルは木材の搬入の確認のため、イーダと話がしたいと出て行ってしまった。
大丈夫かな。
部下との会話で気が緩んで、バレなきゃいいけど。
そう思いながら見送ると、残されたフィーネが、何かを決意した様子で顔を上げた。
「……あの、魔王陛下!」
「うん? どうした?」
「魔王陛下は、どのような女性が好みでしょうか!」
「は?」
思わず間の抜けた顔をしてしまった。
フィーネは頬を赤くしてモジモジしている。
おいおい、これはまさかひょっとして……。
「教えてください! 私は、貴方様の好みの女性になりたいのです!」
雷に打たれたかのような衝撃だった。
もはやそれは、俺にとっては死刑宣告にも等しい。
「魔王陛下は、私の理想そのものなのです……! 筋骨隆々のその御体、冷たい眼差し、初めて玉座で相見えた時は、心臓が止まるかと思いました! 貴方こそ私の運命の相手なのだと!」
心がズタズタに引き裂かれるような思いだったが、ここで俺がレオンハルトであることを悟られてはいけない。
「……見た目ではなく、中身を見てくれる女だ」
フィーネの気持ちに応えられないとやんわり伝えるため、魔王の見た目だけを褒めた彼女に対して真逆のことを伝える。
しかし、彼女はまるで堪えた様子もなく、笑顔で頷いてくる。
「……わかりました。では、これから、もっと魔王陛下のことを教えてください!」
「……つ、付き纏われるのは嫌いだ」
何とかそう答えると、彼女ははっとした様子で居住まいを正した。
「失礼いたしました。ですが、私の気持ちだけはご承知おきください! では」
綺麗な所作で一礼すると、彼女は部屋を出て行った。
今起きた出来事を頭の中で処理しきれず、俺はずるずると椅子に座り込んだ。
まさか、フィーネが、筋骨隆々な俺様好きとは思わなかった。
俺だって勇者として、それなりに鍛えていた。体つきは引き締まっている方だと思う。背も人間の成人男性の中ではかなり高い方だ。
だが、ヴェンデルに比べたら細い。っていうか、何したらここまでゴツくなるんだ。背だって俺より頭一つ以上高いし。
くそぅ、今から鍛えたってここまで筋肉を増やすには相当な時間がかかる。
そもそも、その場合鍛えるのは俺じゃなく俺の体に入っているヴェンデルだ。
待てよ、そもそも、入れ替わりが解ける保証もないんだから、いっそこのままヴェンデルとしてフィーネの気持ちに応えるのはどうだろうか。
そんな邪な考えが浮かび、即座に首を横に振った。
馬鹿か。そんなことをして、もしあっさり元の体に戻れてしまったら、フィーネは何も知らないままヴェンデルの妻として生きていくことになるんだ。
そんなの、絶対ダメだ。
百歩譲って、もしもヴェンデルがフィーネを愛しているというのなら、相思相愛の二人に割って入るような無粋なことはしないが、少なくとも現時点でヴェンデルはフィーネに特別な感情を抱いてはいない。
そのことに安堵した直後、俺は気付いてしまった。
ちょっと待て。さっきフィーネは、魔王の体に入っている俺のことを、真っ直ぐに見つめていなかったか。
ヴェンデルは誰も自分の目を見て話してくれないと、寂しそうに言っていた。ならもしも、目を見て会話してくれる可愛い女の子が突然現れたらどうするだろうか。
そのことに思い至って、俺は頭を抱えるのだった。
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